10・必要ないはずの議論
キアラがこれどうするのだろうと他人事のように感じていたレオナルドであるが、絶賛ぶちギレ中である。普段落ち着いた雰囲気で何事にも動じないように見えるレオナルドであるが、一度怒ると手が付けられない。いや、むしろ手を付けたくない。怒っているお顔も雰囲気も嫌いではないが、近くで見ていたくはない。
キアラは遠くから紅茶でも飲みながら、レオナルドを眺めていたいのである。しかし腕をがっちりと掴まれていては、離れていくこともできない。レオナルドは一度腕を掴むと、目的が達成されるまで決して離さないことがやっと分かったキアラは最近では無駄な抵抗を止めるようになった。
距離が近すぎると煩かったキアラの心臓も随分と慣れて静かに、はなっていないが、まあ耐えられるくらいにはなってきていた。
さて問題は、現在のこの状況をどうするか、であるが。キアラには何一ついい案が浮かばなかった。段々集中力も切れてきて、またしてもギルドの弓場に意識が飛ぶ。
「キアラ、弓はどんなのが欲しいの」
「え!? どんなのでも買って下さるんですか!?」
「限度はあるけどね」
何時くらいに解放して貰えるだろうか、今日はどのくらい練習できるだろうかと考えていたキアラだったが、弓の話になると瞬時に反応ができる。レオナルドの怒りは未だ治まっていないようであるが、とりあえず話ができるようになったのだったら報酬のおねだりくらい良いだろう。
「えっとえっと、じゃあ、この前新発売されてた風属性付与のシリーズの」
「…君、前それ買ってなかった?」
「いつの話ですか、三ヶ月前ですよ。新商品が出たんですよ」
武器も防具も日進月歩である。地方の商人ギルドに所属している道具士が数ヶ月に一度持ち込む風属性付与シリーズは、最近のキアラのお気に入りであった。矢を放つその時に風属性の魔法が自動で発動し、威力の向上は勿論のこと、打ったその場所にかまいたちのような魔法が発動する。
怪訝そうな顔のレオナルドが言った通りにこのシリーズは三ヶ月前にも購入済みであるが、新商品が出たのなら試してみたいのが弓士心というものであるのだ。
「君がいいなら、いいけどね。それだけでいいの?」
「アリーチェさんがいくらでも属性付与してくれるらしいので、とりあえずは」
そう、アリーチェは付与も作成もしてくれると言っていた。キアラはそういったお言葉には全力で甘えていくつもりだ。それにレオナルドにあまり多くをねだると後が怖い。
「こう、伝説の、みたいなのは欲しくないの」
「え、伝説シリーズですか。あれはもう名前負け感がすごいから、もう初心者向けともっぱらの評判で…」
「いや、商品名じゃなくて。本当にダンジョンの奥にあるようなやつとか、国宝指定目前の物とか」
「頂けるなら貰いますが…。私はそこまで道具に凝らなくても命中率は百なので…」
確かに威力補助の属性付与は欲しいが、どうしても名のある弓が欲しいと思ったことはなかった。貰えるのならば、弓というもの自体が好きなキアラである。それはそれは大切に飾り喜んで使うが、自身でそれを買う為に他の弓を我慢しなければならないのなら質より量派なのである。キアラは一つの弓をずっと使うよりは沢山の弓を試したいのだ。
その上、スキル【鷹の目】はかなりの万能スキルである。弓自体の性能にそこまで頼る必要はない。しかもキアラは子どもの頃から密かにずっと弓の練習を続けていた。必中は【鷹の目】のおかげであるが、急所に必ず当てるのはキアラ自身の技術である。
「それあんまり他所で言うんじゃないよ」
「失礼な、弓士に対しては絶対に言いませんよ。逆恨みされますからね!」
そこでやっとレオナルドは笑顔を見せた。ずっと口角は上がっていたが、目が笑っていなかったのだ。ひっそりと安堵するキアラに対して、レオナルドはいつものように求婚する。
「ねえ、結婚して」
「嫌です」
「ふ、ははっ、そうか、嫌か」
「はい」
「それでも狩猟ギルドにはいるんだ。セクハラとかパワハラとか受けてる自覚ある?」
「やっている自覚がおありなら、止めた方がよろしいかと」
「嫌だ」
「まあ…」
