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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第十章 天花乱墜(天の花が乱れ墜つ)
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天花乱墜 8

ご覧いただきありがとうございます。今回新規の投稿は、乱墜7~10までの計4話です。前回の続きは一つ前の7からです。

「それのどこが不思議なんだよ?」


 守が父に文句を言うと、元生は珍しく困ったような表情を見せた。

「蒼には全く憶えがなかった」

「ああ、そっか。つか、最初から知ってたんだ」

 元生は「そうだ」と言って一つ咳払いをした。

「まあ、蒼もいろいろと大変だったんだから、それはしょうがない。それから――これは蒼には絶対に言えんのだが……」

 元生はここでもう一度咳払いをし、さらに声を潜めた。

「俺には、ちょっとだけ憶えがあった」

「へ?」

 何か凄いことを打ち明けられたらしいのは判ったが、守はすぐに意味を理解することができなかった。まず「ん?」と左に小首を傾げ、次に「え?」と反対方向に首を捻る。そして視線の先にある、その口元に浮かぶ曖昧な笑みを見てハッとすると、一重の目をこれでもかと見開いた。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ?」



 あまりの驚きに、守は目も口も開けたまま、自分の父を呆然と見た。

 あんなにはっきり否定したのは、ウソだったというのだろうか。


「違う。それは武志が生まれた時にも確認――」


「そういうことじゃないだろ!」


 元生の言葉が終わらないうちに、椅子を蹴って立ち上がった。

「落ち着け、守」

 拳を握り締める守にも判りやすいよう、元生は大きく口を開け、だが声は潜めたままで、下から見上げながらはっきり言う。

「あ?」

「おまえだって解るだろう。あの誘惑には抗いがたい」

「………」

「寝込みを襲われたんだ。ヤバイと思っても、スイッチが切り替わったら自分ではどうにもならん」

「けど……」

「向こうは『水』だ。『火』の俺たちとの関係は相剋(そうこく)だ。それも『水』が『火』をコントロールする関係なんだ。そんなんで本気なんか出されてみろ。余程のことがない限り『火』の俺たちは『水』のあいつらには逆らえない。それはおまえだって身を以て知ってるはずだぞ」

 思い当たる節がありすぎて、守は心の中で「む、ぐぐ」と唸る。

 確かに守も経験上、あれは自分の意思だけではとうてい抵抗できない類いのものだと理解はしていた。一度嵌まったら、二度と抜けられないと思うほどの、苛烈なまでの依存性。

 けれど――

 子という立場にいる以上、それを肯定することはできなかった。開きかけた口を守が閉じると、同意を得られなかった元生がさらに言い募ってくる。

「それに、腎神が(つかさど)っているのは『(せい)』なんだぞ。『精』とは命や生殖に関わる根源的なエネルギーだ。つまりこっちの『元精(せいよく)』を刺激して直接コントロールしてくるんだ。だから、もの凄く(たち)が悪い」

「………」

 理屈も自分の経験上も、その言葉通りだと守も思う。だが母のことを考えたら、やはり安易に賛同することだけはできなかった。守が渋い顔を崩さないでいると、「宮子(みやこ)にも蒼にも、すまないと思っている」と元生は謝罪の言葉を口にした。

「ただ、な――」

「何だよ?」

「どうも、未遂だったらしい」

「あ?」

 最初から櫻子の様子はどこかおかしかったという。何かの気配を感じて目を覚ますと、目の前に櫻子の顔があって心底驚いたのだ、と。

「宮子ならいざ知らず、櫻子だぞ。驚かないほうがどうかしてる」

 同情しろと言わんばかりの口ぶりに、守は心底冷たい目を元生に向けた。すると何かの危機を覚えたのか、それともただの気まぐれなのか、打って変わって淡淡と元生は事実だけを話し始めた。


 まず、櫻子の目は虚ろで『神』はなく、声を掛けたが何の返事もなかったこと。

 次に、拙いと思って体を起こそうとしたが逆に伸しかかられて、その後のことは意識が飛びよく憶えてないこと。

 最後に、意識が戻った時には、櫻子はもういなかったこと。


「取り敢えず状況はそんな感じだ。夢と思えば思えなくないが、結構リアルだったしな。で、急いで確認したわけだが、事後の痕跡は見当たらなかった。だからってかなり情けない話だが、最後までしてないという確信も持てなかった」

