表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第十章 天花乱墜(天の花が乱れ墜つ)
90/99

天花乱墜 5

2018/04/23「乱墜05」を差し替えました。流れは変わってませんが、いろいろ追加したため倍ぐらいのボリュームになってしまい、2話に分割してあります。

「旧乱墜05」=「乱墜05、06」です。

*個人研究、独自解釈、妄想補完、似非科学要素、作者の感想が含まれています。

*世間一般で事実や通説といわれているものと違う場合があります。



「世の中の様様な事象に隠された本当の意味に気づくことが我らの、鍛錬の目的の一つでもある。それは幸せなことにも、不幸なことにも、必ずその裏には秘められた意味がある、ということになるのだろう。さっきも言ったが、それらを見出だすことができることは、人として実に幸福なことだと僕は思う」


 蒼は、穏やかな調子で続けていく。


「だが、それを知ったとしても決して固執してはならない。何故なら、元生が言うように、そこに意味を見出だしているのは、あくまでも後天の『(しん)』の『識神(しきしん)』であって先天の『元神(げんしん)』ではないからだ。本当はそこには何もない。『無為自然(むいしぜん)』。ただ、あるがままで意味などないのだ。そこに意味を見出だそうとするのは、人の狭い了見(りょうけん)でしかない」


 蒼がそこまで言ったところで、「おい」と元生が口を挟んだ。

「言いたいことは解らなくはないが、言ってることが無茶苦茶に聞こえるぞ」

 蒼は自嘲気味に笑ってから、「そうだな」と人差し指で頬を掻いた。


「意味が有る『後天』から、意味が無い『先天』に切り換える。それには百八十度の転換が必要だ。大きな矛盾と捉えられても仕方がない。それに折角苦労して得たものを捨てるというのは、なかなか難しいことでもある。だが、それができなければ、次の段階へ進むことは敵わない」


 多くの知識を得ることは、高い山に登るようなものだと蒼は言った。登り続けて視野が広がれば、今まで見えなかったことが見えてくる。


「道が続いているか、途切れているか。壁や川に阻まれているか。さらに迂回して進むことができるのか、そんなことまで見えてくる。行き詰まって嘆く者。脇道があるのに気づかぬ者。見えないことで右往左往する者たちがよく見える。時に気の毒だと思い。時に愚かだと思う。何故もう一歩足を踏み出さない、と怒りを覚えることもあるかもしれない。そして高く登れば登るほど遠くまで見渡すことができ、さらに高い山を見つけることもできる。そしてその高い山に登りたいとも思うかもしれない。だが――」


 山が高ければ高いほど、人はそこから下りられなくなる。今までの苦労を思い、さらに見渡せる優越感もまた手放しがたい。


「下に下り、上にいる者に愚かだと笑われることを屈辱と思うこともある。自分が馬鹿にしていた者の中に、自分が加わることが耐えられない。何故なら山に登ろうという者は、自分の賢さに自分の価値を見出しているからだ。だからこそ、自分に愚かな部分があることを知りたくないし、認められない」


 それは自尊心の問題で、それを認めてしまうと、途端に自分が価値のないものに感じられ、その存在意義を失ってしまうからだろう、と蒼は言う。


「そこまで極端な者は少ないかもしれない。だが程度の差こそあれ、頭が良いことが『善』で、頭が悪いことが『悪』という価値観は誰の心の中にも存在している。よく考えればそんなことは全くないのだ。ものの善悪は、頭の良し悪しでは決まらない。ところが――」


 『識神』よりも先天の『神』の『元神(げんしん)』が優勢な小さい子供は、理論立てて物を考えることはしない。頭が良いことが『善』で、頭が悪いことが『悪』。そう言われてしまったら、そのままそっくり受け入れる。そして現代社会には、子供にそう思わせてしまう要素が数多く存在していた。


「一番影響力があるのは、学校で行う学力テストだろう。本来の目的は、その者にどれだけ知識があり、理解しているのかを、教える側が確認し、これからの指針にするためのものだったはずだ。だがその目的以外にも序列をつけ競争させることで向上心を呼び起こすことができる。そしてどうやら昨今は、そちらのほうに重点が置かれている嫌いがある」


