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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第十章 天花乱墜(天の花が乱れ墜つ)
91/99

天花乱墜 6

ご覧いただきありがとうございます。大変ご無沙汰して申し訳ありませんでした。

前回投稿した「乱墜05」の差し替え分が長くなったので、分割しております。

この「乱墜06」は前回投稿した「旧乱墜05」の後半部分です。

流れは変わってませんが色々増量しています。この後とも関係しているので、是非差し替えた前話「乱墜05」からお読みくださいませ。

*個人研究、独自解釈、妄想補完、似非科学要素、作者の感想が含まれています。

*世間一般で事実や通説といわれているものと違う場合があります。

*環境、機種によっては表示できない字を使っているところがあります。

 『爸爸(ぱーぱ)』。『(ぱー)』は『父』の下に『巴』。お父さんのこと。


 守は自分が空手を習うきっかけになった、あの映画の、冒頭部分を思い出した。子供に蹴りを教える場面で今なお名言として残るあの台詞は、『指月のたとえ』と呼ばれる禅話がベースになっている。

 父の元生(もとい)曰く――

 あれは、元元は仏陀が入滅する前に言い残した、有り難い教えを説明するためのたとえ話で、『(ことば)』を『指』に『(いみ)』を『月』に例えることで『語』と『義』は同じではないことと、さらにその関係性を説明したものだという。

 その『たとえ』の部分の、父の訳は――

『折角、この俺がわざわざ月を指差して、おまえに(これ)を教えようとしてやってるのに、何でおまえは指ばかり()て、月を()ないんだ。ごらぁ』

 と、なる。

 ちなみにこの訳の、『折角』と『わざわざ』と同じような意味の言葉を合わせて使い、さらに『この俺が』と駄目押しする、本人曰く『俺様』としないだけマシな恩着せがましさと、原文にないのに、思わず『ごらぁ』と入れてしまった憤りは、あくまでも父の主観だった。さらに『教えようとしてやってる』という回りくどい言い回しは、原文の『令汝知之』の『令』の部分の巧い口語訳が見つからなかったということらしい。

 実際には『語』と『義』には、『言葉』と『意味』以外にも様様な解釈を有し、それに伴い『指』と『月』の意味や関係性も変わってくる。

 その中の一つに『指』=『教』、『月』=『法』とする説があるという。



「結局『指』と『月』が一番具体的で、その階層を上げて抽象化したのが『語』と『義』あるいは『教』と『法』ってことだ。『語』と『義』より『教』と『法』のほうが上っぽいが、『一回階層を上げて、別の方向に階層を下げた』のかもしれないし、『二回上げて、別な方に一回下げた』のかもしれない。正確なことは俺には判らん。だがそんなことに拘るのは、正に『指を看て、月を視ず』だ。どっちにしたって、最終的にはアイツの言う、『heavenly glory』に一元化されればいいだけだからな」

「えっ、そうなのか?」

 思わず声を上げた守に、元生は少しだけ怯みを見せた。

「あー、確かに、『heavenly glory』=『道』だとちょっとずれてる感じはするが――全ての道はローマに通じるじゃないが、俺たちの場合、全ての道は『道』に通じてるんだ。アイツがそこまで考えてたかは知らないが――あ、いや、やっぱり考えてたんじゃないのか。あれは」

 元生は眉間に皺を深く刻んで少しだけ首を傾げた。恐らくその頭の中には映画の冒頭部分にあった、高僧との会話の場面が展開されているはずだった。あのリアル禅問答のような会話は、最後のシーンにも繋がる重要な部分だ。

 以前、中国語版を観た父の解説付きで英語版を観ていた時の話では――



 武術の境地についての問答では、技術や作為的なものを一切なくすという意味で『形を無形に隠す』と言い。

 敵に臨んだ時の精神的な部分の反応については、『私に敵はいない』と答え。

 それが何故かと問われた時、『私』とはただ一つの抽象的な『(ことば)』にすぎないから、と応じているという。

(ん? これって……)

