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地上伝奇譚  作者: 橋口 紅葉
11/13

丹原流奥義〝雲霞の太刀〟


桜の開花も僅かとなり、小さく愛らしい蕾が膨らみ始めていたが、依然として手先の熱を奪う凍風が吹いている。


まだ、夜が明けて間もない頃、僅かに暗闇の世界が広がっているなかで丹原家の広壮な道場に二人の剣客が相見えていた。


一人は隻眼の大剣豪、丹原十蔵。


一人は天稟の才の持ち主である、不城秋夜。


窓から僅かに差し込む淡い光が隻眼の十蔵を照らし、その鋭利で闘争に満ち溢れた瞳は猛禽類を思わせる。


柔和な笑みを貼り付け、放蕩無頼な気質を持ち、自由奔放な彼が真剣な表情をする時は決まって稽古の時と真剣の仕合の時のみであると、この一年で嫌というほど秋夜は理解していたが、此処まで殺気帯びた眼光を向けられた事などなかった。


ーー然るに、今から行われる鍛錬は今まで以上の過酷なものになるであろう。


「さて、秋夜。今日はお前に見てもらいたいものがある」


「はい、それで見てもらいたいものとは?」


「丹原流奥義」


十蔵の言葉に秋夜は目を見開いて瞠目する。


「お前が此処に来てからそろそろ1年の歳月が経つ頃だ。此処最近のお前を見て、外の世界に目を向けてもいい、と私は思うてな。ああ、別にお前の人生だ。決めるのも自分自身。だが、その前に丹原流奥義を一度見せたかったのだ」


この時、十蔵の瞳は冷気に帯びた闘気は鳴りを潜め、我が子の成長を見守る親の顔と慈愛に満ちた瞳で秋夜を見つめており、彼の期待に応えるために秋夜の決意は既に固まっていた。


「わかりました。是非、私に丹原流奥義を見せてください。そして、必ずモノにします」


「おお、言うたな!ならば、見せてやろう。丹原流奥義〝雲霞の太刀〟を!さあ、来い!」


十蔵は竹刀を上段に構えて、歓喜と興奮に満ちた顔をした。


「では、いきます!」


裂帛の声は道内に轟き、流れる水のような流麗な動きで十蔵との間合いを詰めて、竹刀を振り払う。


が、難なく十蔵は此れを防ぎ止め、御返しとばかりに秋夜と同じ力で竹刀を振り下ろす。


其れを秋夜は竹刀で受け止めることなく、回避して攻勢をかける。


苛烈を極める剣戟の打ち合いは徐々に常人では目視できない速度で繰り広げられており、当たりどころが悪い場所にその一撃をくらえば苦悶の末に死に至る可能性すら否めないが、この程度の仕合は二人にとって日常茶飯事であった。


迫り来る十蔵が振るう竹刀を如何にか防ぎ、反撃に出ようとするが繰り出される神速の技に対処しているだけで精一杯であり、防戦一方となった秋夜は焦りと疲労で顔を歪ませ、額からは苦悶の汗が垂れる。


十蔵の烈火の猛攻に僅かな好きが生じ、秋夜は其れを見逃さずに踏み込んで自分が最も得意とする渾身の突きを繰り出す。


この時、秋夜は十蔵が微笑んだのを目にした。


刹那、自分が誘い込まれたことに気づいたが時既に遅く、突きを放つが其れを事前に知っていたかの如く容易に回避した十蔵は反撃せず、直ぐに守りに徹しようとした秋夜の瞳に怪奇な現象が目に映り、驚愕のあまり目を見開いて瞠目した。


三つの眼が秋夜を睥睨していたのだ。


無論、十蔵の閉じられていた瞳と第三の目が開眼したわけではない。


如何なる妖術を駆使したか分からないが、丹原十蔵は三人に分裂していたのだ。


姿形は寸分違わず同じながらも三人の十蔵は正眼に構え、そのあまりに奇怪で摩訶不思議な出来事を目にした秋夜は狼狽で動きを鈍る。


それを見逃さなかった三人の十蔵は全く同時に間合いを詰めて、神速の突きを秋夜の眉間に放つ。


迫り来る無慈悲な猛攻を防ごうとしたが、同時に放たれた三つの神速の技を全て防ぐことなど今の秋夜には出来るはずもなく、回避しようにも恐怖で体が強張ったのか指先一つ動かない。


そして、三人の十蔵が同時に放った突きは秋夜の眉間を捉える。


「ぐっ!?」


苦悶の声を上げながら数メートル先まで吹っ飛ばされ、竹刀は綺麗な放物線を描いて地に落ちる。


恐るべし、丹原流奥義〝雲霞の太刀〟。


幕末期、新撰組一番隊を率いた沖田総司は、一拍の間に敵の「喉」や「鳩尾」などを三度突いたと言われ、道を極めた達人ならばそんな芸当も不可能ではないかもしれない。


だが、十蔵の丹原流奥義〝雲霞の太刀〟は物理的に不可能だろう。


人は分裂などしない。


では、どのような術を用いて此れを実現させたのか、それは定かではないが、これ程までに恐ろしき剣技はあるだろうか。


痛みが引いてきたのか秋夜は身を起こして、先程目にした奇怪な出来事を脳内で反芻し、呆然と呟いた。


「そんな…じゅ、十蔵さんが三人に見えた?」


「ふっ、此れが丹原流奥義〝雲霞の太刀〟よ。丹原流奥義の中で最も俺が得意とする奥義でな。この他にも〝影の太刀〟や〝黒煙の太刀〟など奇怪な奥義がまだあるが、それはまた今度の機会に見せるとしよう」


自分が放った突きが余程素晴らしい出来だったのか、満足した様子で快活に笑う十蔵を見て、秋夜は一太刀も相手に入れる事が出来なかった事を気にしているのか僅かに眉を顰めた。


「さて、丹原流奥義〝雲霞の太刀〟を習得する事が出来るかな?」


「ええ、必ず習得します。そして、他の奥義も」


負けん気が強い秋夜は決意に満ちた顔で頷き、十蔵はカラカラと笑って道場を後にした。


残された秋夜は脳裏に焼き付けたあの奥義を何度も思い出しては反芻するが、やはりと言うかどのようにしてあの奥義を繰り出せるか皆目見当もつかず、首を捻らせるのだった。




やったね、たえちゃん。これで無明三段突き(数の暴力)が出来るよ!



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