13・恋バナ①
ドレスを用意すると宣言されて数日、夜会までにはまだ時間があるからかその後にはまだ進展はない。キアラはもう忘れてくれてもいいのにと思いつつ、日々を過ごしていた。やっとクエストに出てもいいと許可を貰ってからは、夜会とドレスのことを考えたくなくてまた荒稼ぎをしている。
「レオナルド様、その靴 初めて見ました。すごく似合っていらっしゃいますね!」
そうであっても、レオナルドを見かければ近寄って褒め称えないと気持ちが悪く、この癖もどうにか治める手はないのかとキアラは嘆く。遠くから眺めているだけでも楽しくはあるのだが、できれば近くに寄りたいし話もしたい。
恋とはままならない、一時の衝動で全てを失ってもいいという台詞を何度も聞いた。その恋の為ならばいくらでも愚かになれるし、自身の持つ能力以上の成果を上げることもできるらしい。元婚約者殿なんて駄目な例のお手本であったが、キアラの好きな舞台でも悲恋は多い。
恋に落ちている自覚はあるが、そこまでは堕ちたくはない。そろそろどこかで線を引く必要があるのだろうが、それがどこか分からないのが最近のキアラの悩みであった。
「ありがとう、そうだ、キアラ。この前言っていた舞台のチケットが取れたよ」
「この前…?」
「君が私との会話を忘れるとか、あり得る?」
「無いですよ、覚えてますよ」
結婚か観劇かと迫られ、いつの間にか一緒に舞台に行くと約束した会話だ。忘れるはずがない。キアラがレオナルドとの会話を忘れることなんて、弓狂いの彼女が弓を嫌いになるに等しくあり得ない。
「今日の夕方ね。後、これ、兄から」
「何故?」
「あの人、贈り魔なんだ。私がよく新しい物を身につけているのは大体あの人のせい」
「…色んな方がいらっしゃいますね」
この前、急に現れたレオナルドの兄君は確か、国の役人であった。きっとお金が有り余っているのだろうが、そう知らない人から物を貰うのには抵抗がある。しかしレオナルドの手前、突っ返せもしない。仕方がないのでキアラは、手渡されたその箱を開けてみた。
「ちなみに私の靴と揃いのデザインだよ」
「家に飾りますね!」
これは絶対に汚さない。そう決意を固く持ち、キアラはさっきまでどうしたものかと処分に困っていた箱を大切に持ち直した。
「今日、履いておいでね」
「新しい靴で観劇ですか…」
折角の揃いの靴を汚したくないし、新しい靴はその締め付けが気になる。折角の観劇であるのだから慣れた服装や靴で臨みたい。そんな風に全てが顔に出ているキアラをレオナルドが笑った。
「靴擦れ防止の能力が付与されているから大丈夫だよ」
「ああ、それなら。…あれ、そういえば、私の靴のサイズ…」
「あの人、変態だから」
「兄君のことそんな風に言います?」
「服や靴の上からサイズの把握ができるのって変態って言わない?」
「…黙秘致します」
レオナルドの言ったことが本当であるならば、多少、それは。しかしキアラは曲がりなりにも侯爵令嬢として育てられた品位でもって、唇を閉じた。
「じゃあ夕方。私はこれから城に出向かねばならないから、迎えに来るよ」
「え、いえ。これ城の近くの劇場ですし、私が行きますよ」
「キアラ」
「はい」
「迎えに来るから、ギルドにいなさい」
「…はい」
疑問には思ったが、特別に問う理由もなかったのでキアラは素直に頷く。レオナルドはそれを満足そうにみてから、出かけていった。
的場に行こうとしたキアラをアウロラが呼び止める。
「キアラちゃん」
「激辛のお店にはもう付いて行きません」
アウロラがキアラのことを「キアラちゃん」と呼ぶときは何か頼みがある時だ。彼女は激辛料理が好きだが、一人で外食をするのが苦手で常に一緒に行ってくれる人を探している。前に「そんなに辛くないから」と嘘をつかれた店の料理は一口だけで、生命の危機を感じた。
「違うわよ、何? いつから付き合い出した?」
「付き合ってない」
「デートでしょ!?」
「…観劇です」
「デートだよね」
「芸術鑑賞です」