 真剣な表情で語るその話にウソではないと判断し、物証が出なかったという父の言葉を守は信じることにした。というよりも、端整と言われる容貌の父が使用済みのシーツをつぶさに確認している姿を想像するだけでも、かなり笑える。

 多少なりとも溜飲が下がった守は、込み上げてくるものを(こら)えながら倒れた椅子を立て直し、さっきより距離を取って父の隣に座り直した。


「で、維名が生まれた時に確認したってか? けどさ、どうやって違うって判ったんだよ? こっそりDNA鑑定でもしたのかよ?」

 どうやら顔がにやけていたようで、先に「笑うな」と文句が返ってきた。続けて「おまえは馬鹿か」といつもの調子に戻った父が罵ってくる。

「あの時代に、そんなの簡単にできるわけないだろ」

「じゃあ――」

「何のための練功だ。子供の『元気』っていうのはな、両親双方から受け継ぐんだろうが」

「あ……」

 聞いた途端、守の体から急速に力が抜けていった。

「それで、あんなに自信があったのか――」

「まあな」

 得意げに笑う父に、「そこは、自慢するとこじゃないから」と守はすかさず突っ込みを入れる。

「それに、結局ヤってないって証拠、ないんだよな」

「まあ、な。ただ、後で改めて考えたら、『止めて』と言われて止めた気がする」

「どこら辺で?」

「かなり最初のほうだ。お蔭で、未だに最悪の事態にならずに済んでるんだ」

 首の皮一枚で繋がってホッとした。そんな表情を浮かべる元生を、じっとりした目で守が()めつける。視線を感じて真顔に戻り元生「とにかく」と、仕切り直しをするようには一気に話を戻した。


「生まれたばかりの武志からは、『水』の気しか感じることができなかった」

「なら、父親は『水』の者ってことか……」

「さあ――それは、どうだろうな」

 意味ありげに返された言葉に、「何だよ?」と守。

「当時あの家に出入りしていた男は、俺と辰矢(たつや)の他には、櫻子の弟の史洋(ふみひろ)と従兄の水口(みずぐち)翌人(よくと)だ」

「水口さん?」

 初めて出てきた名前に守が眉をひそめると、「うちの姉貴のボディーガード兼、運転手兼、秘書兼――亭主だ」との答えが返ってきた。

「えっ、(あかね)伯母さんの?」

「内縁で籍は入ってないがもう四半世紀は続いてるな。そういえばおまえ、遊園地に連れて行って貰ったろ。五つの誕生日の時だ」

「え……」


 守は育や武志と遊園地に行った時の、赤いワンピースの女に付き従っていた黒い影を思い出した。影は次第に背の高い、ダークスーツの男の姿を形作る。同時に、赤いマニキュアが塗られた温かい手と、仄かに甘いポップコーンの匂いも蘇った。

 水色のワンピースの小さな女の子は、白い帽子を被った小さな武志と手を繋いでいる。そして武志の反対側の手は、黒いスーツの男と繋がれていた。

 守の脳裏に浮かび上がった、黒い男の印象は――

 武志に近い。


「じゃあ、その水口さんっていう伯母さんの彼氏が……」

「確かに翌人の属性は『水』だ。けどな、うちの姉貴と内縁関係にあると判って、違うと思った」

「何でさ?」

()さぬ仲とは言え、姉貴はうちのお袋、つまりおまえ祖母さんとは仲がよかったからな。翌人が、志穂(しほ)の娘の櫻子とどうこうなってたら、さすがに別れてんだろ。あと、翌人は蒼の兄貴分だ。っていうか、うちの姉貴は蒼の姉さんでもあるわけだし――」

「は?」

「何だ、知らなかったのか? 姉貴は俺とは異母姉弟で、蒼とは異父姉弟だ」

「じゃあ、龍煙(りゅうえん)さんのお母さんが膽神(たんしん)になるのに離婚した相手って――」

「俺の親父だ」


 親戚ではないが、親戚以上の関係。

 確かに母の宮子(みやこ)はそう言っていた。

(そういえば――)