 向上心があることは決して悪いことではない、と蒼は言った。問題は人と比べてそれを煽る大人たちだろう、と。


「点数が良ければ褒められて、点数が悪ければ怒られる。その付随される行為が、頭が良いが『善』で、頭が悪いが『悪』、という価値観を無意識に子供に植え付ける。そして――」


 小さな頃に、無意識に、心の奥深くに植え付けられた価値観を(くつがえ)すことは難しかった。


「頭が良いが『善』で頭が悪いが『悪』。その縛りが強い者は山に登ってしまったら最後、そこから下りることができなくなる。それは『愚かな』ことが怖いというよりも『悪』になってしまうことが怖いのだ。あるいは無知故に人に迷惑をかけることを恐れているのかもしれない。山から下りられなくなる者の中には、そういう者たちも多くいる。善良で心優しい者ほど、そこから動けなくなってしまうのだ。けれど――」


 新たな高い山に登るなら、やはり一度山を下りなければならなかった。


「山に登ろうという者は高い向上心と強い探究心を持つ者だ。だからこそ、さらに高い山を見つけたら、その高い山に登りたくなる。何故ならば、高い山の向こうに隠れている部分、さらに高い視点を得て見渡せる部分をも、知りたくなるからだ。だが、それを知るには、その高い山の頂上に行かなければならない。今の山にいる限り、その向こうに隠れている部分を知ることはない。だがしかし――」


 山の頂から山の頂に、直接行ける道はなかった。


「それこそ背に(はね)が生え、仙人にならない限りは無理なのだ。さらなる高みを目指すには、やはりどうしても一度山を下りる必要がある。たとえどんなに怖くても、たとえどんなに苦しくても、一度下界に下りなければ次の山には登れない。そう、登ることができないのだ。つまり――」


 さらなる視野を得るためには山を下り、今一度視野を狭める必要があった。


「それは今まで積み上げてきたものを、一度解体する作業なのかもしれないな」


(ん? 解体?)

 ここまで聞いて守は以前京都の家庭料理屋で、夏芽が話してくれたことを思い出した。『陰』がマイナスだけでなく、ゼロでもないと説明するために、『陰陽』をブロックに例えた話だった。できあがったものが『陽』ならば、それを作る以前のブロックが『陰』だという。新たな物を形作るには、確かに一度崩してバラバラにする必要がある。

 そして、あの時同時に出ていたのが――

(エネルギー保存の法則だな)

 位置エネルギーが『陰』なら、運動エネルギーが『陽』。

 それは――

 山に登って位置エネルギーを高めたなら、それを運動エネルギーに変え、一気に次の山を登れということなのだろうか。


「山を下り見渡せる視野を捨てる。前に進むということは、前以外の部分を見ないということでもある。一方向に集中するからこそ進むことができるのだ。だが闇雲に進めばいいかといえばそうでもない。上にいた時に見たように、その道が通じているか、途切れているか。近道なのか、遠回りなのか。早くスムーズに目的の場所に行き着くためには、最善の道を知ることも必要だ。けれど――」


 遠回りもなかなか楽しい、と蒼はにこやかに言った。


「ただ脇目も振らず闇雲に進むだけでは味気ない。様様な景色を見、人と会話し、立ち止まってさてどうしようかと考える。『早くスムーズに』という効率を第一に考えるなら、それは愚かなことだろう。しかし、立ち止まって得られる情報もまた多い。そしてそれが後後役に立つこともある。まあ、ある者に言わせれば役に立たなくても工夫して役に立たせろ、と言うことだが――」

 ここで、蒼はチラリと元生に視線を走らせた。


「そこまでしなくても、その状況を楽しむことができれば、心を、()いては人生を豊かにすることができる」


「つまり、人の評価に振り回されるな、ってことだろ。でなかったら、無駄こそが豊かさの象徴、ってことか?」

 自分を引き合いに出されたからか、元生が横から口を挟んできた。

「ホントに頭のいい奴は、知識がある奴じゃなくて、それを使い(こな)せる智慧(ちえ)のある奴だ。で、それを使い熟したいんなら、山の天辺にいるよりも、下に下りたほうが断然その醍醐味は味わえるってもんだ。――って言うか、下界を上手く歩くために登ったんだろ。なら、さっさと下りてとっとと歩け、だ!」


