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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第十一章 攅簇火候(歓迎の火が群がり集まる)
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攅簇火候 1

ご覧いただきありがとうございます。今回新規の投稿は火候1~4の計4話です。

これはあくまでも創作です。特にダムは実際にあるものとはまるで違っています。すべて作者の妄想の産物となっていますのでご了承ください。

*環境、機種によっては表示できない字を使っているところがあります。

(きょう)』=足偏に喬=『足喬』。彭蹻(ほうきょう):『三尸(さんし)』の一つ。下尸(かし)のこと。

「やはり、元生(もとい)さんが来ましたか」


 鼠色の空と鉛色の湖の狭間。

 打ちっ放しの、灰色のコンクリートの上に含明(がんめい)は立っていた。

 色のないその姿は、放水される白い水煙(みずけむり)をまとわせて酷く揺らいで見える。


(あおい)が来るわけないだろ。あいつは、何も知らないんだ」

 そして「守、おまえは後ろに下がってろ」と元生は自分の息子に指図した。


「これは俺と含明の問題だ。だから、おまえは絶対に手を出すな」

「親父……」

 元生の態度は、守が今までに見たこともないほど確乎たるものだった。含明は、敵意を露わにする元生を水煙の中でじっと見据えている。

 やがて――

「あなたは、何をご存じなのですか?」

 と、含明が静かに口を開く。


秋成虎(しゅうせいこ)白淑月(はくしゅくげつ)角春花(かくしゅんか)角柳青(かくりゅうせい)黄常在(こうじょうざい)黄珪沙(こうけいさ)。こいつらのことは俺にはどうでもいい。だがな、あいつの(かたき)だけは取らせて貰うぞ」

 含明の右の眉がピクリと上がる。

「それは丹下朱明(あかもとあけあき)師叔(ししゅく)、先先代の心神(しんじん)であなたのお父上のことですね」


「そうだ! おまえが()ったんだ!」


 元生の答えに、含明はクックと小さな笑い声を漏らした。

「いいえ、違います」

 きっぱりとしたその口調に、「ふざけるな! ネタは挙がってるんだ」と大きな声で元生が吼える。

「ふざけてなどいませんよ。と言うよりも、ふざけているのは元生さんではないのですか? そんな刑事ドラマのような台詞を、まさか実際に使う人がいるなんて、今の今まで考えたこともありませんでした」

「はぁ?」

 盛大な元生の怒りなどものともせずに、含明は口元に笑みを湛えたままだった。


「師叔の死の原因は、私ではありません」

「は? じゃあ、誰だって言うんだ!」

「それは――」

 怒りが溢れる問いに、含明がもったいぶるように一拍置く。


「『あなた』です」


「あ? 何を、惚けたことを――」

 一瞬戸惑いを見せた元生が、含明を睨みつける。

 と――

 眼から発した朱い『神』が、周囲にまとわりつく水の粒子を弾き飛ばし、中心にいる含明へと一直線に向かう。

 だが、含明はその場を動かなかった。

 相手の精神活動すらも支配する元生の眼神(がんしん)に、まったく怯む様子もない。

 それどころか元生の名前を呼びかけて、含明はもう一度はっきりと言い切った。



「あなたの父親が死んだのは、『あなた』が、そう『望んだ』からです」



 含明の周りには再び水煙が集まり始めていた。元生はいまだ含明を睨みつけていたが、もうその眼には朱い『神』の輝きは見られなかった。

「この場に及んで、言い逃れか」

「いいえ、言い逃れではありません。この場合重要なのは誰が『手を下した』か、ではなく、誰がそれを『望んだ』か、です」

 怪訝な視線を含明に向け、探るような目つきで元生が訊く。

「なあ、含明。おまえ、自分が何を言ってるのか解ってるのか?」

「もちろんです」

 その口調は、解らないほうがおかしい、と言っているようにも守には聞こえた。


「あなたは師叔を憎んでいましたよね。あなたの母親を捨て、志穂(しほ)師姐(ししゃ)のところへ行ってしまった父親です。だからこそあなたは櫻子(さくらこ)さんとの婚姻をあれほどまでに嫌ったのでしょう。『妹みたい』ではなく、本当に『妹』かもしれない、と」

「馬鹿な……」

 怒りに滾る元生の眼に、再び『神』が現れる。

 だが、含明はそれに構うことなく淡淡と話し続ける。

「日本には、同族婚の考え方がありますよね。師叔は優れた血を薄めないために、いえ、より強力な力を保有する者を生み出すためにも、血の純粋化を図ろうとしたのではないのですか。非常に堕落した考えではありますが、極めて有効な手段ともいえるでしょう」

