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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第十章 天花乱墜(天の花が乱れ墜つ)
94/99

天花乱墜 9

ご覧いただきありがとうございます。今回新規の投稿は、乱墜7~10までの計4話です。前回の続きは二つ前の7からです。

「あの日、俺は蒼んとこに寄った帰りに、早退して家に帰る途中の育と遭遇した。何でも、胸騒ぎがしたから黙って学校を抜け出できたらしい」

 さらに詳しく事情を聞こうとしたところで、急に雨が降り出してきた。瞬く間に激しくなる雨に、元生は上着を脱いでランドセルごと育に被せ、育を抱えていつもの宿舎に一目散に駆け出した。

「そこのほうが育の家より近かったし、止むのを待つうちに、育の胸騒ぎの詳細を訊こうと思ってたんだ。実は、俺も何かイヤなものを感じてたから、それが同じかどうか確認したかった」

 その宿舎はもともと父の実家の別荘で、不用になったため祖父の会社に買い上げてもらい、ゲストハウスや重役用の保養所として使っていたらしい。

「俺は、先ず職場の蒼に電話して段取りを簡単に決めた後、蒼が学校に連絡してる間に櫻子に一報を入れたんだ。蒼が帰りに回収するから心配するなってな。その後給食も食べずに帰ってきた育に飯を作って食わせたわけだ。そしたら皿を洗ってる最中に、育がいきなり蹲ってガタガタと震え出した」


『片づけてたら、急に苦しみ出して――』

 確かに、元生は蒼にそう話していた。


「ま、まさか、親父が作ったメシで腹、壊したとか、か?」

「失礼な。おまえは一度だって腹壊したことなんかないだろ。宮子が入院している時に、どんだけ作ってやったと思ってるんだ。でも――何だ、俺も一瞬そう思って凄く焦ったんだけどな。何せ蒼に偉そうに任せろと言った手前、この為体(ていたらく)は、と思ったもんだ。でも、違った」

「じゃあ、何だったんだよ?」


「『育嬰(いくえい)』の継承が始まったんだ」


 櫻子も酷く怖がっていたが、育は小二で櫻子の時よりも六歳も若かった。元生は怯える育を抱き抱えて一時間ほど宥めていたという。

「櫻子のことも勿論気にはなったが、それは蒼に任せることにした。収まって落ち着いた育をベッドに寝かせて、俺は初めて周りの気配がただならないことに気がついた。後数日で立冬(りっとう)なのに雷がガンガン鳴ってやがる。で、無性にイヤな予感がしたから育に絶対にここを動くなと言って、俺は土砂降りの中、家を出た」


 そして、守が柳青(りゅうせい)に観せられたシーンへと繋がるらしい。

 観てたなら、と元生はそのことについて詳しく説明しなかった。

 守も、特にそれを求めなかった。

 あの時の父の顔を見ていたから、さすがに軽い気持ちで訊くことはできない。


「追おうと暴れる武志に手こずりながら、俺は一歩も動けなかった。呆然と二人が沈んでいった泥水の一点を見つめていただけだった。二人が飲み込まれた時、最後に青い光が煌めくのを見て、それでもう無理だ、と直感した……」

 雨が弱まり人が集まり出していた。まだ泥の中に二人残っていると野次馬に告げ元生は、その場を後にした。


「俺は蒼が乗ってきた車で、育のいる家まで武志を連れて帰った。早く泥だらけで濡れ鼠の武志を風呂に入れてやらないと風邪引くからな。序でに俺も一緒に入って上がった後、俺の荷物を漁っていたら、おまえのシャツとパンツが出てきた時にはビックリしたぞ」

「オレの?」

「ああ、おまえが好きだった『戦隊もの』の、だ。おまけに新品だったしな」

「何で?」

宮子(みやこ)が入れたんだろ」

「だから、何で?」

「そりゃあ……見て、家族を思い出せってことじゃないのか」

「あはっ? 浮気防止、ってヤツか」

「まあ、ホントんとこはどうだか判らん。だが、宮子の祖母さんには未来を見通す力があったからな。もしかしたら無意識にこのことを見越してたのかもしれない」


 武志には少し大きかったが無いよりはずっといい。さらに自分の、フランネルのパジャマの上着を着せつけて元生は武志を寝室に連れていった。

「そしたら、育がいなくなってたんだ」

 仕方なく元生は武志を毛布で包み込み、武志だけを連れて、蒼の車で東京方面へ向かったという。


「って――、探しもせずに置いてったのかよ?」

「取り敢えず雨は上がってたし、うちの親父にだけは武志を取られるわけにいかなかったんだ。それに育の中には『育嬰』がいる。元腎神の志穂なら、たとえ何処にいようと、育を、と言うか、『育嬰』を、直ぐに見つけられるはずだ」

