天花乱墜 4
ご注意ください。
*個人研究、独自解釈、妄想補完、似非科学要素などが含まれています。
*世間一般で事実や通説といわれているものと違う場合があります。
「五臓神を退いた元生が、ここにいていいのには理由がある」
「ほら、みろ」
元生が守を見て勝ち誇ったように胸を張った。
「どうして?」
自分の父に不満そうに視線を送る、守に代わって育が訊く。
「心神が元生から守に受け継がれたのは、必要があったからだ。我等の場合、唯一正しい継承が行われたのは心神だけだった」
「『正シイ継承』?」
皓華が蒼の言葉の、最後の部分にはてなマークを閃かせる。
「他の五臓神は、前任者が事故で亡くなっている、ということですか?」
そう訊いたのは、皓華に通訳をしていた夏芽だった。
と――
「でなければ、『事故』を起こした本人か、だ」
育の隣で武志がボソリと呟いた。
「心神以外の者たちは、皆、不幸な出来事で半ば強制的に継承された。この場合、問題は死んだ者でなく、生き残っている者のほうだ」
「どういうことですか?」
蒼の正面にいる辰矢が訊ねる。
「正しい継承が行われないということは、前任者が死亡していない場合、まだ多くの力がその者に残っている、ということになる」
「つまり道を外している分、それは大きな脅威ってことだな」
蒼に続いて腕組みをした元生が、自分は健全とばかりに頷くと――
「なら、元生さんは危険じゃな――」
「そうか! それで、親父はいいのか」
口を手で覆い隠した育とは対照的に、風を受け、燃え上がる炎のように守の顔が明るくなった。嬉しそうな視線を父に向ける。「おい」と怒気を含んだ冷たい声が返ってきた。
「俺だってなあ、本気を出せば、おまえの一人や二人――」
「それは無理だ。あんたじゃ、勝てない」
「そうだな、今の元生ではこの局面は乗り切れんだろう」
冷徹に断言した武志に続いて、蒼が言い切ると、「おまえはどっちの味方だ?」と元生が蒼に抗議した。
そして一言――
「ヤな、親子だ」
と、言い放つ。
一瞬辺りが凍りついた。
夏の暑さを忘れるような、凍てつく空気が居間を占拠する。
元生は一通り見渡して、その状況に満足したようにニヤリと笑った。
「妙なところが似てやがる」
これでどうだ、とばかりに付け加えた。
意趣は返したが、フォローはしておいたと言いたげだ。
「とにかく――」
蒼は軽く咳払いをし、元生が引き起こしたこの気不味い状況を、収集することにしたようだ。
「秘されているものには、秘されているなりの意味がある。そして、多くの事象にもそこに隠された意味があるのだ」
蒼の口調は、最近ではすっかり馴染みになった、大学で講義をするようなそれに変わっていた。
「さらにいえば、物事というものは、必ず『原因があるから、結果が生まれる』という因果律に支配されている。何物もそこから逃れることはできない。そう言われてしまうと、人生をつまらないものと感じてしまうかもしれないが、世界の仕組みはそれほど単純ではないし、それほどきっちり決まっているわけでもない。もっとずっと複雑で鷹揚にできている。そして――」
『宿命を変えることはできないが、運命を変えることはできる』
「喩えばこの世界は必ず滅亡する。それは、地球ができた当初から決まっていることだ。喩えどんなに科学が発展したとしても、最終的に死にかけた太陽の無理心中から逃れる術はない。『世界は滅亡する』。これがこの世界の宿命だ。だが、それを先延ばしにすることはできるかもしれない。早めることもできるだろう。こちらのほうがずっと簡単だ。そして終わり方を変えることもできる。何故ならこれは運命の領域だからだ。だが――」
『運命を変えることができても、宿命を変えることはできない』
「僕はどんなに理論上は正しくても、選択肢があればあるだけ世界が増えていく、という多元宇宙は支持しない。喩え過去へ行けるようになりエジソンを殺せても、やはり別の者によって電球は発明されただろう。また、アインシュタインが生まれなくとも、相対性理論は発見され、平和利用だけでない、使われ方もされたはず。運命の領域は変えることができても、決して宿命の領域を変えることはできないのだ。完全に同じ『もの』でないとしても、その代替として、似たような『もの』が作られて、枝分かれした世界は、必ず宿命という一つの道へと収束していく」