 最後に含明は「日本人の考えそうなことです」と付け足すことも忘れなかった。

 守はその言葉の中に、祖父に対してというよりも、全ての日本人に対する侮蔑(ぶべつ)の感情を感じ取った。そして、守はこの時初めて、含明が大がつくほど日本人が嫌いなのだと知ったのだ。


「確かに長い歴史の中で、そういうことを試みようとしたヤツらもいた」

 元生はその推理を否定したりはしなかった。

「そうでしょう。玄帝の招聘(しょうへい)はあの当時の必須事項でした。ですが、その方法は度重なる混乱で失われてしまって定かではない。ですから師叔は試してみる価値がある、と判断されたのでしょう」

「それは、違う」

 元生は険しい顔で否定する。

「結果は判っていた。だからわざわざ試す必要もない」

「ほう、どんな?」

 含明の問いに、元生はチラリと守に視線を走らせた。

「おまえに話す必要はない」

「それは、守に知られたくないということですか?」

 そう問いかけながらも、含明は唇を歪めて薄く笑う。

「隠していてもいずれは判ることです。既に、あなたでなく守が『守霊』なのですから。それとも、私の推理を話しても――」

 含明が思わせ振りに続けると、元生の顔が激しく歪んだ。


心神(しんじん)腎神(じんしん)の間に子供は生まれない。何故なら、人を生成し、百年もの間生かし続ける膨大なエネルギーが地球の(たん)になるからだ。『地球の丹を煉る』とは、そういうことだ」


「『順則生人(じゅんはすなわちひとをしょうじ)逆則成仙(ぎゃくはすなわちせんとなる)』ですか……」


 視線を外して呟く含明は、真顔に戻ってポツリと一つ感想を漏らす。

「なるほど、これは、思った以上に禁忌――」

「そんなことは、どうだっていい!」

 元生が途中で遮ると、含明がことさらゆっくり視線を戻した。

「俺は、あの男の死なんか望んでいなかった。一度もだ。あいつはもっと生きて、もっと醜穢(しゅうわい)な姿を晒し、もっと苦しむべきだったんだ。それに――」

 そこで元生は声を潜めた。

「第一、望んだだけで人が死ぬのか?」

「死にます」

 迷うことなく言う含明に、元生はこれまで以上に険呑(けんのん)な目を向けた。


「私たちのいるところは、そういう領域なのです」


 空を覆う分厚い雲がさらに低く垂れこめて、世代の異なる男たちを灰色の闇の中に飲み込んでいった。含明の姿はいよいよ朧に霞み、元生は逃がさないとばかりに消えゆく男に向かって朱い『神』を飛ばす。

 含明の姿がまた露わになる。

 だが、その(おもて)にはもう蔑むような笑みは浮かんでいなかった。


「元生さん、あなたも言われたことがあるはずです。『静功(せいこう)をしている時は、何も望んではならない』と。それは、望んでしまうとそれが『実現』してしまうからです。ですが、叶うのは表層意識が望んだ、表面的で短絡的な望みではありません。深層意識が望んだ根源的な『望み』、つまり本当の『望み』なのです。ですから、私たちの鍛錬は『根器正(こんきせい)』。根が善良でない者に教えてはならない決まりになっています」

「だが、そうやって選ばれた者でさえ、道を踏み外してしまうことはある。おまえの母親がいい例だ」

 少し眉をひそめた含明は今度は「そうですね」とあっさり認める。けれど、その口調は落ち着いていて、今朝のように激しく抗議するような姿勢は見せなかった。

「確かに、母は誰よりも最終的な段階の近くにいました。けれど、それは成就することなく終わりました」

 淡淡と話す言葉の中に、守は哀しい響きを感じ取った。


「修めた『もの』を永く堅持し続ける。我我の行っている修持(しゅうじ)とは修めて終わりというものではなく、維持し続けなければならないものです。『功一寸、魔一丈』の喩え通り、どれほど功夫(こうふう)を積んだとしても――いえ、功夫を積めば積むほど、例外なくそれを阻もうとする力は増大していくのです」

「それは、誰の心の中にも潜んでいる闇が、鍛錬と共に膨らんでいくからだ」

「『闇』ですか――」

 含明は少し考えてから、「その言葉は適切ではありませんね」と否定した。


「もともとこの領域には、ものの善悪は存在しません。そこにあるのは陰陽だけ。対立しながらもなおかつ融和する、二つのエネルギーの変化だけなのです。なのにそれに善悪をつけてしまう。それは人の狭い了見の、為せる業というものです」


「確かに、そうだった。ものの善悪など、人間の都合で後天的に定められた概念でしかない。だが人の世で人として生きている限り、後天の価値観は無視できない。事あるごとにそれに左右されるのもまた事実。そこから外れれば『人で、無し』。つまり、人は人ではなくなってしまうからな」


