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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第十一章 攅簇火候(歓迎の火が群がり集まる)
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攅簇火候 3

ご覧いただきありがとうございます。今回新規の投稿は火候1~4の計4話です。前回の続きは火候1です。

「黙れ!」


 叫んだ含明(がんめい)が、剣指(けんし)を結んだ右手を高く上げた。

 突然空が瞬いて、守と元生(もとい)そして(あおい)を引き裂くように稲妻が落ちる。

 大音響で揺れる空気の中、大きく跳ねて離れた蒼に一斉に三尸(さんし)が襲いかかった。

 蒼はそれらを一瞬で躱すと、ダムの端へと走り出す。

 それに導かれるようにして、三尸が蒼の後を追っていった。



「守!」

 守を目がけて突き進んできた雷光は、突然現れた朱い光に弾かれて方向を変え、灰色のコンクリートの表面を破壊しながらダムの下へと走り去った。

 辺りに散乱する瓦礫(がれき)を避けつつ、低い姿勢で近づいてきた元生が、尻餅をついて茫然としている守に「大丈夫か」と声を掛けた。

「ケガは?」

 問われた守は元生の顔を視界に入れたが、放心したまま小さく左右に首を振る。

「無いなら俺に力を貸せ!」

 言葉と共に差し出された手に守は反射的に手を伸ばした。だが、すぐに気づいて手を引いた。そのまま無視して自分の父から距離を取る。

「守……」

 行き場のなくなった左手を拳に握って元生は引くと、視線を合わせようとしない自分の息子にゆっくり静かに話しかける。


「育のことは、今は忘れろ」

「あ?」


 ありえない言葉に、強い語気で返した守がその端整な顔をまじまじと見る。

 朱い『神』が輝く眼で、元生も守を真剣に見つめ返していた。

「今は非常時だ。まず、この状況を何とかしなきゃならんだろう。後でいくらでも正直に話す。だから、今は頼むから育のことは忘れてくれ」

 辺りを見回す守の目に追い詰められている蒼が映った。遠い向こうでは、いまだ蒼と三尸の攻防が続いている。

「……ど、どうすんだよ」

「おまえの中の『守霊(しゅれい)』を出す」

「『守霊』ぃ?」

「俺が見たところあいつらの属性は『水』だ。ヤツらがこっちに来ずに蒼を追っているのは、『守霊』を恐れてのことだ。ならば、強い『火』で――」

反剋(はんこく)して蒸発させる、つーのか?」

 元生はいつものようにニヤリと笑って「そうだ」と頷く。

「それって、もしかしてあの花鳥市場の?」

「あの時はまだおまえだけの力だったが、今度は『守霊』がいるから火力は数十倍だ。アイツらぐらいなら絶対に跡形なく消し去れる。それに――」

 さっき雷を(はじ)いた朱い光は『守霊』なのだと言う。自分も昔、高三の頃に護ってもらったことがある、と。

「どういう理屈かよく判らんが、『守霊』に雷は効かないんだ。含明はそれを知らないから、向こうに気を取られている、今がチャンスだ」

「でも……」

「大丈夫だ。おまえならできる」

「でも――」

「大丈夫だ。俺がいる!」

 その有無を言わさぬ語気の強さに、守は「うん」と頷いていた。

「じゃあ、最初に右手に剣指(けんし)、左手に雷訣(らいけつ)を結べ」

「え? ら……らい?」

「雷訣だ。――って、何だ、おまえ、知らないのか!」


 元生は単純に驚いているように見えた。

 けれど、守は父の言葉の中に驚きだけでなく自分に対する非難をも感じ取った。咄嗟に自分の無知を恥じる気持ちが沸き上がり、申し訳なさが募っていく。

 だが――

 それに続く「蒼も含明も何してたんだ?」との文句を聞いた途端、羞恥心は一気に激しい怒りに取って代わった。

「何言ってんだよ。教えなかったのは自分だろ!」

 元生が守の剣幕に目を瞠る。いつもならば十倍ぐらい言い返してくるところを、珍しく「解った、解った」と宥めにかかる。

 本当に非常事態だからか、罪悪感から来ているのかは判らない。けれど、ここで揉めても利はないと、元生が判断したことだけは確かだった。

 ならば――

 やはり今の状況はかなり切迫しているということなのだろう。

「で? どうやるんだよ」

 怒りを収めて素直に折れた守に、蒼と含明に目を配りつつ、元生は雷訣の作り方を教授する。

「まず、左手の親指で、人差し指、中指、薬指の爪を隠せ」

「え?」

「よく見ろ。こうだ」

 元生は左の手の平側を守に向けて、人差し指、中指、薬指を第二関節から折り、さらに親指を根元から被せるように曲げて三本の指の爪を隠した。

 と――

 小指を一本立てた形になる。

 突然子供の頃に見た、禁煙用のパイプのコマーシャルを思い出して無意識に守の口元がニヘラと歪む。目敏く見つけられ「何だ?」と追及されたが、守は「別に」と空惚ける。

「ふん。どうせ俺が会社を辞めたら『面白い』とか思ってたろ――これで!」

 これ見よがしに完成していない左手を突き出す父は、ことさら「で!」と強調し早早に文句を言うのを切り上げた。そして、素早く残っていた小指を折る。

「こうやって、小指を親指の先に被せて親指の爪を隠すんだ。最後に、小指の先を親指に巻き込むようにしてその下に押し込む。小指の爪が隠れたら、完成だ」

「こ、こう、か?」

「そうだ。爪が全部隠れてネコの肉球みたいになったらOKだ。そしたら手の平側が上になるように雷訣の小指側を下丹田に押し当てろ。で、剣指を鼻先に構える。ああそれと、剣指は親指の先が薬指の第一関節に付くようにするんだぞ」

