12・賭け
「へえ、そんな考え方もあるのだね。実に新鮮な意見だ、参考にさせて貰うよ」
「良かったですね、ご満足頂けましたらお帰り下さい」
レオナルドは今回の騒動と以前にキアラとした問答の内容を、兄君にそのまま話した。兄君はその話を興味深そうにふんふんと頷きながら聞いていた。
「なんて酷い奴なんだ、久しぶりの兄に対して。それにしてもキアラさん、貴女はかなり優秀なようだ。どうかな、国の機関で働いてみる気は」
「大変申し訳なく存じます」
「取り付く島がない。こらレオナルド、そんなに得意そうな顔をするんじゃない。兄さん傷つくだろう」
「お帰りはあちらです」
随分な物言いをするのだなあ、と感じつつも実際自身も兄姉の前ではこんなものなのかもしれない。キアラは人の振り見て我が振り直せとは、こういうことであるのだなと納得した。
「本当になんて奴だ、キアラさんどう思うかね」
「仲がよろしいのですね」
「そうなんだよー! まあ二十歳も離れていると、弟というより息子って感じなんだが、反抗期がいつまでも終わらなくてね」
「兄さん」
そうやって二人がじゃれていると、やっと冒険者ギルドの新旧ギルドマスターがやって来た。彼らはレオナルドの兄君を知っていたようでかなり慌てふためいている。
「な! 何故いらっしゃるのです! 伴の者は!?」
「私は今、魔法使いだから」
「だから何だと仰るのです…!」
「もっと言え」
「こら、レオナルド。何て言い草だ」
レオナルドの兄君はとても地位の高い方らしい。一人でふらつくような方でないのであれば、早々にお帰り頂いた方がよいのではないかとキアラも思ったが、もう少しだけいつもと違うレオナルドを見ていたいとも思う。乙女心とは、かくも複雑なものなのである。
冒険者ギルドの新旧ギルドマスターの謝罪をとりあえず受け、それでも今までもったのはキアラのおかげであったとよく分からない感謝も受けた。
「話を聞けば貴女と合同クエストに行った者は大体貴女に助けられていた。理解している者とそうでない者がいたが、あの馬鹿たちが狩猟ギルドとの合同クエストで大ポカをしなかったのはいつも貴女がメンバーに入っていた時ばかりだ」
「大袈裟ですよ、偶然では」
「謙遜する必要はない、キアラ殿! 貴女の腕は折り紙つきであるし、状況把握能力も素晴らしい! …本当にすまなかった! そしてありがとう!」
「その緩和材のようなコミュニケーション能力と弓士としての技術力には驚くばかりだ。本音を言えばスカウトしたいが」
「はは」
「後ろの彼が恐ろしいので諦めよう、何にせよ感謝する」
新旧ギルドマスターは深々と頭を下げた。キアラはのほほんと早く切り上げたかっただけだったのだけれど、と冒険者ギルドとの合同クエストを思い返した。嫌になってすぐに止めた。別に美談にしてもらいたかった訳ではない、ただただ面倒なクエストであった。キアラは結構自己中心的な考えを持っているので、弓と自身の家族や友人知人以外は結構どうでも良いのだ。けれどそこは大人であるので、にこやかに感謝を受けた。
「本来は僕も冒険者ギルドの解体には半分賛成だったのだけれど、あの筋肉信仰者たちが他ギルドに入るようなことがあればまたひと悶着あるだろうから…」
「そう言うなよお…」
「僕は魔法使いギルドでも十分満足していたんだ、それをお前が!」
「悪かったってえ!」
「ん、ごほん。ここでやることでは無かったね、失礼した。古巣であることは間違いないから、戻った手前 今後は僕がきちんと管理をするよ。何かあれば即言ってくれ、まず言われないように体制を整えるが違反者がいれば容赦なく潰していくから、こいつが」
「物理的解決法は止めないんだな」
「暫くはな、全員が言って聞くのならこんな騒動にまで発展していない」
「確かに」
「まあ程々にやりなね」
「畏まりました」
「お言葉胸に励みます!」
冒険者ギルドは立て直しで忙しいらしく、話が終わると帰って行った。残ったレオナルドと兄君は同じような表情でもう一度 話し出す。
「どう思う、何とかなると思うか?」
「本格的に運用が始まらないことには何とも。しかし次同じことがあれば、本気で潰しますからね」