蒼がここで言葉を切ると、「おい」と元生が割って入った。すかさず「先に運命と宿命の違いを説明しろよ」と要請する。
「ああ、そうだった。何故運命を変えることができるのか。それはとても簡単だ。初めから、『変えることができる命』を『運命』と名付けたからだ」
もともと『運』の本義は、運行に転動、循環する、回転するの意味だった。
「昔、『運』と『動』の違いについて考えたことがあった。両方共『もの』が動く時に使う漢字だが、『運』は運ぶとあるように、対象の『もの』をわざわざ誰かが動かしているのだ。そして、そこには一定の法則がある。だが、『動』にはそんな制約はない。自ら動くことも、動かされることも全部含まれている」
「つまり、『動』の中でも、動かす目的と規則があるものが『運』ということだ」
「そうだ。つまりそれは、自分で自分の思うところに運んで構わない、ということでもある」
元生がギロリと睨んだが、蒼は涼しい顔のままだった。
「そして我等が携わっているのは運命の領域だ。担っているのは、世界を滅亡から救うというような大仰なものでなく、せいぜいこの文明の終焉を引き伸ばすというぐらいの役割でしかない。だが喩えそれだけの役割でしかないとしても、今ここで何をすべきなのかを考える必要がある。何故、含明が膽神でなければならなかったのか? そこには必ず何らかの理由があるはずだ」
蒼は、ここで渇いた喉を湿らすために龍井茶を口にした。
「五臓六腑、いや、それだけでなく、脳、髄、骨、筋、筋肉や皮膚など、人を構成している全てのものには、それぞれ振り分けられた役割がある。脳は骨に変わることはできないし、腎臓に心臓の機能を果たすことはできない。個個それぞれに別別の役割が配されているからだ。同じように、人、一人一人にも必ず何らかの役割がある」
「役割……」
夏芽が小さく呟いた。
「だが、多くの者はそれにすら気づかずに死んでいく。己の役割に気づき、それを行える者を僕は幸せだと思う。喩えそれが己のやりたいこと、己の望みとは違っていたとしても、だ。そして――」
それぞれに振り分けられた役割を、儒家の祖とされる孔子は『天命』と呼んだ、という。
「含明の『天命』は『膽』。地球の『丹』だ。それを憶えていて欲しい」
近年の地球の状態は酷く、いくら正常に戻そうと努めてもどんどん悪化していくばかりだった。それは科学の発展によって生まれた物に、自然の自己回復力や自浄作用が追いついていないからだった。
「だから地球は要求した。さらに清浄化する『もの』を」
「それは――」
育の問いかけに、蒼が答える。
「玄武大帝だ」
*
「北は、地に沈むことなく輝き続ける北極星があり、天帝の座とされている。また北斗七星は、その形から柄杓に見立てられることが多いが、升の四つ星を亀、柄の三つ星を蛇とし、玄武と見ることもある。そして玄武大帝は、その北方を守護する武神になる」
窓の外に広がる風景は、まだ昼間だというのに陽が落ちた後のように刻刻と闇に浸蝕されていった。松花湖の水はさらに黒味を増し、湿気を含んだ暗雲は低く重く垂れこめている。
辰矢が席を立って、扉の横にある電灯のスイッチを入れた。明るくなった室内は、外の景色とは対照的に、不思議な熱気のようなものに包まれ始めていた。
「四方には、四神の他にそれぞれを治めている人型の神がいる。北方は玄武大帝。武当派の主神で太和の気を主っている。真武帝君の他にも、玄武上帝、上帝爺、北帝と呼ばれることもある。東方は瓊陽大帝。東方の紫気を主っている。瓊陽大帝の名はあまり一般的でなく、道教の神神の中にその名は見られない。武当派でも、功法名にいくつか記載はあるが、あまり知名度はない。そして、西方は太白金星。西方の金気を主っている。金星が神格化したもので、髭の白い老人の姿で表される。また南方の気は赤気だが、それを主る神の名は伝わっていない」
