ジョー、入学
彼はすくすくと成長し、そのまま16歳を迎えた。学校にも通い、名門を卒業し、遂にはローゼの魔導アカデミーに入学する事になった。
煉華という女はそこの教師で、武者修行してた時はたまたま長期の休暇を貰ったとか。見えなくなった左眼の事を、同僚にイジられたと笑っていた。
これまでの煉華の教育で、少年はそこそこ頭がキレる人間に成長していた。しかしながら、悪魔の名残からか雰囲気は恐ろしく、初めは誰も彼に関わろうとしなかった。しかし、彼は人間嫌いという訳ではなかった。煉華の教育からか、話せば理解しようと励み、常識を守り、それで居て自分を見せて笑っていた。
後は、魔術の才能もそこそこあったので、彼はこの世界で一番大きな学校に通うことになった。
入学して早速、煉華先生が声をかけてきた。
「おい、ジョー。」
「あァ?何だよ母さ──」
瞬間、拳骨がジョーの脳天にヒットする。それはとてつもない威力で、彼は頭を押さえながら悶絶した。
「ぎゃああああっ!!?」
「馬鹿者め、ここでの私は母親ではなく先生だ。そして、先生には敬語を使わんか。」
殴る事ねーだろッッ!!っと、心の中で叫ぶ。口に出したら、次にどんな暴力が飛んでくるか分かったことではない。
「──何デスか、先生?」
慣れない敬語で、彼は言う。そんな彼に向かって、彼女は笑った。
「うむ、実はお前だからこそ頼みたい事があってな。来い。」
彼女は、ジョーを連れて歩き出した。
彼は、見慣れない校舎の風景をチラチラ見ながら歩く。しかし、あまりにも大した事は無さそうなので、「ここも、同じか」と、そんな感想が出そうになった。
「うむ、今回お前に頼みたいのは、入部だ。」
「入部ゥ……?」
「うむ。」
部活動……そう言えば、校門前でそんな感じのポスターを見たっけな。
「今回お前が入ってもらうのは、格闘部だ。」
「ハァ?格闘部だァ?ここ、魔導の学校のハズだろ。何だって、そんな部活動があるんだ?」
「うむ……有る、では無いな。出来るのだ。」
そんな事を言いながら、どこかに辿り着いていた。そこは、古ぼけた扉。整備とか何もされてないことが、見て分かる。
「ここだ。」
先生はそのカギを開け、扉を開ける。そこは、畳床のかなり広い部屋だった。
「座れ。真ん中にな。」
「……」
ジョーは、部屋の真ん中で胡座をかいて座り込む。その目の前に、煉華先生も座る。
「格闘部……この学園では、とっくの昔に廃れてしまっている。魔術を主体とした武道の道は、ここでは魔法剣や機械魔術などのものが主流になってしまっているからな。時代遅れの戦いは、置き去られたという訳だ。」
彼女はため息をついて、言う。
「しかし、私はこれを復興させたいと思っている。という訳で、格闘部を立ち上げた限りだ。」
「はァ。」
気の乗らない返事をしながら、ジョーは頭を掻く。
「要するに、この部活の部員第一号になれと?」
「そういう事だ。」
煉華先生は即答し、ビシッとジョーを指差す。そして早足で彼に迫り、顔と顔を近付けた。
「今日から本格的にお前に「戦い」というものを教える。そしてゆくゆくは、この国が主催する格闘大会で優勝してもらう。そうと決まれば早速準備をするがいい、弟子よ。そうだな。まずは校庭を30周してもらおうか。」
「ハァアッ!?早速かよッッ!!つーか、待てや先生!!俺はまだ──」
この学校の事もロクに知らないのに、いきなり校庭を走れだの……めちゃくちゃにも程がある。
「つべこべ言うな!嫌というなら良いと言うまで帰らせん!」
「ぐぬぬ……」
拾ってもらった恩がある手前、この人の夢を無下には出来ない。仕方ないとため息をついて、制服のまま走り込みに行こうとした時だった。
「待て、ジョーよ。お前に渡しておくべきものがある。」
そう言われて渡されたのは、服だった。全体的に黒のカラーリングで、袖だけは白いという服……
「これは?」
「これは、ここの道着になる服でな。男と女という性別の隔たりがある以上、私の下がりを着るワケにはいかんからな。私がこの手で直々に作ったものだ。今日からこの部活の活動の時や戦いの時は、この服を着るといい。」
「あァ……」
そう言われて着替えようとした時、煉華先生もおもむろに脱ぎ始めた。
「ッ……!?」
彼は目を逸らし、服を持ったまま明後日の方向を見る。
長い人間の暮らしは、悪魔の牙を抜くに飽き足らず、その頭に常識と理性を植え付けてしまっていたのだ。
「どうした、お前も着替えるのだ。まさか何年も一緒に暮らしていて、今更一緒に着替えるのが恥ずかしいと言うつもりではあるまい?」
「い、いや……その……俺も、思春期というか……その……」
「むっ……母親相手にそんな事を気にするとはな……いけない子になってしまったのか、私の息子は?」
彼女はニヤニヤ笑いながら、羞恥するジョーを追い詰める。彼は耳まで真っ赤にして、逃げるように部屋の隅に走り、縮こまりながら着替えた。