「そうですね。成就して神仙になるまでは確かに人でいるべきです。いえ、神仙になってたとしても人の世に関わるのなら、そうすべきでしょう」


「ふん、珍しく意見が合ったな」

 元生が思い切り皮肉ると、含明は少しだけ笑みを浮かべた。だが、元生の表情は相変わらず厳しいままだ。


「では、『魔』とは一体何なのでしょうか?」

「さあな。俺はおまえと禅問答をしにここ来たわけじゃない!」

 強く言い捨てる元生に対し、含明は何の反応も示さなかった。そして今の宣言をまったく無視するように「それは――」と続ける。


「『(おも)い』です」


「は?」

「『()』とは、何かをしようと決断する以前に『あれこれ思い巡らす』思いです。その中に、私は言葉になる前の思いもまた、含まれていると思うのです」


 人の発する言語とは、言葉になる前のモヤモヤと複合した思いの中に散在する、小さな矛盾や不必要なものを様様なフィルターを通して削り落とした後、似通ったものを統合し、一番的確な言葉に摺り合わせた結果に発せられるものではないか、と含明は言う。

 そして――

「削り落とし無視したその思いの中に、言葉になる以前の生存欲求に根ざす先天の思い、つまり、真の『意い』が、含まれているのではないでしょうか」


 生存欲求に根ざす先天の『意い』は、後天的に作られた倫理観に縛られることはない。逆に言えば言葉として浮かび上がった時点で、すでにその思いは倫理というフィルターがかかり、純粋な、真の『意い』でない可能性が高いのだ、と。


「つまり、当事者本人でさえ、自分の本当の『望み』をはっきり認識できないってことか?」

「ええ。繰り返すことで無意識にまで落とし込まれた後天的な価値観は、時に先天の本能すらも凌駕しますからね」

「なら、そんな強固なフィルターの、持ち主の真の『意い』は外に出ることなく、言葉という明確な姿も与えられずに、心の奥底に(おり)のように積み重なっていくってことだな」

 確認する元生の言葉に、含明は薄い唇の両端を吊り上げた。



 確かに言葉というものは、具体的なものと思われがちだが、実は非常に抽象的な概念でしかなかった。蒼が言っていたように、人は様様な経験をすることで言葉に様様な思いを込め、リアリティを高めているのだろう。

 だからこそかなりの情報が削ぎ落とされた、モヤモヤとした、思いの骨子(こっし)に過ぎない言葉に、胸に迫るようなリアルな感情は附随しない。受け手側の経験によって蓄積された情報や感覚で補完しなければ、実際には成立しないものなのだ。

 そう――

 言葉は、あくまでも『(いみ)』を差し示す『指』であって『月』そのものではない。

 自分の中に『月』を見つけるための『指』でしかない。

 『指』であるからこそ、そこに(なま)の感情が含まれているはずがない。

 ゆえに、一般的に負の感情と呼ばれるものだったとしても、言葉になった途端、『つまらない』『大したことのない』ものに変わったりもする。

 それは、感情という取り巻く靄が晴れ、核だけストンと心に収まるからだろう。

 だからこそ、逆に言葉になった途端に客観視でき、冷静にもなれるのだ。

 だがしかし、言葉になることが許されなかった思いは――



 守がそこまで考えた時、「で?」と言葉尻の上がった強い声が聞こえてきた。

「その俺たちの真の『意い』が、望みとなって発露したと言うのか?」

 元生の声はすこぶる機嫌が悪かった。

「そうです。成虎師兄は、彼に裏切られた母の心が望みました。淑月女史は、私。春花叔母は、蒼さんです。柳青(はは)は、親を奪われた皓華の心が。黄師父は、因習から自由になりたい夏芽の心。そして珪沙師姐は――」

「誰だ?」


「守です」


「は? 守? 守は関係ないだろ!」


 激高する元生には目もくれず、含明はじっと守を見据える。

「オ、オレは……」

 突如スポットライトを当てられた守は、酷く困惑しどうしていいのか判らない。

 元生が、守と含明の間に移動してその視線を遮るまでそれが続き、邪魔をされた含明は仕方なく、その焦点を元生に合わせ直した。


「関係なくはないのですよ、元生さん。守は確かにあの時してはならないことをしたのです。そしてそれゆえ自分に嘘をついた。武志がいなくなったあの時。それは自分を護るために咄嗟に思いついた手段でした。守は、自分のせいで武志がいなくなったのだと考えたくはなかったのです」


 守は、黄珪沙に『誰が武志か』と問われた時のことを思い出していた。



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