 蒼は元生よりも、伯母の茜にずっと面立ちが似ている。

 次次判る意外な事実に守は理解が追いつかなかった。特に、育との関係の複雑さには正直、戸惑うばかりだった。だが、場合によっては従姉弟の可能性もあったと思えば、父が何をおいても育を護りたかった気持ちも、解らなくはない。

(にしても、まだ食うのかよ)

 元生は器用に箸を操って、五つ目の目玉焼きに手を伸ばしていた。


「それに、だ。翌人は元元少林派で純粋な武当派(ぶとうは)じゃない。だから、纏ってる(もの)が俺たちとは微妙に違う。で、生まれたばかりの武志からは、翌人と同じ『もの』は感じられなかった」

「ふ~ん。それじゃあ――って、えっ、まさか……」

 守の脳裏には、最後の一人の顔が浮かんでいた。

 丸みのある輪郭のその人は、そんな間違いからは、一番遠いところにいるような存在の人だった。

「辰矢には、俺も蒼も史洋も、翌人も都合がつかない時に櫻子の面倒を見て貰っていた」

「そんな、龍耀(りゅうよう)さんが……」

 守は、父の言葉が信じられなかった。

「俺も最初はそう思った」

「じゃあ、龍耀さんじゃないんだ」

「結論から言えば、違う」

 答えを聞いて、守は少しだけホッとした。

「だが、あの頃の俺は、確信に近いくらいの気持ちで辰矢だと思っていた」

「何で?」

「辰矢の場合は、今でこそここまでになったが、当時、特別な訓練は何一つ受けていなかった。まあ、俺はする必要もないのだろうとも思ってたんだが――」

「でも、龍耀さんのお母さんは肝神(かんしん)の一族だろう」

「母親は、な。あの頃、俺はまだ辰矢の母親が柳青(りゅうせい)の妹だってことを知らなかったんだ。それに辰矢の父親は、蒼の親父でもあるわけだ。ほとんど一般人みたいな感じで維名の血も引いてないんだけどな。ただ、これも後から判ったんだが――」

 もったいぶるよう言葉を切って、その人は伝説の『そら(つか)い』の一番弟子だったらしい、と元生は告げる。

「は? そ、そら? ……な、何だよ、ソレ?」

「俺に訊くな。俺にもよく解らん。ただな――」

 維名の家には特殊な技が伝わっていて、その技を遣える者を特に『そら遣い』と呼んでいたらしい。ところが、蒼がそれを受け継ぐ前に、遣える者が亡くなってしまい、今は名称が残っているだけだという。

「とにかく、俺たちの間で最後に『そら遣い』と呼ばれたのは蒼の大叔父だ。蒼の父親はその人の弟子だったらしいんだが、技は受け継いでいないそうだ」

「失伝した、ってことかよ?」

「そうだな」

 あっさり言った元生は、もう一度「とにかく」と語気を強めた。


「当時、俺は辰矢の両親は一般人だと思っていた。で、辰矢が一般人なら生まれたばかりの武志から、どうして『水』以外の気が感じられなかったかの説明がつくと思った。まあ、結果、俺の推理はみごとに外れていたわけだ」

「もしかして、それって維名が預けられたことにも関係してるのか?」

 問う守に元生は「そうだ」と素直に認める。

「辰矢が武志の父親なら一緒に住んだほうがいいだろ。志穂やうちの親父になんか預けたら、いいように利用されるだけだからな」

「そっか、そういうことだったんだ」

 だからといって、たった二人残った姉弟を離すのは間違っていると守は思う。

 そしてだからこそ、「だったら」とそれを言葉にする道を選んだ。

「何で一緒に連れて行ってやらなかったんだよ?」

「ん?」

「親父も、あそこにいたんだろ」

 あの事故の時、学校にいた育は、胸騒ぎがして早退したと言っていた。家に帰り着いた時は、もうすべてが終わった後だった、と。

 そして――

 さっきの元生と蒼の会話で、元生はあの日早退した育に会い『飯を食わせた』と言う。ならば育が家に帰り着く前に、元生と一緒にいたのは確かだろう。

 けれど――

 鬼仙が見せた事故の情景では、現場に元生はいたが、育の姿は見えなかった。

 そんなことを守が話すと、元生は「そうか」と言って、事故が起こった日のことを詳しく語り始めた。



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