天花乱墜 2
ご注意ください。
*個人研究、独自解釈、妄想補完、作者の感想などが含まれています。
*世間一般で事実や通説といわれているものと違う場合があります。
*環境、機種によっては表示できない字を使っているところがあります。
『屰』=逆からしんにょうを取ったもの。逆らう。
「よ、よく憶えてない」
何があった、と詰め寄られた守が答えたところで、武志が昼食だと呼びに来た。話を中断し、三人は食堂に向かう。円卓に並んだ数数の料理はどれも美味しそうで、ここ二日の間ろくに食事をしていなかった、守の腹の虫が盛大に鳴り始めた。
早めの昼食を終えると、一時間ほど休憩を挟み、蒼は再び皆を居間に集めた。
しばらくぶりにまともに食事をした守は、人参の花茶を啜りながら、体の内からフツフツと沸いてくる元気を実感していた。
そして何よりも、カラリと軽いものに変わった室内の空気が心地好かった。濡れた洗濯物を夏の強い陽射しで乾かしたような、そんな壮快感すら感じられる。
蒼が、元生の発する怒りの炎が自然に収束するのを待っていたのには、それなりに意味があってのことだった。相生相剋の関係において、『水』は『火』を剋すのが普通だが、強い『火』は『水』を反剋することができる。
そして今回の場合、腎神の育がいるから過ぎることはない。
場を整えるために、元生の怒りの炎を利用する。それはまさにエコロジー。自然エネルギーの有効活用といったところだろうか。
元生は、最初からそこが自分の場所であったかのように、いつも守がいる、蒼の隣の席に腰を下ろしていた。上着を脱いでネクタイを外し、ボタンも開けて寛いだ姿になっている。だが、勝手に利用されたことを敏感に察したようで、自分が飲むためにわざわざ買い求めた獅峰龍井茶が注がれたカップを手に、隣の蒼を睨めつけていた。
ところが、蒼はそんなことなどまったく意に介さぬという風情で、皓華と辰矢がお茶を配り終え、皆が席に着いて場が落ち着くのを待っていた。
「そう言やぁ――」
蒼を睨みつけるのに飽きたのか、父は身を乗り出し、左隣に座っている守に話し掛けてきた。
「道観は、ずいぶん酷いことになってるらしいな」
「うん、かなりヤバイ状態だよ。真武の像なんか、真っ二つだ」
「ふん。聖域を汚すとは、あいつもいい度胸だ」
守には、父の言う『あいつ』が誰なのかの判断がつかなかった。育を襲ったのは柳青だが、守の脳裏に最初に思い浮かんだ顔は、含明のものだった。
「でもさ、何で結界が機能しなかったんだろう」
「ん?」
「だってさ。普通なら、ああいうとこには結界が張ってあるんだよな」
守が蘇州の寒山寺での出来事を掻い摘まんで簡潔に話すと、元生のそれについての感想は、ただ「ふ~ん」というだけのものだった。
そして――
「たぶん、今回のは反剋の論理だ」
そう答えてから、「向こうの『意志』のほうが強かったんだ」と付け足した。
「でも、まあ仕方ないな。喩え玄武といえどもただの像だ。あいつのあの執念には到底勝てまい」
しみじみ言う元生に、「玄武じゃなくて、真武だろ」と守が突っ込んだ。
「何言ってんだ、おまえ。宋の時代に『玄』という字が使えなくなってだな、玄武は真武に改名したんだ」
「ウソ」
「本当だ」
「でもさ、それにしたって、あれは武神で、亀と蛇じゃないだろう」
すると元生は、メンズ・ファッション紙の表紙を飾るちょい悪オヤジのように、形の良い眉をひそめて渋い顔を作った。
「馬鹿か、おまえは。武神で玄武と言ったらこの場合、『玄武大帝』に決まってるだろ」
「『玄武大帝』?」
守は、その名を聞くのは初めてだった。
「玄武大帝より四神の玄武の、発生のほうが早いらしい。だが、玄帝が蒼亀巨蛇を降伏した逸話から、玄武と結びついたのは確かだな」
守が「え?」と首を捻る。その反対の可能性はないのだろうか。
「まっ、難しく考えるな。取り敢えず、玄武は玄武大帝のシンボルマークみたいなもんだって思ってりゃぁ間違いない」
「何だよ、それ」
