11・レオナルドの兄
結局、冒険者ギルドはなくならなかった。
「まさか、本当に廃止一歩手前までいくとは思っていませんでした」
「いやだって、ほら、いらないじゃない」
「いえ、いるでしょう」
「…いらないって言ったじゃないか」
「私は無くなっても何とかなる、とは言いましたが、いらないとまでは断言していません。どうにでもなるでしょうが、あった方が便利でしょう」
「まあ、そうなんだが」
途中まで、レオナルドは本当に冒険者ギルドの廃止ありきで動いていた。冒険者ギルドの不要論、廃止後の他ギルドの動き及び役割の変動を纏めギルド会議で演説を打った。賛成三、反対三、そして魔法使いギルドから戻った冒険者ギルドの新しいギルドマスター(仮)が反対をした。冒険者ギルドで新しく選出されたギルドマスターは承認がまだだった為、数には入らないが反論と冒険者ギルドの存続の意義を論文にまとめて提出した。
事態を重く見た国からも監査が入り、今回は様子を見るとしたらしい。「中途半端な所で介入するなら初めから介入しておけよ」とレオナルドが笑顔で役人に突っかかっていたが役人も慣れたもので「大変申し訳なく」とだけで済ませた。
何とか存続が決まった冒険者ギルドは、先日新しいギルドマスターの承認要求を行いやっと正常に機能しつつある。
「何にせよ、お疲れさまでした。もう行っていいですか」
「駄目に決まってるだろう」
「新しい弓で遊びたいです」
「駄目、君最近オーバーワーク。アウロラからも怒られただろう」
キアラは最近、新しい弓にハマっていた。レオナルドに買って貰った弓と、自身で購入しアリーチェに属性付与して貰った弓の二種類が思った以上に手に馴染むので楽しくて仕方がなかった。昔から新しい弓が手に入るとこうであるので、実家にいた頃は母に怒られていたし今ではアウロラに叱られている。
「ちょっとだけ…」
「駄目、これから冒険者ギルドの新旧ギルドマスターが来るし」
「…? それ、私と関係ないのでは?」
「仕事してる私のこと見てたくない?」
「見たい」
「見たいんだ…」
「見たいですよ。何なんですか、ご自分で仰っておいて」
「いや、いいんだけど、キアラは本当に変な子だなあ…」
「よく言われます」
ずっと言われてきたことだ。今更に何かしらは思わない。ただ最近ではレオナルドには負けるのではないかと思わないでもない。しかしこれはいかにキアラといえども軽々しくは口にはできなかった。
「ですが、冒険者ギルドの方が何をしに? お礼参りというやつですか?」
「あははは、そんなことしてくれたら本気で潰せるんだけど」
「冗談です」
「分かっているよ。だが、言わずもがなだろう。謝罪だよ」
「そんな…脅したんですか…?」
「私のことを恐怖の大魔王だとでも思ってるだろう」
「当然のことを言われましても」
「キアラ」
「それでどうして、私が」
何故か以前にギルド会議へ連れては行かれたが、現状キアラは通常のギルドメンバーである。上位メンバーの仲間入りは果たしているものの、特に役職もなければやらねばならない必須業務もない。それこそ辞めようと思えばすぐにでも辞められる位置にいる普通のギルドメンバーなのだ。それが何故、冒険者ギルド新旧ギルドマスターの謝罪の場に付き合わねばならないのか。
「狩猟ギルドと、特に【鷹の目】の弓士には多大なご迷惑をおかけしたので、直接謝罪致したい。だって」
「迷惑…」
「全くだよ」
思わず心の声が飛び出してしまったが、キアラはもう疲れていた。本当ならこっそりと的場に行っていた筈だった。それを察知したアウロラがレオナルドに言いつけて今に至る。用もあるし丁度いいと呼ばれたギルドマスターの部屋に、キアラはかれこれ一時間以上は軟禁されていた。暇つぶしに手伝っていたギルド運営に関する書類も、もう大体を終えてしまった。
「的場に行きたい」
「それは駄目。いい加減にしないと、次から弓を買う頻度を下げるからね」
「! そ、そん! …いえ、自分で買いますし」
「私はギルドマスターだから」
「…だから?」
「商人ギルドに売るなって言うこともできる」
「パ! パ、パワハラ! パワーハラスメント! すごい! 酷い!」
「練習やクエストの受け過ぎで腕が使えなくなってもいいの」
ひやりとした声色にさすがのキアラも押し黙った。これはいけない。
「…控えます」
「よろしい」
最後の書類を仕上げながら、キアラはか細く頷いた。ギルドマスターを怒らせてはいけない。ほとんど全てのギルドにおける約束事だと思う。
やることがなくなり、しかしあんまりにも暇なので飲み物でも淹れに行こうかキアラが迷っていると扉を叩く音がする。
「ギルドマスター、お客様が来られました」
「お通しして」
「もうお通しされているんだ」
「は? な!」
入ってきたのは冒険者ギルドの新旧ギルドマスターではなかった。キアラには誰かが分からなかったが、レオナルドは椅子を倒してしまう程に勢いよく立ち上がる。レオナルドがここまで動揺を露わにするのは珍しい。知人なのだろうか、壮年の髭が特徴的なその男性はにこやかに部屋へ入ってきた。
「何でいるんです! 何してるんです!? 何考えてんですか!?」
誰かは分からないが、何となくどこかで見たことがあるような気もする。どこだったかとキアラは記憶を辿った。
「そ、そんなに言わずとも…。様子を見に来ただけじゃないか、ついでに冒険者ギルドの顛末も聞きたかったし」
「――っ! 貴方という人は本当に…!」
「まあ落ち着きなさい。ギルドマスターともあろうものが、そんなにわあわあ騒ぐものではないよ」
「誰のせいだと! …は! まさかお一人ですか!?」
「最近ジョブを魔法使いにしたんだ!」
「ふざけてる…」
「私はいつだって真面目だとも! おや?」
頭を抱えるレオナルドを他所に、髭の男性がキアラに気付いた。
「君は【鷹の目】のお嬢さんだね。レオナルドからよく聞いているよ。私は彼の兄でね」
「え!? あ、初めまして、キアラ・ロートと申します」
「うんうん、礼儀正しくてよろしい。レオナルドのことをどうぞ頼むよ」
「兄さん!」
理解できないままに握手を求められたキアラは、求められるままに手を差し出したがレオナルドが割って入ったのでその手は握られることはなかった。
曰く、壮年の髭が特徴的なその男性はレオナルドと母親違いの兄なのだそうだ。二十歳も歳の差があるが、確かに兄弟なのだという。何でも国の役人であるらしく、弟の様子見がてら今回の騒動の詳細を聞きにきたらしい。
キアラが見覚えがあると感じたのはレオナルドの兄弟であるからだろうか。しかし然程似てはいないのだけれど、とキアラは心情を隠したままに微笑んだ。どちらかといえば彼女は今、レオナルドの兄君よりも兄君の登場に慌てふためいているレオナルドに興味があった。いつでも余裕綽々としている我らがギルドマスター様も、兄君には形無しのようである。
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