 その乱暴な父の言葉に、守の脳裏に似たようなシチュエーションの言葉が浮かび上った。


『行ったら帰ってこなければならない』


『人間でいたかったら――』


 それは、人は人の間にいてこそ『人間』ということなのだろう。

(つか、字、そのまんまだし)

 守が妙なところに感心していると蒼の声が聞こえてきた。元生の乱暴な説明に、蒼はさらに注釈を加えることにしたようだ。


「実際は、山と下界を自由に行き来できることが望ましい。良くできたシステムというものは相互通行が可能なのだ。そして最後の最後には『羽化登仙(うかとうせん)』。背に翅を生やすことで山から山へと渡れるようになる。そこまでいけば、肉体を含む全てを捨て『(きょ)』に還ることもできるようになるだろう」


(『全てを捨てて『虚』に還る』?)


 守は蒼の言葉の、最後の部分を頭の中で繰り返す。それはもしかすると蒼の言う次の段階。つまり『練神還虚(れんしんかんきょ)』の『還虚』の部分ということになるのだろうか。

(でも――)


 守は「あのぉ」と恐る恐る声を上げた。

 『虚』とは、一見何もないように見えて全てを包含している状態だった。だからこそ『虚』から『実』が生まれ、『実』は『虚』に還ることができるという。

「『虚実(きょじつ)』が『陰陽』と同じなら、単体だけで存在することはできないんですよね。すべてを捨てて『虚』に還るなら、すべてを含んでいる状態にはならなくないですか?」

 守の問いを聞いて、蒼は「なるほど」と腕を組んだ。

「捨てるという言葉は、適切ではなかったかもしれないな。だが、たとえ捨てたとしても、完全に忘れることはできないだろう。持っていたという事実は依然としてここに残っている」

 蒼は、自分のこめかみを人差し指でトントンと二回叩いた。

「人の記憶とは常に表面上にあるわけではなく、脳あるいは心の奥深くに保存されているものだ。だから、必要な時にはそれを引き出して思い出すことができるし、必要ない時には思い出さずに済ますこともできる。完全ではないが、意識的にある程度のコントロールは利くはずだ」

「――ってことは、思い出している状態が『実』で、思い出していない状態が『虚』ってことですか」

 蒼は「そうだ」と肯定し、もう一つ例を挙げ始めた。


「記憶を思い出す時には、言葉や映像だけではなく、感情や五感を微妙に刺激されたものなどが総合してでてくるはずだ。守は中国語を習ってみて、不思議に思ったことはないか? 同じ意味の言葉を日本語で話し掛けられた時よりも、ずっと曖昧模糊とした感覚があるだろう」

「確かに、頭の回りを何かですっぽりと、覆われてしまったような感じになる時があります」

 蒼は大きく頷いて「それは人によって程度は違うが必ずあるものだ」と言った。

「人は通常母国語の、守、君の場合は日本語だが、その一つ一つの言葉に、様様な経験から派生する様様な想いを込めているものだ。喩えば、『愛』という言葉だ。『愛』という言葉を見たり聞いたりして、思い起こす『感覚』を考えて欲しい」

 蒼はここで言葉を切って、皆を見渡した。

「温かく優しい気持ちになれるのは、幸せな人生を送ってきた者だけだ。しかし、そんな人間は多くはない。恋人や肉親との哀しい別れを経験した者には、『愛』という言葉に途端に哀愁が帯びる。戦争や動乱に巻き込まれた者には、もっと痛切な願いが籠もる。裏切られたものには、そこに憎しみさえ付加されてくる。ところが『思わず振り返ってしまうほど気になる』という本来の意味からするのなら、付加される様様な想いもまた『愛』なのだと僕は思う」