「それは彼らも分かっているだろうから何とかするだろう。…と、信じよう」
「死亡事故が起きるすぐ手前だったのですからね」
「介入が遅れたことは謝るよ。それから、はいこれ」
「…何ですこれは」
「招待状だよ。はい、キアラさんも」
「え」
「じゃあねえ」
レオナルドの兄君は、二人に白い封筒を渡すと光の中へ消えてしまった。おそらく魔法使いのスキル【転移・転送】だろう。キアラは以前にそのスキルを使っている人を見たことがある。
「招待状って…。…私、行かないですよ」
「…」
「レオナルド様?」
レオナルドは中身を確認して押し黙った。押し付けられて思わず受け取ってしまった封筒の中身は確かに招待状で、王宮で開催される夜会に招待する旨が書かれている。
「私の正装は見たいだろう」
「み、う…いえ、見たばかりですし、大体これ夜会の招待状じゃないですか。私そういう場はちょっと」
「魔法使いとしての正装じゃないやつだぞ」
夜会には貴族だけが参加するものと、一般階級の者が参加できるものの二種類がある。前者は貴族同士の社交の場であるが、後者は秀でた者を発掘したい貴族とパトロンが欲しい平民の出会いの場である面が強い。決して目的はそれだけではないが、基本的にはそのような場だ。
しかしキアラにはパトロンは必要ない。その上、まかり間違って見知った顔がいては非常に困る。生国で社交は最低限しかしてこなかったキアラであるが、彼女が侯爵家の生まれであることは変えられないのだ。バレることによる弊害が大きすぎる。
でも、レオナルドの魔法使いとしてじゃない正装は見たい。キアラはぎゅっと目を瞑った。
「それにこの夜会はかなりカジュアルなものだな。仮面舞踏会的な要素もある」
「それはそれで何か…」
「つまり仮面を着け正装した私が見られる」
「…う」
「もうないぞ、こんなことは」
「うう…」
何かに耐えるように目を瞑り、指をしっかりと組むキアラは誰が見ても後ひと押しで陥落すると分かるだろう。
「弓、いや、新しいのは駄目だ。私がアウロラに怒られる…。何か好きな物を買ってあげるよ、弓以外で」
「弓以外は別にいりません」
「何かないのか、服とかアクセサリーとか」
「そういった類は自分で買えますので…」
「ドレス、ドレスは? 今は持ってないだろう?」
「必要がないので」
実家には侯爵令嬢に相応しいくらいの品質の物を相応しい数持っていたが、キアラはそれらよりはやはり弓の方が好きだった。今では自分の好きな物を必要な分だけ、しかも自分で選んで購入することができている。ドレスもアクセサリーも不要なのだ。
「夜会に出るなら必要だ、私が買ってあげるから」
「出ないです」
「キアラ、頼むよ」
「その顔でこっち見ないで下さい。そう言えばいいと思って、いっつもいっつも!」
キアラがレオナルドの頼みを断ることは少ない。できないのだ、惚れた弱みとは本当に厄介であるが、今回ばかりはいけない。キアラは自身を奮い立たせるためにぶんぶんと首を横に振った。
「キアラ、君に似合うドレスを贈るから」
「…私に似合うドレス、ですか」
「そんなに渋い顔しないで」
「嫌なことを思い出しただけです、放っておいて下さい。絶対に行かないですから」
「キアラ」
「もう的場にもクエストにも行けないのでしたら、弓の手入れをしに帰りたいので! お疲れさまでした! 離して! 魔法使いの癖に力が強い!」
「いや結構踏ん張っているよ、力がついたね」
「お褒め頂きありがとうございます!」
がっちりと掴まれた手首がどうしても抜けない。キアラは現役の弓士である、しかも成績上位者だ。レオナルドはギルドマスターではあるが、魔法使いであるし何より一線を退いて暫く経っている。単純に腹立たしさを感じながらキアラは腕を振り回したが、拘束が緩むことはなかった。
「で、嫌な思い出って何?」
「今それ聞きます?」
「今じゃなかったらいつ聞くの」
「…人の心が分からない人のことを巷ではサイコパスっていうらしいです」
「へえ、そうなんだ。それで、嫌な思い出って何?」
「家に帰りたい…」
キアラは脱力して、部屋からの脱出を諦めた。