「え?」

「確か……親指の先が『()』で、薬指の第一関節が――『(うま)』? いや、『午』は中指の先端だから――あ~っ、いいから、言われた通りに早くやれ!」


 自身も右手に剣指を結び、元生は中国語で守には判らない口訣(くけつ)を唱え始めた。

 守の胸の辺りが急に熱くなる。

 勢いよく熱感が広がり、全身が急激に燃え上がる。

 体に当たる雨が音を立てて蒸発し、守の周囲を盛大に(けぶ)らせていく。

 その勢いは最初に三尸に襲われたあの時とは比べようもないほど圧倒的だ。

 強い畏れを感じたものの、確乎たる父の目を見て何とか気持ちを立て直す。

 と、唐突に――

 睾丸と肛門、二陰(にいん)の間の会陰(えいん)の部分が微かに振動した。

 それを合図にしたように、下腹(したはら)と会陰が下丹田に向かい急速に収縮を開始する。

 前回同様、小さなブラックホールが発生したかのようだった。

 守は、すべてが『丹田』へと引き摺り込まれる感覚に囚われる。

 それらは豆粒ほどの一点に凝集して固まると――

 前回と同じように、そこから一気に膨大な(ちから)が噴出する。

 身体が前後に揺れ動き、背骨がうねって下丹田から勁を上へと送り出す。

 肩甲骨の間まで来た時に、心臓の辺りから朱い光が漏れ出でた。

 うねりがひときわ大きくなって、光が翼の形に背中から長く伸びる。

 守の体がムチのように揺らいで、俯いていた頭が後ろに倒れた。

 顎が上がって首が伸び、今まさに前に頭を振り切ろうとしたその刹那――


「だめだ、元生! 『守霊』は遣うな!」


 遠くから蒼の声が止めに入った。

「何だって?」

 元生が振り返ったのを機に、漲る力が下に落ち、体の熱も一気に下がる。

 元生は険しい目で、蒼の姿を追っている。

 守も倣って視線を向ける。

 不思議なことに蒼は防戦一方で、まったく戦っていないようだった。

「何故だ?」

 元生の声が宙に惑う。

 その時――

 湖の上の、暗黒の雲を割って十二個の光の球が現れた。

 ぶ厚い雲の向こうから、ポイポイと放り出されるように出現したそれは、発光し回転しながら次次と湖の上に落ちてきた。

 ある程度落ちた所で減速し、逆に少し浮き上がる。

 その中に浮かんできたのは――

 人型の影。

 黒い旗と様様な武器を手にするその影は、完全に人と同じではない。


「はぁ? ここで六丁六甲(りくていりくこう)かよ……」


 額に手を当てボソリと呟いた元生に、「何だよ、それ?」と守が訊く。

「ん? 玄帝(げんてい)眷属(けんぞく)の、獣頭人身(じゅうとうじんしん)の神兵だ」

「し、しんぺいぃ?」

 遠くでよく見えないが、四天王や韋駄(いだ)が着ているような鎧の上にどこかで一度は見たことのある、動物の頭が乗っている。最初に目についたのは長いウサギの耳。次はウシの角に、ニワトリの鶏冠(とさか)、そしてシカの角。