 その説明に、辰矢がしきりに頷いている。

「言葉には、個人の経験によって皆それぞれに、人とは違う様様な想いが込められているもなのだ。そしてその様様な想いこそが、言葉のリアリティを高めてくれている。喩えば中国では奥さんのことを『愛人』と書く。ところが、何故か日本では奥さん以外の者になってしまう。漢字そのものを直訳すれば『愛する人』だから、妻が『愛人』であっても構わないはずだ。だが日本で奥さんのことを『愛人』などと呼んでしまえば、家庭騒動も起こりかねない」

 夏芽の通訳を聴いていた皓華が驚いて、「ホント?」と聞き返していた。

「だが、これがもっと別の国の言葉ならどうだろうか。英語でlover(ラバー)、ドイツ語でliebe(リーベ)。言葉自体から沸いてくる感覚が、ずっと少なくなるだろう。これが、全然聞いたこともない国の言葉になると感覚すら湧いてこない。ただの音の羅列にしか聞こえないはずだ。実際にはそこには意味があるのだが、知らない者にとっては、何の意味もなさないのと同じことだ」


(なら、知らないが『虚』で、知っているが『実』ってことだな)

 それに――

 意味が有るが『後天』で、

 意味が無いが『先天』。

 蒼はさっき、確かにそう言っていた。


「じゃあ、『虚』が先天で『実』が後天ということになるんですか? 先天に還ることが『虚』に還ること。で、その先にあるのは――」


練虚合道(れんきょごうどう)


「陰陽二元論が『道』という一元論に帰結する時、全ての矛盾は矛盾でなくなる。無極から生まれた太極は再び無極となり、原初の状態へと戻っていく」

 元来、矛盾対立する二つの要素は、実は同じカテゴリーの中に存在するものだ、と蒼は言った。次元を上げてまとめることで、矛盾や対立は無くすことができる、とも。

「それって――『男』も『女』も、共に『人間』ってことですか?」

「そうだな」

「じゃあ、『善』と『悪』は?」

「はっ、そんなのただの『価値観』だろ。人それぞれに皆違う」

 横から口を挟んできた元生を、守は思いきり無視した。


「具体的には、どうすればいいんですか?」

「人は全てを並列に並べがちだ。特に戦後の平等教育を受けた者はその傾向が強いと思う。心の何処かに左右の広がりを『善』とし、上下の広がりを『悪』とする。そんな価値観があるような気がするのだ」

 それが人と人の間のことだけでなく他のことにまで及んでいて、物事の重層的な面を無意識に見ないようにしているのではないかという。

「なら、重層的であることを認識すればいいんですか? 階層になってると――」

「ツリー構造というらしい。上に行けば行くほど抽象的になっていき、下に行けば行くほど具体的になっていく」

 だからと言って、上が『優』で下が『劣』、あるいは上が『善』で下が『悪』というわけではないという。やはり両方が必要で両方が重要だった。

「『自由に行き来できることが望ましい』んですよね」

「そうだな。一度階層を上げて抽象化し、別の方向に階層を下げて具象化させる。それを繰り返し行うことで問題の解決方法を探していく。場合によっては何段階も階層を上げ、何段階も下ろさなければならないかもしれない。だが、それでも恐らく殆どの問題の解決方法は見つかるだろう。細かく説明すると判りにくいが――」

 それは誰もが日常的に体験している、あることだという。

「日常的? ……って、もしかして、さっきの山の話ですか?」

「喩え話は大抵そうだろ」

 守の問いに応じたのはさっき無視されて、自分の息子に冷ややかな視線を向けていた元生だった。確かに高尚な法話や訓話、子供向けのお伽噺、果ては大したことのない失敗談にも示唆されるものは含まれている。

「それに――」

「それに?」

「おまえが大好きなアイツの、月と指の話もだ」

「あ……」



大変ご無沙汰して申し訳ありませんでした。まだ、家に帰り着いていません。

前回、前年3月には終わらせると書き込みましたが、約束を果たせず本当にすみませんでした。色々模索はしていたのですが、昨年「なろう」さんがSSL化されたということで、外部からの投稿に挑戦しています。SSL化万歳! 

また、実際お休みをいただいている間に得た情報や、気づいたことが多々あって、それを反映させながら、クオリティーを高められるように頑張っていきたいと思っています。最後までどうぞ宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