ただの人間
10年前……
彼は地下から、階段を登る。その陽の光が目について、眩しさで瞳を狭くした。
「……」
地上に出たら、まず感じたのは生暖かい風。光に目が慣れて見えたものはボロボロになった故郷だった。
「へっ。」
その光景を見ても、少年は何も思わずに笑うだけだった。
彼の名前はジョー。この名もなき小さな村で生まれた、ただの少年。しかし、村の占い師により、将来は邪悪な存在になると言われた。その結果生まれついてからの長い間、この地下に幽閉されていた。
災害が起きたり、農作物が不作だったりすれば、その身に余る暴力を受けた。彼はこの村のあらゆる悪の身代わりとされていた。
しかしそれでも尚生きながらえていたのは、自分を悪と断定した故の心構え……から来る、とてつもない力の発現だった。やがて本物の悪となった彼に暴力を振るう者は現れず、最低限の食事だけ与えられて生きていた。
そんなある日、いつもの時間になっても食事が運ばれない。不審に思って、老朽化した檻をいとも簡単に壊してここに来たというわけだ。
「……」
聞いたことがある。大人達が、「マモノ」がどうのこうの言っていた。おそらく、そのマモノとやらに村を壊されたと見るのが妥当だろう──的な思いで、村を眺めていた。
「……」
そこらに倒れている人間の死体には、変な虫がついてて触る気にはなれなかった。それでも、この肉の焼ける匂いは食欲を誘うものがあった。すると、腹の虫が鳴いた。
すると──
「シャアアッ!」
「グルル……」
「……」
マモノが居た。
ゴブリン二体が、ジョーを囲んだ。「子供か、ウマそうだな。」と言わんばかりにヨダレを垂らしながら、筋力のある腕で斧を持ち直し、彼に迫る。
そんなゴブリン達を、彼はエサにする事に決めた。
「シャーッ!!」
一体が、斧で襲いかかる。
「ガァアッ!!」
それを後ろ回し蹴りで合わせ、斧を避けて蹴りをゴブリンの頭部に当てる。すると、その威力でその頭が砕け散った。
「ギャアァアッ!!!」
もう一体が、襲いかかる。しかしそれより早くジョーはソイツの懐に忍び込み、パンチで心臓を貫通させた。
ゴブリンはそれで即死し、力なくダランと垂れた。
「……」
腕を引き抜き、そこら辺の火に二体の死体を投げ入れる。
しばらくして焼き加減がいい感じになったら、火の中に直接手を突っ込み、死体を引っ張り出す。焼けた肉を、そのまま齧り付いた。
筋肉だらけの硬い肉だが、彼の顎はそれをお構い無しに食らい続ける。肉は骨しか残らないように齧り尽くされ、内臓も食らい、血を啜り、彼は腹を満たした。
しかし、彼はそこで終わってしまった。もう、目的を見失った。いや、元から目的など無かったのだろう。虚しさだけが、彼の心を埋めつくした……
「……」
外に出ようにも、外がどういう事になってるのかも分からない。そもそも、この故郷ですら知らないモノが多い。張り紙も、標識も、看板も、文字も、何のためにどんな意味があってあるのかも、分からない。
「……ハァ。」
溜息をつきながら、座り込む。先程食ったゴブリンの腕の骨に歯を立て、噛み砕く。ガリガリ食い続け、ひたすらに時が経つのを待った……
「……ふむ、小規模な村が破壊されたと聞いて興味本位で覗いたは良いが、何も見つからなさそうだな……」
そう言いながら、この村に一人の女が立った。左眼に包帯を巻き付けた、ポニーテールの若い女だ。その名を、煉華という。武者修行に出てからの帰りに立ち寄ったのだ。
彼女はとりあえず村に入り、惨状を見る。鼻につく肉の焼ける嫌な匂い、腐臭……何処からどう見ても、命が残ってるとは思えない。
そう思っていたのだが……
「……む?」
遠くの方で、人影を発見した。まだ小さい子供だ。
「おい、生きてるのか?」
ここで、声をかけてみた。彼はゆっくりと、こちらを向く。その顔を見て、彼女の背筋が凍った。
子供だった。それなのにも関わらず筋肉が鍛え上げられており、とてつもない力がその身に宿っている事が分かる。しかも、その力は純度100%の邪悪な力だった。その口元にはまだ新しい血がついており、それが彼の悪魔度を引き立てた。
「……!!?」
彼女は驚き、唾を飲み込む。
「……」
見た事もない生命体に、彼も軽く驚く。これも「マモノ」とかいう奴かと思いながら、構えた。
「……両親は何処に行った?」
おそるおそる、彼女は彼に聞いてみる。
「しらん。」
即答。
この歳なのに、まるで覚えたての言葉を発する赤子のような言葉遣い。
「……」
それなのにも関わらず、邪悪な波動が彼女の背筋を撫で上げた。
「君は……いや、君は何者だ?」
「おれは、「アクマ」だ。」
次の瞬間、とてつもない力が彼の身体から噴き上げた。
「なにっ!?」
「ヒャハハハッッ!!」
なぜこんな事をしようと思ったのか、分からない。ただ、自分の役割が「悪」である事を考えたら、そうするしか無かった。
ジョーは突進し、彼女に蹴りかかった。
「ぐっ!?」
その足を、腕でガードする。
容易にガード出来る一撃ではあった。しかし、その威力は明らかに子供の蹴りのソレを超えていた。
「どぁああッッ!!!」
次に回し蹴りを放ち、彼女を蹴り飛ばした。
「!!」
猛スピードで蹴り飛ばされ、壁に激突する。ガードが追いつかず、直撃してしまった。
「ほ、ほんとに子供か……!!?」
大したダメージにはならないが、その力は目を見張るものがあった。
「ヒャハハハハハハッッ!!」
ジョーは飛び上がり、口を開ける。その口に魔力が集中し、巨大な熱線が放たれた。
「ち……!!」
彼女はそれを弾き飛ばし、構えた。既に悪魔は眼前。とんでもないスピードで連続攻撃してきた。
「むぅっ!!」
戦い方はめちゃくちゃだが、攻撃は理に叶っている。まさかこの少年、戦うことだけに生を注いだのか……!!?
