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15・考えなければいけないこと

「好きだろうと嫌いだろうと、そこからどうしたいかなんてそれこそ人それぞれだもの。付き合ってても好きだから毎日一緒にいたいって人も、好きだけど週一とか月一くらいでいいって人もいるからね」

「月一は寂しい!」

「アウロラちゃん可愛いなあ、若い」

「え、だってそれ付き合ってるっていいます?」

「人それぞれかなあ。…脱線したけど、好きだからこうしなきゃいけないことなんてないのよ」

「…」

「ただね」

「ただ!?」



 まだあるのかとアウロラは叫んだ。アウロラの頭は知らない世界の話ばかりで一杯だった。色んな考え方があるのは大人であるから理解はしていたが、それでも一度凝り固まった価値観はそうそう揺るがない。


 それでもキアラやアリーチェの考えていることを知りたいと思っているから、今必死に考えているというのにまだ続きがあるというのか。いや、ここまで来たのだ、最後まで聞こうとアウロラは腹をくくった。



「それこそ人それぞれだから、マスターが本当に他に好きな人が出来て結婚したとする。それで、その人がキアラちゃんのことが嫌だなって、気になるなってなった時、キアラちゃんはどうするの?」

「え、えっと…」



 恐らくはこれが本題だったのかもしれない。アウロラには何度か「マスターに好きな人ができたらどうするの」と問われたことはあったが、その相手のことは考えていなかった。それは、そうだ。マスターに恋人ができるのであれば無論その人がいて、その人がアリーチェの言う通りのことを考えることは大いにありえた。


 キアラは自己のことだけをのみ考えていたことを、今更ながらに恥じた。元々、好き勝手に生きてやると意気込んで来たエルドラド王国だった。だから自由に好きなように行動しようと。本当に自分のことだけしか考えていなかった。今のキアラは、元婚約者殿と何が違うのだろう。



「キアラちゃんは別にマスターが恋人とか作っても、結婚して子どもができてもいいんでしょ?」

「は、い…」

「でもマスターの恋人が貴女のこと嫌だってヤキモチやいたら? 無視して今まで通りに振舞う?」

「それは、いえ、それはいけないことです」

「そうね、その恋人からしたら堪ったもんじゃないかも。今までみたいに好き好きーって言わないで、興味ないでーすって顔できる?」

「あ、そ、その時は」

「ア、アリーチェさん! そんな架空の人の話はもう止めましょう! それよりも今日のデートなんですが!」



 顔を青くするキアラを、アリーチェから庇うようにアウロラが手を広げながら大声を出した。アリーチェは目を見開いてアウロラに掴みかかる。



「誰がデートするの!?」

「そこ聞いてなかったんだ!? キアラです!」

「はあ!? デートなの!? 嘘でしょ、その格好で!? 信じらんない、信じらんない! 私がコーディネートする!」



 がっと首根っこを掴まれたいつも通りの服装だったキアラは、抵抗するでもなくずるずると更衣室へ連れて行かれた。アウロラはもう窓口業務の時間が迫っていたので付いて行くことはできなかったが、おそらくは大丈夫であろうと二人を見送る。人のコーディネートをする時のアリーチェは、もうそのことに興奮して他の会話など受け付けないからだ。


―――


 ああでもない、こうでもないと目を血走らせるアリーチェに着せ替え人形にされながら、キアラは彼女の言葉をじっと考えていた。



「よし! これで行こう、すっごく可愛いわ! キアラちゃん何着せてもちゃんと見えるからすごい迷っちゃったあ!」



 アリーチェが道具士として持っているスキルの内の一つ【ドレッサー】は、手持ちの服や化粧品であれば好きな時に出し入れできるスキルである。商人ギルドの道具士たちはこの【ドレッサー】や類似のスキルを使って商売をするが、アリーチェはもっぱら趣味に使っていた。何でもデザイナーの友人がいるらしく、その人から服を借りては色んな人に着せて楽しんでいるのだ。デザイナーの友人もいい宣伝になると喜んでいるらしい。



「…あの、アリーチェさん。私」

「うん? あ、もしかして、気にしちゃった? ごめんね、お節介焼いちゃってさ。歳をとるとどうも…いや、子ども産んでから更に…」

「いえ、私、その時は」

「キアラちゃん」

「っ、はい」

「その答えは今出す必要のないものよ、考えていた方がいいとは思うけど。それから、私に言わないといけないことでもないわ。ね、もう少しゆっくり考えてみて、自分のこととマスターのことと」

「…私」



 キアラはどこでもない場所を見つめた。答えは出したはずだったのに、アリーチェにそう穏やかに諭されるとそれはすぐに揺らいだ。芯のない自身を笑ってしまいたくて、けれどとてもできなかった。



「それにこれからデートなんだから、笑顔笑顔!」

「…デートじゃないです」

「はいはい、そろそろお迎え来るんじゃなあい?」



 アリーチェはぐいぐいと全身コーディネートしたキアラの背を押した。キアラは弓士としては珍しくフォーマルな装いを好むから、あのままでも十分観劇には行けただろうが所詮は仕事着だったのだ。キアラはエルドラド王国に来てから、いつでも的場やクエストに行けるように常に動きやすい服装だった。しかし今、アリーチェが仕上げたキアラはどこにでもいるお洒落好きな町娘のようであった。



「うんうん、可愛い可愛い! 動きにくくはないでしょう」

「はい」

「さすがに思いっきり走るようにはできてないけど、たまには良いんじゃない?」

「そう、ですね」



 キアラにとってお洒落とは苦痛と我慢の上に成り立つもので、且つその場に合わせて“せねばならない”ものだった。けれどアリーチェが用意してくれた衣裳はほどほどに可愛らしく、素晴らしく綺麗に見えてその上で、昔キアラが苦しんだ締め付けなどはなかった。アリーチェは走れないと言ったが、これくらいなら弓は引けそうである。



「新しい靴も合ってる! さ、行っておいで!」



 アリーチェはキアラを更衣室から追い出して、大きく息を吐いた。



「やりすぎたかな、怒られそうだなあ…」



 ちょっとした発破をかけるつもりだったのだけれど、とアリーチェは頬を掻いた。

読んで頂きありがとうございました!

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