また、北斗七星を神格化した北斗真君は、死を主り、寿命を延ばすことができる神とされていた。だが死を主っているのは、北を統べる玄武大帝という説もあるという。
「故に、不老不死を目指す武当派では、主神として玄武大帝を祀っている。そしてまた、地球も己の生死を決する玄武大帝を招聘し、この難局を乗り越えようとしたのだ」
「できたんですか?」
守が訊くと、蒼は「ああ」と答えた。
「地球は実に巧妙に罠を張った。まずそれに囚われたのは、僕の母の紫だろう。そして次が柳青師姐に成虎師兄。その結果生まれたのが、含明だ」
「まさか、含明さんが、げ……」
「違う。ちゃんと最後まで聞け」
言葉の途中で、守は元生に腕を引かれ頭を押さえつけられた。それを見て、蒼は思わず笑みを漏らす。
「守。含明のことは、玄武を招聘するための準備段階の一つに過ぎない」
蒼は真顔に戻ると、「ここで、はっきりさせておこう」と皆を見回した。
「含明が膽神に生まれついたのは、地球の意図があってこそ。柳青師姐と成虎師兄の責任ではない。そして――」
蒼は武志のところで目を留めた。
「おまえの場合も、同じだ」
武志は、挑むような目で蒼を見ている。
その奥行きのある黒い瞳には、少し赤みの残る黒、あるいは濃い紫にも見える、不思議な光が宿っていた。
「おまえの母も、地球の罠に囚われた者の一人だ。だからといって、おまえの身に起こったことを全て地球の所為にするつもりはない。謝らなければならないことはたくさんある。ただ、これだけは言っておきたい。おまえの気持ちを考慮せずに、地球は大きな役割をおまえに振った。だが、それこそがおまえだけに与えられた、おまえだけの天命だ。変わってやりたくとも、変わることはできない」
「じゃあ、維名が……」
身を起こした守に、元生は真面目な顔で、何も言わずに頷いた。
「天命から逃れることはできないが、戦うことはできる。戦うか、受け入れるか。どうするのかは自分で決めなさい」
「戦ったら、どうなるんだ?」
武志が訊く。
「苦しい戦いになるだろう。向こうも命懸けだからな。それに地球上の全ての生物が敵になるかもしれない。だが――」
蒼は、強い調子で続ける。
「おまえがそれを選ぶというなら、僕はそれに従おう。喩えここにいる者全員を、敵に回すことになったとしてもだ」
辺りがシンと静まり返った。
その時――
「お父さん! あたしも戦う。武志はあたしの弟だもの」
と育。
「兄さん、僕も行きます。武志を護るのなら、人数は多いほうがいいでしょう」
と辰矢。
「アタシ、武志ノタメニ戦ウ」
と皓華。
「わたしもです。皆で力を合わせれば、何とかなるかもしれません」
と夏芽。
「オレは……」
「俺は、行かないからな!」
皆の鋭い視線が守を射抜いた。だがそこには、元生に押さえつけられてもがく、守が姿があった。
皆、虚を突かれたのか、一瞬間隙が生まれた。
そこに――
「俺は俺の『天命』を全うする」
元生が強引に言葉を捩じ込んだ。
俄に、元生に対する皆の視線に敵意が籠もった。
だが、構わず元生は続ける。
「第一、まだそうと決まったわけでもあるまい。ただの喩え話なのに何でそんなに熱り立つ。皆で武志に妙なプレッシャーを掛けるな。それに『戦う』だ? は? 一体『誰』と、『どうやって』戦う気だ。『無為自然』。向こうは俺たち人間のように、後天的なつまらん意思など、持ち合わせてなんかいないんだぞ!」
その言葉に、まるで夢から覚めたように、皆が瞼を瞬かせる。
「それから蒼、おまえもおまえだ。集団ヒステリーを起こしてどうする」
元生が「全く親馬鹿なんだから」と呆れたように続けると、「済まない」と蒼が照れたような笑顔を見せた。
「だが、たまにはいいだろう。親馬鹿はおまえの専売特許じゃない」
まったく悪怯れないその様子に、「うるさい」と元生。
「とっとと収拾しろ!」
「ああ、そうだな」
蒼は、皆に向き直って「済まなかった」と本日二度目の謝罪をした。
突然で申し訳ありません。章の途中ですが、ネット環境のない場所に行くことになりまして、しばらくお休みすることになりました。再開予定は未定ですが、3月末には本編を終わらせるつもりではいます。あと十数話、よかったらぜひお付き合いくださいませ。