 元元『指月のたとえ』では、『たとえ』の前の部分に『語を以て義を得るも、義は語に非ざるなり』とある。それは『(ことば)』は『(いみ)』を表してはいるが、『義』=『語』と考えてはだめだということだった。さらに『たとえ』の後の部分では、『語は義の為に指すも、語は義に非ざるなり』とあり、『語とは義を指し示す指にすぎない』と続いているのだ。

 それが高僧との話だけでなく、その先にある子供に蹴りを教える有名なシーンにも続いていた。

(そう言えば……)

 何でこんなことを思い出せるのだろう。あの時、守はまだ中学生で空手も習っていなかった。何のことやらちんぷんかんぷんで、今までこんなにハッキリと内容を思い出すこともなかったというのに――

 そう、守は夏芽に教えてもらう以前にも、元生から一度聞いて知っていたのだ。

 独断と偏見に塗れる、独自解釈付きの解説入りで。


 父曰く――

 あの一世を風靡したセリフは中国語版では『考えるな、早くしろ』で、その後に英語版にはない『反応は早く』という言葉が入っているという。

 これは外界の刺激に対し如何に対処するか、素早く情報の処理をしろという意味で、英語版よりもより具体的に武術の指導をしている内容になっていた。またその部分はその前の高僧との問答で、武術の最高の境地について問われる前に『直ぐに答えなさい』と考えずに浮かんだままを答えるよう、促されている部分と対応しているということらしい。

 その後の指と月の場面は、中国語版には『直覚』という単語が入っていて、月を指差すのは『直感的だ』言っているという。

 その部分の元生の解釈は――

『『あっ、月』って言われたら『えっ、何処?』って直ぐに空を見るだろ。きれいとか、見てみろとか、言われなくても『月』と言われた途端に反射的に空を見る。その時は、月を差す指には特に意識はいってないはずだ。そんな風に何も考えず、気負わず自然にスッと反応しろと言ってるんだ』

 また、その後の父の解説を要約するのなら――

 自然は一瞬一瞬で変化する。観えている月も次の瞬間には雲に隠れてしまうかもしれない。それは戦いも同じで、足の位置とか手の形とか、小さいことに拘るのは本末転倒。あくまでもそれは手段だから手段には拘るな。その先には『月亮(つき)の光=heavenly glory』という素晴らしいものがあるのだから、一瞬のチャンスを逃さずに必ずそれを掴み取れ、ということらしい。

 これは高僧との問答で、防御と攻撃が自在にできなければならないと答えている時に、『溶化』という単語を使っていることに対応しているという。この『溶化』とは、きっちりと形が定まっているのではなく、スライムのように溶けてもわもわした状態を表していた。

 武術を『溶化』するとは、普段は特に形のない状態で、その時時で目的に合った形にぴしっと固めることだという。これはその前の『形を無形に隠す』を、さらに具体化した説明だった。

(これって――無形が『虚』で、形が『実』ってことだな)

 つまり武術は、攻撃や防御などの相手の行動に対して自在に最適化するために、行動を起こしたら直ぐに『溶化』し、『虚』の状態に戻さなければならないということだろう。そしてそれができるようになったなら、絶対的に優位な状況が訪れた時、何も考えることなく、自然に相手を打ち倒すことができるようになるという。

 さらにそうなる具体的な方法として『考えるな、早くしろ』『反応は早く』と、『識神(かんがえ)』を働かさずに『元神(はんのう)』を使えと教えているのだ。


(つー、ことは――)

 武術とは、何度も同じ行動を繰り返すことで『識神(しきしん)』を使って意識的に行っていたものを、『元神(げんしん)』を使うようなより無意識的なものに落とし込む必要があるということだ。一般常識や倫理観、罪悪感という桎梏(しっこく)が働いて『絶対的に優位な状況』になった時に、一瞬の躊躇いが出てその機会が失してしまわないように訓練する。そのためには力を入れずに繰り返すことが肝要で、それを行うことで気負わずに、『『月』を指差す』ように、自然にスッと反応ができるようになるという。

 その究極の状態が『神拳(しんけん)』と呼ばれる方法なのだろう。(かみ)や神獣を憑依させるとあるが、実際に体を動かしているのは他でもない『元神』のはず。それは、人間の生き残ろうとする本能に由来するものだ。