「死ね……!!」
「せぇいっ!!」
悪魔の一撃を受け止め、逆に反撃の一撃を叩き込んで見せた。少年は吹っ飛び、壁に激突する。その壁を突き破り、何処かの廃墟にぶつかって、それは倒壊した。瓦礫に覆われた少年は、咆哮した。
「ガァアアアーーーッッッ!!!」
「……ッッ!!?」
咆哮は、瓦礫を吹き飛ばした。咆哮の波動に触れたモノが、燃えた。とてつもない熱量のエネルギーも放たれており、それに触れたモノが燃え盛る。それはこの村全体を包み、燃え上がらせる。
「……馬鹿な……!!」
煉華の眼前の光景は、酷く変色した。ただボロボロに朽ち果てただけの村の残骸……それが燃え盛ったことにより、まるで地獄のような光景が繰り広げられた。
その地獄の真ん中で、彼女に歩み寄るジョー。その姿は、まさに悪魔と言っても差し障りなかった。彼がこの村を壊滅させたと言っても信じるだろう。
「ヒャハハハ、ヒャーハハハハハ!!」
「……」
しかし、彼女からすれば彼は──人間にしては、悪魔的で。悪鬼にしては、未熟すぎた。
「はぁあっ!!」
接近してくる彼の攻撃の、尽くを捌ききる。そして、反撃に胸に蹴りを三連打した。
「ぐっ!?がはぁっ!?」
しかし彼は持ちこたえ、拳を握る。その拳を無造作に振り下ろした。
「なめるなよ、坊主!!」
そう言いながら、バク転して躱す。標的を外した悪魔の鉄槌は、その地面を虚しく粉砕するだけだった。
「私はこう見えても、ホンモノの悪魔を追い詰めた女だ!!」
バク転した瞬間、地面を蹴る。そして一瞬でジョーに接近し、とてつもない速度で攻撃を乱打した。
「ぐぉおぁあああッッ!!?」
「お前ごときが悪魔と名乗ろうなんざ、10年早いわ!!」
頭に肘打ちを落とし、腹にボディブローする。
「ゴハァッ……!?」
何が起こっているのかも分からないまま、吐血する。その間にも頭を掴まれ、地面に伏せられていた。
「ごはっ……!!」
「この……!!」
煉華は、拳を振りかぶる。相手を見据え、確実にその拳を当てるように──
「──ッッ!!」
しかし、彼を見てハッとした。同時に、拳も止まる。
あまりにも悪魔的な力を誇っていたので、思わず彼が子供だということを完全に忘れていた。
「……ひゃははは……!!どうした、人間……!?ころせよ……!!」
「……ッ……」
苦痛に歪んだ顔で笑う彼を、彼女は離した。そして、頬を思いっきりビンタする。
「ぶッッ!!?」
「ガキが……!!」
「な……!!?」
煉華は、その体を思いっきり抱き締める。尚且つ、出来る限り優しく抱き締めた。初めての経験に、少年は固まった。いつの間にか金縛りのように、動けなくなってしまったのだった。
「……お前は、ただの人間だ。」
「あァ……?」
彼女は、その体を抱き続ける。その時間は、長く続いた……
「……お前ほどの才能をここで腐らせるには勿体なさすぎる……ふむ、そうだな。私の弟子になれ。」
「あ、ああ?」
ジョーは、戸惑っていた。「サイノウ」、「デシ」……等、聞き覚えの無い言葉が連続しているので、無理もない。
「やれやれ、教育からし直さねばならないか……まぁ良い。分からんのなら分からないなりに感じ取れ。私も、この旅が終わったら何をしようか迷っていた所だ。私の師匠ごっこに付き合ってもらうぞ……私に一撃食らわせたお前ならば、きっと強き戦士になれる。そして、ここで腐るよりはマシな暮らしも出来よう。」
「???」
ジョーは、戸惑い続ける。女はいきなり戦うのをやめ、色々と難しい事を言いながら自分の手を掴む。
「むっ……」
その手を払おうとする──と、とてつもない力が手にかかった。力は激痛を生み、全身を動かす意識が痛みによって麻痺してしまった。
「がーっ!!?」
「暴れるな暴れるな。ふふふ、活きの良い子だ。これからはよろしくな?」
誰がお前なんかと、ジョーは煉華を睨む。彼女はニンマリと笑っており、その笑顔が少年の本能に警鐘を鳴らした。「逆らったら、ヤバい」と。
戦いにおいて、直感は時に戦闘力よりも大事なモノとなる。ジョーのソレは既に研ぎ澄まされており、相手と自分の力量差を嫌でも理解した。
戦いに負け、本能も降参を認める。これで、悪魔の牙は完全に抜かれたという訳だ。
これが、彼の運命の出会いだった。後に師匠となり、母親と呼ぶべき相手との邂逅の時。
彼女は嫌がるジョーに、無理矢理ながらあらゆるものを教えた。勉強も、武道も、ありとあらゆるものを教えた。
そして……8年の月日が経った。