不満げな守に、「俺に言うな」と元生はばっさり切り捨てる。二人はしばらくの間、縄張り争いをする猛禽類のように睨み合っていた。
やがて、根負けしたのか「でもさ」と、守が不承不承に声をかける。
「何で『玄』の字が使えなくなったんだ?」
元生は「それは、な」と少し考え、「おい、蒼。あれは、何と言ったかなぁ」と振り向いた。
「避諱、のことか?」
親子の会話をそれとなく聞いていた蒼が答える。
「それそれ。こいつに、説明してやってくれ」
面倒なことを丸投げした元生に代わって、蒼が話し出した。
「避諱というのは、皇帝の名に使われている字を諱む風習のことだ」
その時代を支配していた皇帝の、六代前までを避けて使わないようにしていたという。『玄』の字は、宋の始祖とされる、趙匡胤の字の玄朗と、清の康熙帝、愛新覚羅玄燁の名を諱んだもので、代字には『元』『真』『神』などの字が当てられるようになっていた。
「それで、玄武は真武になったんですか?」
「そうだ。ただ趙匡胤の字については諸説あって、清の乾隆帝の時代に書かれた『飛竜全伝』では元朗となっているらしい。だが、丁度この頃は、康熙帝の避諱が行われている最中だった。そのことを考え合わせれば、字が玄朗というの可能性も高いのだ。それでも、字まで避諱をするのかという疑問も残るな。それに――」
玄武が人格化し、人型の神になったものを真武とする説もあるという。
「趙匡胤の字が玄朗でないと、宋代に避諱が行われなかった可能性もでてくる」
それは、玄武が人格化して真武帝君になった、という根拠になるものだった。
「だが、明代にできた我が門では、ずっと玄武大帝と呼んでいる。『真』が『玄』の字に戻されたところをみると、やはり避諱は行われたのだと僕は思う」
「つまり、最初から玄武大帝だった、ってことですね」
「あくまでも、僕の意見だが――」
守は大きく頷いて、父のほうへ視線を向けた。
「そう言ってくれれば、すぐに解ったのに」
「はっ、自分の馬鹿を棚に上げるな」
文句を言う息子に、元生が渋い顔のまま反論した。
「いちいち説明しなけりゃならんほど、おまえが馬鹿だとは知らなかった」
「あんなぁ、八つ当たりするの止めろよな。それにいったい誰が悪いんだよ」
「あ?」
二人の間に、またもや大人げない睨み合いが繰り返されそうになったその時、「序でだから」と絶妙なタイミングで蒼が割って入った。
「話しておきたいことがあるのだが、いいか?」
わざわざ許可を求められた元生は、「悪かったな」と謝ると「とっとと始めろ」と鬱陶しそうに上げた右手を外に振る。部屋の中をぐるりと見渡し、蒼はもう一度その場に皆が揃っているのを確認してから、話し出した。
「中国では避諱だけでなく他の様様な理由で、日常的に同じ音、あるいは似た発音の、別の字に置き換えるという作業を行っている。喩えば、正月に貼られる『福』という文字だ」
守は去年の年末に、育がマンションの居間の扉に、赤に金で印刷された『福』の文字を貼っていたことを思い出した。「それ、逆さだぞ」と指摘すると、「いいの。これは縁起物だから」と、育はその由来を説明してくれた。
「『福倒了』という言葉は、福が来るという意味の『福到了』と同じ音になる。だから、新年を迎えるにあたって縁起物として飾られるようになった」
また蝙蝠は、『蝠』の字が『福』と同じ音になることから吉祥物とされ、様様な意匠に取り込まれるようになったと育は言う。
語呂合わせで縁起を担ぐことは、日本でもよく行われている。だから、守もそれほど驚きはしなかった。
「これは余談だが。実は『幸福』とは、その漢字の成り立ちから、『幸』が凶から免れることで、『福』が天からの恩恵という意味になる」
本来『しあわせ』と訳される『幸』は、亀甲獣骨文字、いわゆる亀甲文では手枷の象形とされていた。
「『執』が手枷と人の組み合わせで、拘束された人を表しているのに対し、手枷のみの『幸』は、拘束されずに済んだ、という意味になるらしい」