 だが、シカにしては――

「ヒゲ? なあ、何でシカにナマズのヒゲが――」

「よく見ろ。龍だろ! 六丁六甲は十二支の化身だからな」

「え? 十二支?」

 ならば奈良や京都で観た、十二神将(じゅうにじんしょう)の道教版ということか。

「つか、眷属って――」

「そうだ。きっと武志が()んだんだ」


 元生が地上のダムに目を向けた。その視線の先には飛ぶように駆け寄ってくる、二つの人影があった。

 こちらは完全に人型で、二つとも大きさに大した違いはない。

 先頭は武志、次いで来るのは皓華(こうか)のものだ。

 二人が走ってくる間に不規則に落ちてきた光球は、湖の上空で一固まりになっていた。小さな円を形成し、いつでも繰り出せるようにその場で斜めに揺らぎながら回転運動を繰り返す。

 だが、それぞれ手にした武器の先は一点、含明に集中している。

 ところが――


「それは遣うな、結界にしろ!」


 守たちの方に逃げながら、蒼が武志に指示を出す。

 六丁六甲の光球は渦を巻きながら回転の輪を広げ、ダムと湖を大きく囲むように空いっぱいに展開した。東西南北を含む十二の方位にピタリと止まる。

 同時に、蒼が守と含明のほぼ中間の位置で停止する。

 武志と皓華も、含明から同じぐらいの距離を開けて立ち止まった。


「じゃあ、オレも!」

 蒼の許に駆けつけようとした守の腕を、元生が掴んで引き止める。

「何、すんだよ!」

「行っても邪魔になる」

「でも、含明さんは実体のある人間なんだから、オレだって――」

「いや、何をするのか判るまで、俺たちはここで待機だ」


 下流から湖側に移動していた含明と引き連れてきた三尸を挟むように、東を蒼が西を皓華と武志が立ち塞ぐ。蒼が皓華の名前を呼んだ。

(はく)を喚べ!」

「ハイ!」

 皓華が手に印を結んで西を向き、西方神の太白金星(たいはくきんせい)肺神(はいしん)虚成(きょせい)の名を(そら)んじる。

 その間、武志が皓華の背後に立ってその背中を護る。

 さらに皓華はよく通る声で朗朗と、七魄(ななはく)の名を中国語で唱え始めた。


尸狗(シク)伏屍(フクシ)(ジャ)(クイン)呑賊(ドンゾク)非毒(ヒドク)除穢(ジョサイ)群臭(グンシュウ)!』


 時を同じくして、蒼も威厳をもって叫ぶ。


「我、三魂(さんこん)を招喚す。出でよ、(そう)(れい)(たい)(こう)(ゆう)(せい)


 と――



七魄の名称は資料によって微妙に少しずつ違いがありますが、本作は『修真図』に準じています。


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