嫌だってなんだ、と思わないでもなかったが、キアラとてずっと嫌だと断っているので何とも言えない。
「キアラ」
「はい」
「私のこと、好き?」
「とても好きです」
「そっかあ…」
「はい」
そう、レオナルドのことはずっと好きなままだ。初めは外見に一目惚れをしただけだったのだ。キアラが自分でもすぐに飽きるのだろうと思っていた恋は、彼の人となりを知る度に思慕が強まっていく。
例えば声、例えば仕草、正確な指示、何を考えているのか分からない瞳、柔らかい物腰に隠した利己。…我ながらよく分からない所に惹かれている自覚はあるが、仕方がないとキアラは諦めていた。それは決して嘘偽りない事実だった。
レオナルドは少しだけ歩く速さとキアラの腕を掴む力を緩め、目に入ったカフェに入った。
「紅茶とケーキでいい?」
「シフォンケーキの気分です」
「分かった」
自分でカウンターに注文して自身で配膳するタイプの庶民的なカフェに、正装の二人はかなり不釣り合いだ。けれどそんなことを気にする二人でもない。ギルドマスターを買い物に行かせるギルドメンバーもなんだかおかしかったが、もうこれは既にいつものことだった。
「…冒険者ギルドって無くなってもいいと思う?」
「私に聞きます?」
「キアラの意見が聞きたいんだ」
そう言ってレオナルドはエスプレッソを啜った。ふわふわのシフォンケーキを口の中で楽しみながら、キアラは面倒だと正直に思った。レオナルドはたまにこういった面倒なことをキアラと話したがる。
「そうですね。現実的に考えてもできないことはない、といったところでしょうか」
「へえ、今までの守りが減ってもやっていけそうだと思うんだ」
「どうでしょうね、仮想の敵の強さによるでしょう。冒険者ギルドが無くなることによって、弓士・剣士・魔法使いのそれぞれのギルドは三竦み状態になりますし、陣地取り合戦になるでしょうから実際の正常な運用までには時間がかかるでしょうし」
「それでどうして無くなってもいい、と? もしかして冒険者ギルド自体に何か思うことがある?」
もう別の誰かと討論して欲しい。それこそギルド会議でやって欲しい。キアラは切実にそう思い、ため息を吐きながら更に話を進めた。
「無いとは言い切れませんが、そんなことより理由は明確でしょう。冒険者ギルドはあって助かることは多いですが、なくて困ることが少ない」
「と言うと」
「…」
「そんな顔しないで、ここまで話したんだから最後まで話してよ」
レオナルドはにこりと笑い「これもあげるから」とエスプレッソに付いてきたクッキーをキアラに押し付けて先を促した。クッキーは貰うが、それよりも帰りたいキアラはもうほとんど話す気がなくなっている。
「私、為政者とかではないのですが」
「キアラ、お願い」
庶民派のカフェにしては良い茶葉を使っているらしい香り高い紅茶を飲み込み、キアラは渋々口を開いた。レオナルドのお願いを彼女が断れた試しは少ない。
「…冒険者ギルドは主に、二つの業務を行うギルドです。国や自治体からの依頼を受けて行う大型モンスターの駆除と、冒険者個人の登録です。前者は言わずもがなですが、後者は登録することによって複雑なダンジョンの攻略などの権利を与えられることと、それによっての名声をギルドが個別に発行する称号にて示せることが利点です」
「うん」
「称号さえ貰えれば地方に行っても仕事には困らないですし、様々な利点が受けられます。大規模な討伐パーティーなどにも組み込まれやすくなったり、自身を雇ってもらう際の値段を上げられたり、更なる名声を得ることもできます。冒険者ギルドへ入る方は大体それが目的でしょう。他のギルドに比べて大型案件も多いですから、一獲千金も夢ではありません」
「うん、それで?」
冒険者ギルドの利点など結局はその二つだけなのだ。つまり。
「ですが、今 言ったことのほぼ全ては他のギルドでもできることです。狩猟ギルドと同様に多様なジョブを抱えてはいますが、剣士ギルドには剣士以外にも槌士と鞭使いがいますし、魔法使いギルドには魔法使いの他に道具士や盾士もいます。毛色は異なりますが、傭兵ギルドも多くのジョブが活躍できるでしょう」
「…そうだね」