 そしてこれこそが、英語版で『何を感じた?』と子供に問い掛けた時の、主語が『you』ではなく『it』だったことの『正体』なのだろう。

 『私』が、ただの『(ことば)』なら――

 先天の『元神』が発現している時に、後天の『識神(ことば)』が働かないのは当然のことだった。

(それに――)

 あの映画の場合は、高い階層にある抽象的な概念を、高僧との問答、子供に武術を指導する場面、最後の戦い、とそれぞれ三方向と違う階層に何段か下ろし、三つのパターンに具象化したのだろう。

 より具体的な最後の戦いを観ることで、より抽象的な最初の会話に戻っていく。

 あるいは、より直接的な表現を、より論理的に解説している。

 そして、その間にある子供のシーンは二つを繋ぐ架け橋だ。

 その三つを行きつ戻りつすることで、そこに隠された真意を汲み取っていく。

 そんなことをしているうちに――



 守が父を見ると、父も守を見ていた。そしてニヤリと笑って口を開く。

「皆、具体的な他人の状況を自分に当て嵌め、その中から見つけてく。だが――」

 そこにある真意を汲み取れるか汲み取れないかは、その個人の資質や経験によると元生が言うと、「いや」と横から蒼が口を挟んだ。


「見つけるものは個人の体験で皆違う。『愛』という漢字に付随する印象が人それぞれ違うように、見出すものは皆同じではない。だが、それは時に気づきや閃きといったものを僕等に齎すことがある」


 一種の気づきや閃きとは、階層が無意識に自然に上げ下げされた結果、一見して関連性のないものが結びつき、その類似性を発見した時に起こるものではないか、と蒼は言う。またその上げ下げを意識的に行うことでより高く、より深く、さらにはより遠くまで移動できるようになるのだ、と。

「だからそのためには、一般的に『悪』とされているものを、要らないものとして切り捨ててしまってはだめなのだと僕は思う。『善悪』とはあくまで『価値観』であって、人の都合やその時時で変わってしまうものだからだ。そんなものが全てを決めてしまっていいわけがない」

 昔は『悪』とされていたが、今は『善』になったものがある。

 逆に、昔は『善』とされていたが、今は『悪』になってしまったものもあった。

「それを言うなら――」

 大人げなく競い合うように、元生が蒼の言葉尻を奪い取る。

「どうせ矛盾は解消できないんだから、纏めて括って棚の上でも上げておけ、だ。『無くす』って言ったって、統一して矛盾してる状況を無くしただけで、解消したわけじゃないからな。第一、解消できるものは矛盾とは言わん」

 対立するものが気に入らないからって、勝抜戦宜しく潰していくのは矛盾を統一できないばかりか、新たに対立するものを生み出すだけで切りがない。

「どっかの偉い坊さんが、棒の話をしていたぞ。右が気に入らないからと言って、真ん中から切り落としても、その真ん中が新たな右になる、ってな。だがな――」

 突然、守の方を振り向いた元生が、その鼻先に一本指を突き立てた。

「人の世で生きていくつもりなら、法律やルールはちゃんと守れよ。もしおまえが捕まったって俺は迎えになんて行かないぞ。それに、だ」

 元生が今度は蒼の方を振り向いた。

「話がくどくて解りにくいぞ、蒼。勿体ぶらずにまず、結論を先に言え。結論を。報告は初めに結論を言ってから、さらに求められた時に説明だ。で、結局こういうことなんだろ――」


『あるがままを、あるがままに受け入れろ』


 元生の言葉に、守が「あっ!」と声を上げる。


「『道法自然(みちはしぜんにのっとる)』。そういうことなんだ」


    *


 三時のお茶の時間を前に、蒼は皆を解放した。彼らはそれぞれ自分に課せられた役割を果たすために席を立った。当面何もやることのない守は、片付けをする育と皓華(こうか)を手伝おうと腰を上げたところで、夏芽(なつめ)に声をかけられた。