他には、『幸』の本字が『夭』と『屰』の縦の組み合わせで、『夭』は夭折の夭で死を意味し、『屰』は逆らうの意から、本当なら死刑になるところを、手枷の刑で済んだとみる場合もあるという。
「どちらにしても災難から逃れ『ああ、よかった』とホッとできることが『幸』だという」
「つまり、マイナスをゼロにできても、決してプラスにはならないってことだ」
横から口を挟んだ父に、「だが、それはとても重要なことだ」と蒼は反論する。
「多くの人が望むプラスの『しあわせ』は『福』のほうだ。『福』は『佑』。『佑』は、天や神の助けとある」
また、『福』の旁は、腹が膨れている人の象形で、『富』を表し、その本義は、福運、恵み、祝福の意味となっていた。
「だが、『福』だけでいいかと言えばそうでもない」
『禍福は糾える縄の如し』
天からの贈り物の『福』には、必ず『禍』がついてくる。
「ものの善悪とは絶対的なものではなく、相対的なものだ。場所によって、時代によって、その立ち位置によって変化する。喩えば――」
人を殺せば人殺しだが、戦争で人を殺めても人殺しとは呼ばれない。大量になればなるほど英雄と呼ばれる時代があった。
「何故、そんなことが起こるのか。それは善悪を決めているのが、後天の『神』である『識神』だからだ。『識神』は経験と学習によって作られるものだ。つまり、それは個人によって全部違うということでもある。学習である程度統一できたとしても、法律やルールで縛ろうとしても、それは十分ではない。そして――」
天や神などの先天の『もの』は、人の『識神』が勝手に決めた善悪には、関知しない、と蒼は言った。
「望まれ与えたものが、『福』になるか『禍』になるかは、受け取る側の問題で、それがどうなろうと天には関係ない。人が作った社会の中で、人が作った善悪の中で、それが『福』になるか『禍』になるかは、実は、天はどうでもいい……まあ、いればだが――」
何か言いたそうな父の視線がうるさかったのか、蒼は左隣を横目に見ながら付け足した。
「漢字の元となった亀甲文が作られた時代には、天や自然という名の神がいるのは大前提だ。喩えそれが只の季節の移り変わり、只の偶然だったとしても、人に都合の善いものは『福』に、都合の悪いものは『禍』となった」
これでどうだとばかりに見る蒼に、父は「ふん」とだけ言葉を返す。
「とにかく、天が与えてくれた『もの』が『福』ではなく、『禍』になってしまうことはある。その場合、最小限の被害に納めてくれるものが『幸』なのだ。故に、『幸』と『福』は『幸福』とセットになっていることが望ましい。だが――」
人はどうしてもプラスの『しあわせ』の『福』を望みがちで、凶事から免れる『しあわせ』の『幸』には気づきにくいという。
「『福』がないと嘆く前に、『幸』があるかどうかを確認したほうがいい。人は大概『幸せになりたい』と望んでいても、『幸福』になりたいとは願わない」
「ん?」
首を傾げた守が父を見る。何かの問答のような発言に、「つまり――」と元生が注釈を加える。
「『幸』しか望んでないんだから、『福』が来ないのは当然、ってことだろ。それに『幸』を与えられているのに、頼んでもいない『福』が来ないと文句を言うのは、おかしくないか、ってことだ。ちゃんと両方頼んでみて、それでも駄目だったら、文句を言えだ。だが俺に言わせれば、『幸』だけでも感謝すべきだな。と言うよりも――」
元生が蒼を振り返った。
「その解りにくい説明は何とかならないのか。――っていうか、おまえが『話しておきたいこと』っていうのは、このことか?」
「いや」
「なら、とっとと話せ」
「そうだな」
蒼は皆に向き直り、「すまない。余談が長くなった」と謝罪した。
やっと、玄武大帝まで辿り着けました。
*2017/01/24
「人に恵みをもたらすものは『福』に、災いをもたらすものは『禍』となった」を
「人に都合の善いものは『福』に、都合の悪いものは『禍』となった」に訂正しました。
その他、細かい訂正をしてありますが、内容に変わりありません。