 そして「俺も『守霊(しゅれい)』なら、今でも何処にいるのかはだいたい判る」と聞いてもいないことに一方的に答えてから先を続けた。

「それに、この継承を予感した志穂が既にこっちに向かっている可能性もあった。だったら早く逃げるしかないだろ。それで、だ――」

 さらに、父はその時の苦労を事細かに語ろうとした。そうなってしまえばいくら時間があっても足りなくなるのは明らかだった。守は手を上げ冷たくそれを遮ると先を促すように「で?」と訊いた。

「わざわざ維名の家に連れていったのに、どうしてまた、中国に?」

「ああ、それは、な――」


 武志が大きくなるにつれ、維名でも玄明でもない特性が現れて、他にもいくつもの出来事が重なって空気が不穏になっていった。丁度その頃、元生は長春(ちょうしゅん)で蒼を見つけたのだという。

「蒼は行方不明になったその日から、吉林(きつりん)の『ここ』にいた」

 元生は、右の人差し指で床を指差した。

「え……ここに?」

「ああ、夏芽(なつめ)が発見したんだ。どうやってここに来たのか、蒼も判らないらしい。気がついたらここにいた。アイツはそう言っていた」

 蒼を見つけた時、まだ初級中学の二年生だった夏芽は酷く驚いていたという。

「全くうちの馬鹿親父は、蒼が生きていることを八年も俺に黙ってたんだぞ。後で文句を言ったら、『おまえが武志を隠すからだ』と反論された」

「あ~あ、どっちもどっちだった、ってわけね」

 守が大いに呆れると、元生は「まあな」と鼻の頭を掻いてみせる。

「で、だ。俺の話だけで、蒼は武志の父親が誰なのか判ったみたいだった。でも、アイツは俺に何も言わなかった。俺に話して微妙な話がさらに拗れるのがイヤだったらしい。解らなくもないが、失礼な話だ。勿論、後でそれなりの落とし前はつけさせて貰った」

 相変わらずの無茶苦茶な言いぐさに、守は二の句が継げなかった。この場合どうひいき目に見ても、落とし前をつけなければならないのは、蒼ではなく元生のほうだろう。だのに、元生は何一つ間違いはなかったかのように話し続ける。

「結局、俺は朝の話を聞くまで、誰なのか判らなかったわけだ」

「で、誰だよ?」

「はぁ? 何だ、おまえ。まだ判らんのか?」

 元生は、呆れたように肩をすくめて首を左右に振る。

「どこで気づけって言うんだよ。つか、自分だって今朝まで解んなかったんだろ」

「『水』だ」

「いや、だか――へっ、『水』?」

 守の文句の後半部分を、まるっと無視して言った元生が「そうだ」と頷く。

「何で武志が『水』なのか? 五行の相生に於いて『水』は何から生じるのか?」

「『金』だろ。でも――」

 守は小首を傾げ、しばらく考えてから父を見た。

「考えろ。おまえはもう、答えを導き出す情報も(すべ)も持っている。誰かに訊きゃあいいと思うのは間違いだぞ」

 そして、また考える。元生はそんな息子の様子を黙って見ている。

「………」

「…………」

「……………」

「………………」

「…………………あっ!」

 額の辺りに小さな朱い光が煌めいて、守が突然声を上げた。

「でも……そんな――」

「おまえが思っている通りだ」

 絶句する守に、元生は何も聞くことなく肯定した。

「でも、信じられないよ。そんなこと……」

「アイツは櫻子が好きだった。多分初めて会った時からだ」

「だって、あの時……」

「『元神(げんしん)』が発現している時、稀に『織神(しきしん)』が全く働かないことがある。そして、『金』は『水』に一方的に奉仕するのが宿命(さだめ)だ」

「でも、それだって……」

「言っただろ。腎神が(つかさど)っているのは『精』だって。一番やりたい盛りに好きな相手に迫られて、おまえ、冷静でいられる自信、あるか?」

「それは……」

 それでも戸惑う守を見て、「なら、こう言えばいいか?」と元生。


「武志の性質は『水』でなければならなかった。それも純粋な『水』。でなければ北を守護する『玄武大帝』にはなれない――」


「って……」

 守の頭の中を、今まで見聞きし体験した、様様な情報が駆け巡っていく。

 その中でも、ひときわ強く浮かび上がってくる『もの』があった。



 腎神は、坎の気水の精、色は玄――その象は、双頭の鹿。

 膽神は、水の気金の精、色は青――その象は、亀と蛇の混合形。

 そして――

 子供の『元気』は、両親双方から受け継いで生まれてくるという。



 守は、蒼の言葉を思い出した。


『地球の張った巧妙な罠』


(そんなことが――)

 果たして、そんなことが本当にあるのだろうか。



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