「結構、解ってきたじゃない」

「全然ですよ。俺ばっか何にも知らないから、いっつも話が長くなって、こんがらがっちゃうんだ。親父がもっとちゃんと教えといてくれといたらよかったのに」

 これみよがしに大きな声を出してはみたが、聴かせたい相手は何処へ行ったのかすでに守の隣にいなかった。

「そういうことも確かにあったけど、今日のは違うわよ。あれはわたしのためでもあったの。っていうより、みんなのためね。凄く大切なことを教えてくれたのよ」

 窓越しの、真夏の照りつける陽射しを背景にしながらも、夏芽は湿度の低い初夏のような、爽やかな笑顔を守に向けた。

 火葬にされた常在(じょうざい)の遺骨は、夏芽の手によってこの島へ帰っていた。これから夏芽は、弔問客に挨拶するため出掛けなければならないという。

「あの――」

 常在が自分の運命を知っていたなら、夏芽もそれを聞いていたのだろうか。

「もう九十過ぎていたから、何があってもおかしくないとは思っていたの。役目を終えてホッとしてるんじゃないかしら。それに、守に会えて本当に喜んでいたわ。あの世で妹に会ったら、自慢するんですって」


 夏芽の後ろ姿を見送った守は、辺りをざっと見渡した。あらかた片付け終わったようで居間には誰もいなかった。守の隣で憎まれ口を叩いていた父の姿も何処にもなく、食堂に続く扉の影から皓華が現れた。

「守、ダイジョブ?」

「ごめんな、心配かけて。でもさ、俺より皓華のほうこそ大丈夫なのかよ」

「ン?」

 皓華は、本当に不思議そうに小首を傾げた。

「だ、だってさ、含明さんは、そ、その……皓華の――」

「アア、ダカラアタシ、前カラ『哥哥(オニイサン)』ッテ」

「あっ……知ってたんだ」

 皓華はニッコリと笑うと「(ソウ)(ソウ)」と言い、自分の胸に手を当てた。

爸爸(オトウサン)ト同ジ、感ジガシテタ」


 立ち去る皓華を見送った後、守は夏芽と皓華の明るい笑顔の裏に隠されている、大きな悲しみのことを思いやった。二人は重い宿命を背負いながら、すべてを受け入れ健気にも明るく振る舞っている。

 元元、女は男と違って、体の構造そのものが自分以外のものを受け入れるようにできている。とはいえ、その心の受容力には驚かされることも多かった。前はそれが主体性のない、無責任でもどかしいものに感じられたが、実際はそうでないことに守は気がついた。

 受け入れることができるというのは、強さの表れなのだろう。争って勝つより、ずっと心の強度としなやかさが必要なのだ。結局、いざという局面でジタバタするのは、自分も含めた男のほうなのかもしれない。

 そう思った途端、『自分を基準に男を語るな』と言う父の姿が浮かんできた。

 それは『俺をおまえと一緒にするな』ということで、いざとなった時、男もジタバタしないということではない。何しろ父の人生は、母の許容力の上に成り立っているように見えるし、実際そうなのだろう。

 そして守は、もう一人、大きな宿命を背負った育のことを思いやった。

 育は、すべてを受け入れたのか――

 いや、育の様子からすると、それができないから苦しんでいるような気もする。

 それに――

龍煙(りゅうえん)さんは、ジタバタしなさそうだな。それからもう一人)

 守の脳裏に浮かんでいたのは、武志(たけし)の姿だった。


 ならば、受け入れる受け入れないは、男女差ではなく――

(個人の資質や経験の差、ってことか)

 守がそう結論づけた時、


「腹が減ってるんだ。育、何か作ってくれ~ぇ」


 ドアが開いたままの食堂から、父の声が聞こえてきた。



大変ご無沙汰して申し訳ありませんでした。まだ、家に帰り着いていません。

前回、前年3月には終わらせると書き込みましたが、約束を果たせず本当にすみませんでした。色々模索はしていたのですが、昨年「なろう」さんがSSL化されたということで、外部からの投稿に挑戦しています。SSL化万歳! 

また、実際お休みをいただいている間に得た情報や、気づいたことが多々あって、それを反映させながら、クオリティーを高められるように頑張っていきたいと思っています。最後までどうぞ宜しくお願いします。


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