キアラはどうしてもデートとは認められなかった。これはただ新作の舞台を観に行くだけであって、その後に何かはない。これはデートではない。そうやって自分に暗示をかけていないと観劇どころではなくなっていくのだ。徐々に慣れてはきているが、仕事でも何でもない時に隣にレオナルドがいるだけで、胸が高鳴って仕方がないのに。
「だから、デートだよね。前からちょくちょく連行されてたけど、今の感じだとキアラも了承してたじゃない」
「約束は、約束なので」
「デートだよね!」
「違います!」
「逆にさ、何でそこまで頑ななの。本当の本当にマスターがキアラのこと諦めちゃったらどうするの?」
「私もそれ気になってたあ!」
「うわ! アリーチェさん!」
「今日 出勤日だったんですか!?」
アウロラの後ろから、ベテランギルドメンバーが飛び出してきた。子育て中のアリーチェはギルドに顔を出す日が不定期なので神出鬼没であるし、こうやって人を驚かすのが好きで、彼女の出勤日にはいつも誰かが揶揄われている。
立ち話では人の視線を感じるので、三人はギルド内にある食堂へ移動した。ギルドメンバーやギルド利用者が使う食堂は、昼時を過ぎているからか人がまばらだ。
「うんうん、恋バナ楽しいよね。で、どうなの? 本当にいいの、それで」
「本来の姿に戻るだけでは?」
「だからさあ、理解できないんだって。キアラはマスターが好き、マスターはキアラが好き。結婚してとまで言われてんだから本気じゃないってこともないでしょ。何が不満なのよ」
「沢山の舞台や小説で恋愛って描かれているじゃないですか」
「うんうん」
「結局、そういうのって自分勝手に恋している時が一番楽しいんですよね」
「分かるわ」
舞台で煌めく音楽が鳴り響くのは、恋が成就するその少し前だ。そこで幕引きならばいいのだが、そうでない場合はそこからおどろおどろしい曲が流れだし、破滅への物語を語りだすこともある。小説でもそうだ、恋が叶った後に恋人が死地に行ったり、策略に嵌められて別れさせられることだってある。
本当の人生だって童話のように「いつまでも幸せに暮らしました」では終わらないのだ。社交をあまり行わなかったキアラにも聞こえる程に、貴族社会はそのような話に事欠かなかった。
しかし、頷いたアリーチェにアウロラが噛みつく。
「分かんないですって! 分かっちゃ駄目ですって、アリーチェさん!」
「恋って夢を見ている状態だと思うのよね。楽しくて楽しくて仕方ないの。でも実際付き合ったり結婚したりってなると、夢から覚めて現実になっちゃうのよね。しかも自分だけじゃなくてあっちもそうだし」
「ええ…。でも、付き合えたら楽しいじゃないですか! デートしたりとかお話したりとか! それに自分と付き合っている間は他の誰かに取られる心配もないし!」
「そんなこともないわあ。だから浮気って言葉があるんじゃない」
「う、それは…ていうか! アリーチェさんどっちの味方なんですか!」
机を叩いてアウロラが吠えた。格闘家の拳で打たれた机が軋んだが、この程度で壊れるようにはできていない。
キアラはきっとアウロラの考え方が一般的で、多数派であることは理解していた。理解はしていてもそういう考えに至らないのは、子どもの頃からそうであるので慣れている。生国ではそうであるからと、自分の考えなんて決して誰にも話さなかった。唯一、面白いもの好きの祖父だけは喜んで聞いてくれていたが、それだけだった。
「どっちのでもないけど、キアラちゃんの話が聞きたいだけ」
「話ですか、もう特にないんですが」
「そう言わずに、ほらほら先輩がドルチェ奢っちゃうから」
「はあ…」
アリーチェは店員を呼び、ドルチェの盛り合わせと飲み物を頼んでくれた。手早く持ってこられたそれを取り分けながら、アウロラがキアラを窘める。
「キアラ、アンタ仮にもうちの最上位ランクにため息つかないでよ」
「まあ、キアラちゃんも今もう最上位ランクだもんねえ」
「さっきのため息はアウロラに向かってのそれです」
「おし、弓士風情が格闘家様に喧嘩を売ったな」
「すみません、すみません! 冗談です!」
じゃれる二人を微笑ましげに見ながら、アリーチェはまた口を開いた。
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