そう、何も冒険者ギルドでなければならない理由なんてないのだ。多様なジョブの攻撃特化型の人材が集まりやすいのが冒険者ギルドであるし、一番夢のあるギルドでもある。しかし無ければそれらが分散するだけで、首都の全体的な総力が変わるとは思いにくい。
剣士の他に魔法使いが必要ならお互いのギルドから人を出して合同でクエストをこなせばいい。ギルドを越えての合同クエストには確かに問題もあるが、では同じギルドのメンバーであれば何の問題も起きないという話でもない。それが標準になりさえすればやってはいけるだろう。
「ですので必要か不要か、であれば“あったらあったで便利ではあるが、無くても然程構わない”ですね。ただし、先程も申しましたが守備に関しては外敵の強さによります。四方を固めていても駄目な時は駄目でしょうし、三方でも十分な場合であれば問題ないでしょう。…そもそも、首都防衛を半民間組織に丸投げっていうのがおかしい」
普通、首都の防衛なんて国軍や騎士団の仕事だ。エルドラド王国には国軍も騎士団もあるが、だというのに首都防衛のほぼほぼをギルドが担っている。近年になって導入したそのシステムのおかげで慣習化していた世襲制が意味をなさなくなり、本当に能力がある者のみがのし上がれる土壌ができた。
キアラの生国、アルジェント王国では考えられないような画期的なシステムであったが、問題点を言いだせばきりがない。例えば、キアラのような外国人の受け入れは、優秀な人材を集めるのにはとても有効だ。実際、彼女はそれに助かったが、もしスパイなどが紛れていればどうするのだろうと常々思ってはいた。それらは各ギルドのマスターや上層部が見つけ次第対応することになっているが、いやそれは国防として国が責任を持つ所では、とも感じる。この他にもあるにはあるが、割愛である。
「それは確かにそうだ。しかしこのシステムを考えたのが現国王であるからね。運用してからの混乱もないし、変えるつもりもそうないのではないだろうか」
「まあ、半民間であり半国営でもありますからね。ですから実際に冒険者ギルドをなくす、というのは無理があるのでは?」
現在のギルドシステムはレオナルドの言った通り、現国王が作ったものだ。そして国が認め、運用しているシステムである。税金だって多分に使われている事業でもある。それを変えようなどとするならば、それは貴族へ陳情した上で彼らに議論してもらう必要があるだろう。ギルド会議で話し合うならいざ知らず、この場でキアラと話す内容ではないのだ。
「ううん、まあ、それはほら、やりようがあるから。さて、商人ギルドに行こうか」
レオナルドは言葉を濁しながら、立ち上がった。食事を済ませた食器も自分で返すスタイルなので、キアラの分もまとめて返却する。
「え!? 今日? 今から行くんですか!?」
「勿論」
「わああ! ありがとうございます! 早く行きましょう!」
弓は商人ギルドに行かずとも、商人ギルド公認の武器屋で手に入る。それをわざわざ商人ギルドに行くというのは、キアラが欲しがった新発売の風属性付与シリーズの弓に何かしらの細工をするからだ。属性を付与してもらったり、細工を施してもらったりと自分好みにカスタマイズできるのだ。
アリーチェと約束はしているし、彼女は確かに道具士であるが、商人ギルドに所属している道具士たちの方が玄人ではある。今回買ってもらう弓はレオナルドのポケットマネーで沢山カスタマイズをして貰おう。それだけの面倒を自分は受けた、とキアラは満足気に頷いた。
「待って、正装って走る為には作られてないから。落ち着いて」
「では、早歩きで行きましょう!」
「分かった分かった」
ギルド会議が終わった直後の機嫌の悪さがとりあえずなくなったらしいレオナルドは、キアラに引っ張られるままに歩いた。
「ねえ、キアラ」
「はい?」
「他のギルドに行く気はないんだよね」
「ありませんね」
「そう」
レオナルドが珍しく本当に優しそうに微笑むので、キアラはそれを見ないふりをして商人ギルドに急いだ。
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