「まあ、私にもドレスを贈ってくれる人がいたことがありまして」
「ふうん、ストーカー?」
「婚約者です!」
「は? 君、婚約者いたの?」
「元です、元! 今は違います。親が決めた婚約で、子どもの頃の話です」
「へえ、で?」
「…私は昔から弓が好きで、何と言うか、あまり評判がよくなかったんですよ」
元婚約者殿はキアラについた変人だの、気狂いだのといった嫌な噂を払拭する為だと言って、ものすごく窮屈なドレスを贈ってきたことがあった。満面の笑みで「それが本来のキアラ様に似合うドレスです!」と宣った彼にキアラは何も言い返さなかった。
まだ幼かったキアラは「そういうものなのか」と諦観し、その窮屈なドレスを無理矢理に着てお茶会に参加した。使用人が着せる際に何度も「苦しくはないですか」と聞いてくれたがその度にキアラは「大丈夫」と答えた。
窮屈なドレスはキアラの至る所を締め上げ、走るどころか早歩きでさえできないように制限した。勿論そんなドレスでは弓なんて持つこともできない。ぎゅうぎゅうと締め上げ続けるドレスは、お茶が喉を通ることも嫌がったのでその日キアラは始終静かで大人しかった。それを見た周りの大人はここぞとばかりに褒めたおし、今までキアラを奇異の目で見ていた同世代の子どもたちも訳知り顔で「やっとご令嬢らしくなったのね」などと言って寄って来た。
元婚約者殿はそれに大いに喜んで「そのドレスのおかげでしょう!」と胸を張っていた。幼かったキアラはやっと、このような立ち居振る舞いが望まれていることを学んで、夜にそのドレスを脱ぐ時に泣いた。締め付けが酷かったので体中に真っ赤な痕が付いていた。着換えを手伝ってくれていた使用人が驚いて「どうしてもっと早くに言わなかったのですか」と薬を塗ってくれたが、キアラには言えるはずなんてなかった。
その窮屈なドレスはキアラに“似合うドレス”だったのだから。皆が締め付けられて苦しい思いをしているキアラを褒めるのだから。幼かったキアラに「こんなのは嫌だ」と言う勇気はなかった。
家族は痛々しい痕を沢山付けたキアラを慰め、次からその窮屈過ぎるドレスを着せられることはなかった。しかしキアラはちゃんと学習したのだ。求められるご令嬢像というものを。あれは苦い思い出であったが、貴族として生きる上では必要な経験だったのかもしれないとキアラは飲み込んでいた。
キアラはその幼かった日のことを、ぼやかし誤魔化しながら語った。
「ふうん、だから?」
「…サイコパス」
「その元婚約者殿が非常に頭が悪くて、キアラに似合うドレスも用意できない上に、そのことにも気付けない自己満足男ってだけだろう。君、そんなのと、私を、同列だと言うの」
「え、こわ…」
「ねえ、どうなの」
レオナルドは苛立ちを隠さずに口早にまくし立てた。先程まで兄君がいたからだろうか、口調が若干幼いままな気がする。
「いや、それはまあ、全然全く一つも同列にできる箇所はないのですが」
「当然だよね。私ならキアラに“本当に”似合うドレスを贈る」
「…そもそも、ドレス自体があまり好きではないのですが」
「君に似合って、君が気に入るドレスを贈るよ」
「…」
「そして君はそのドレスを着て、私と夜会に出る」
「…私が気に入らなかったら、諦めて下さいます?」
「約束しよう」
「分かりました。では私も、用意して下さったドレスが気に入れば夜会に出るとお約束しましょう」
「よし、決まりだ。ありがとう、キアラ」
上手く丸め込まれたが、レオナルドの用意するドレスとやらに全く興味がない訳ではないのだ。レオナルドはどんなものをしてキアラに似合う、とするのだろう。伝統的な物だろうか、斬新なデザインだろうか、最近の流行りはフリルらしい。
ドレスは好きでなかったが、だからといって無関心が許される立場にはなかったのでそれなりの知識はある。それにどんなものを選んでもらったとしても「気に入りませんでした」とさえ言えば、夜会に出る必要もないのだ。そんな小賢しいことを考えつつ、キアラは帰路についた。
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