「ふふふっ……」
彼女はそんな彼の背中を、面白げに見詰めた……
「……」
ジョーはそうこうしてる内に着替え終わり、改めて自分の姿を見る。
「……なるほど?」
これが、後に世界を救う戦いに着るものと知らず。
「気に入ったようだな。」
「あァ、俺は黒は好きだからな。」
ジョーは、そう言いながら笑う。黒に染まった彼は、一瞬だけ悪魔の眼光を取り戻していた。
「では、校庭に行くぞ。」
煉華先生はそんなジョーに、「ついてこい」と目で訴えた。
彼は「あいよ」と返事し、渋々校庭へ向かったのだった……
校庭30周は、難なくクリア出来た。牙を抜かれたとはいえ、悪魔。この程度ならばどうということは無い。
校庭から、この部室に戻ってくる。
「では、次は実技訓練だ。やる事はただ一つ、いつも通り殺す気で私にかかってこい。そうでなければお前はただ倒れ付すだけだ。」
「ぐ……」
煉華とは、何度か手合わせをして貰っている。しかし、この人生を歩んでから、勝てる勝てない以前に攻撃がカスった試しも無い。
でも、やらなきゃこっちがぶっ殺されてしまう。ならば、やるのみ。
「だぁあっ!!」
「あまいっ!!」
殴りかかろうとした時、既に体に攻撃が連打されていた。その一つ一つが、とてつもない威力。
「ごはぁ……!」
一の攻撃を十の反撃で返され、為す術なく倒れ伏してしまった。しかしすぐに起き上がり、ヤケクソ気味に拳を握り込み、突進した。
「おそいっ!!」
しかしまた反撃され、ぶっ飛ばされてしまう。
「クソ……!!」
彼はぶっ飛んでる最中に体勢を整え、着地する。その足で床を思いっきり蹴った。次の瞬間、畳が爆発するように吹き飛ぶ。それと同時に彼の姿が消えた。
「む……」
「どぁらぁあああっ!!!」
彼は真正面から突っ込んで、拳を放った。ボウッと音を立てながら、超スピードの拳が煉華先生に迫る。
「ふんっ!!」
しかしそれは片手で止められ、蹴り返されてしまった。
「ぐはぁあっ!?」
まさに、疾風迅雷の反撃。自分の攻撃がどうなったかも確認させぬ間も与えない一撃。
「っまだだ……!!」
彼は体勢を整え、着地する。
こんな感じの事が、何時間も続いたのだった……
入学初日から、酷い目に遭った。この学校に馴染むのは、少し時間がかかりそうなのは分かった。
「明日から、こんな感じの生活になる。覚悟するのだな。」
「あぁ……」
帰路を、親子で歩く。時間はもうすっかり夜で、仕事帰りの人達で沢山だった。
「……学校は、慣れそうか?」
「あの様子だとな。」
他愛の無い会話が、飛び交う。そんな中、煉華は意地悪な笑みを浮かべた。
「くくくっ、ジョーの年となると青春真っ只中だな。ラブレターとか貰ってしまうのかなぁ?」
「いつの時代だ……」
「ただし、不純性交遊は許さんからな。私の弟子であるならば、男女の関係は清純でな。」
「あーあー、安心しろ。今の所そういう事に興味は無い。」
彼の生きる目的は、力の探求となっていた。それゆえ、例え好意を向けられようと他愛の無い生返事で尽くを無視してきた。
「むぅ、寂しい人間だなぁ。そんなんじゃあ、結婚できんぞ?」
「やかましい。」
苛立ち気味にそう言う。
何故女というのは恋の話が好きなのかと、胸中で呆れ返っていた。
──彼は、恋に興味が無かった訳ではなかった。彼の胸中にはただ一人、想える人が居た。この人の為ならば、なんでも出来ると言える人──その人は今、隣に。
「まぁ、その時は……私が君を貰ってしまうけどな。」
煉華はそう言いながら、ジョーを抱き寄せた。
「ッッ!!?」
ジョーは顔を真っ赤にして、目を見開いた。
意識している時に、不意打ちのように言われたものだから、余計に焦ってしまう。
それを見て彼女は、腹を抱えて笑った。
「あはははっ!冗談だ、冗談。歳の差があるだろう、歳の差が。」
「だ、抱き寄せる事ねぇだろ……!」
顔を赤くしながら言うジョーの頭が、優しく撫でられる。
「なぁに、これぐらいは親子のスキンシップだ。よしよし。」
「〜〜〜……」
ジョーは頭を抱え、髪を掻く。そして、彼女の事を「こういう人」だと再認識したのだった。
しかし、こういう人でも恩はある。彼女の夢を叶えてあげなければ、今までの俺は嘘だ。
「先生……」
ジョーがそう言うと、煉華は彼の肩に優しく手を置いた。
「こういう時は、母さんと呼べ。」
彼女の優しい声が、ジョーの心に響く。彼はそのまま三秒ほど黙ってから、彼女の方へ向く。
「……母さん。俺、頑張るよ。」
「……!」
何気ない一言に、煉華の心が歓喜で跳ねる。そのテンションのまま、ジョーをヘッドロックした。
「ぐぁあっ!?」
「よぅし、今日は入学祝いだ!ラーメンでも食いに行くぞ!」
そのまま二人は、ラーメン屋に向かったのだった……
手放しがたき、蜜月だった。




