表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第九章 三花聚頂(三つの花が天宮に集まる)
83/99

三花聚頂 11

*エセ科学要素、個人研究、独自解釈、妄想補完があります。ご注意ください。

*世間一般で事実や通説といわれているものと違う場合があります。

*いろいろふわっとしています。特に推理関係は推理と言えないほど、ふわふわです。

*環境、機種によっては表示できない字を使っているところがあります。

 『(ひょう)』=『金票』 矢じり又は、槍の穂先、手裏剣状のもの。

 二つ紐で繋いだものは、縄鏢(じょうひょう)



一昨昨日(さきおととい)会った官僚は武術好きで、成虎(せいこ)師兄のファンだった。現在(いま)は皓華の出る表演会には必ずと言っていいほど足を運び、応援をしてくれている。師兄の風格を受け継いでいる、と会う度に皓華に対する賛辞も惜しまない。その素晴らしさを、それは熱く語ってくれるのだ」


 そんな彼が大学の夏期休暇に、皓華の両親の事件は起こった。旅行から戻り憧れの武術家の悲報を知って、愕然としたいう。

「そして、探偵(さなが)ら自分でもいろいろと調べてみたらしい。母方の親戚に警察の幹部がいるとかで、新聞には載っていないような詳しい情報も入手していた。その中の一つに、ハンカチがある」


 淑月(しゅくげつ)を死に至らしめた武器の『縄鏢(じゅうひょう)』は淑月の物で、(やじり)や槍の穂先に似た(ひょう)を二つ紐で繋げたものだった。その金属の部分には、持ち主の指紋しか残っていなかったが、それには一度拭き取ったような痕跡があり、近くに落ちていた布には、血痕がついていたという。


「君が拭いたのか? 指紋を拭き取るために?」


 蒼の問いに、含明はなかなか口を開かなかった。

 自分が犯人なら、そうだ、とはっきり言えばいい。だのにすぐに答えないということは、やはり蒼の主張どおり、犯人ではないのだろう。

 それとも――

 あえて判りきったことを訊くその意図を、計り兼ねているということか。

 守の頭の中をグルグルと、様様な可能性が駆け巡る。


「……さあ、よく憶えていません。ですが、たぶんそうなのでしょう」

 やっと出された回答は、酷く曖昧なものだった。

「自分の物で、か?」

「おそらく」

「淑月女史の物ではなくてか?」

「え……」


「拭き取った布は女物のハンカチで、中国国内で製造された物ではなく、ソ連製ということだった。当時眼病センターの所長だった師姐は、前年にレニングラード、現在のサンクトペテルブルクで行われた眼病予防の学会に招聘(しょうへい)されていた」

 旧ソ連では、ウラル山脈の麓に超能力研究所があると噂され、八十年代には代替(だいたい)医療の研究が盛んになり、中国の気功関係者との交流もあったらしい。

「会に出席した師姐が、ハンカチを土産として淑月女史に渡した、と証言したことから、(ひょう)を拭き取ったのは淑月女史とされ、不審な点は多くあったものの、最終的に無理心中と判断されたそうだ。だが――」

「………」

「僕はそのハンカチは、師姐の物だったと思っている」


 皓華のためを思ってか、状況や死因に関し、蒼は詳しく話さなかった。それでも含明を譲歩させるだけの効果はあったらしい。含明は「そうですか」と新たな事実をすんなりと受け入れた。

「でしたら、隠蔽工作を行ったのは母なのでしょう。だからといって、私が『していない』という証拠にはならないはずです」

 蒼は「確かに」と一度同意した。

 けれど――

「そういえば、君はさっき『よく憶えていない』と言っていたな。ならば、本当は君も、どうだったのか知らないのではないのか?」

 食い下がる蒼に、含明は「それは……」と言葉を濁した。


 蒼が何をどこまで知っているのかは判らないが、どう答えても、何かしらの追求や、新たな事実という隠し玉はありそうだ。

 皆が含明の動向に注目する。


「先の官僚が独自に聞き込み調査を行った結果、興味深い証言を得ていた」

「証言?」

 含明を待つことなく、「実は」と話し始めた蒼に、反応したのは父だった。

 このままでは、いつまで経っても埒が明かないと思ったのか、皓華に通訳してるだけでは面白くなかったのか、さきほどから目に見えて苛苛していた父は、二人の話に介入することにしたらしい。

「ああ。それは『トラの咆吼(ほうこう)を聞いた』というものだ」

「はぁ? トラ?」

 いくら虎丘(こきゅう)でも、と父は言いたいようだった。だが、たとえ実体でなかったにしても、実際トラを目にした守は、それが嘘や冗談でないことを知っている。

 守が育を見ると、育は自分の父を強い眼差しで見つめていた。皓華は少し身動(みじろ)いだが、含明は相変わらず沈黙を守っている。

 他の者は皆、蒼に視線を向けてじっと続きを待っていた。


「また、咆吼だけでなく、丘全体が白と青の光に包まれていた、というものもあったらしい。これらは通常であれば、見間違い、聞き間違い、気の所為で片づけられるレベルの話だ。だが、我等の間では、それは大きな意味を持つ」

「なるほど」

 と、父。どうやら父は、何かに思い至ったようだった。


「『トラの咆吼』という証言から考えても、白い光は肺神(はいしん)の『虚成(きょせい)』だろう。師兄が亡くなり、皓華へと移動した際に観られた可能性が高い。だが、ただの移動で丘全体が光るというのも解せないことだ。それに――青い光とは何なのだ?」

「何だ?」

 父が訊く。そして――

「もう判ってんだろ。っていうか、もう皆解ってるぞ」

 と、蒼を急かす。

「え……」

 守は辺りを見渡した。確かに守のように、皆、首を傾げたりはしていない。

 まだ何も思いつかない守が慌てふためく中、父の要望に応えるように、蒼は含明を見据えて口を開いた。


「青い光なら、我等の中では肝神(かんしん)の『含明(がんめい)』か、膽神(たんしん)の『威明(いめい)』だ。あの場所には君と師姐がいた。ならば必然的にそのどちらか、あるいは両方ということになる。だが――『含明』ではない。何故なら、僕の中の『含明』が僕にそう教えてくれたからだ」

「………」

「君は何かの理由があって、自分の中から『威明(いめい)』を出した。だが、本来それはしてはならないことだ。我等の中の五臓神は、あくまでも『預かりもの』。個人的な事由で勝手に(つか)ってはならないのだ。それは師兄もよくご存じだったはず。故に、戦端を切ったのは君なのだろう」

「………」

「どんなに武術の達人でも、実体のない『もの』には対処できない。だから師兄は咄嗟に自分の中から『虚成』を出し、『威明』に対応させたのだ」

「つまり――白と青の光は『虚成』と『威明』が戦った、ってことだな」

 父が簡潔に纏めると「そうだ」と蒼。顔は含明に向けたままで頷いた。


「その時、君は一種のトランス状態にあったはずだ。つまり、動いていたのは君の『元神(げんしん)』で、神拳の時のように『識神(しきしん)』は働いていなかった。よく憶えていないと言う君の証言からも、それは確実だろう」

「………」

「だが、小さい頃からの訓練で、君の中には既にしっかりとした『枠』が作られている。無意識にまで落とし込まれた『識神』には、『元神』の誤作動や過剰反応を抑えるリミッターの役割があるのだ。だからこそ――、君が淑月女史を手に掛けることなど、有り得ない」


 そう言い切った蒼に、含明は沈黙を貫いている。

 だが、蒼は気にすることなく先を急いだ。


「そして、僕は『虚成』にも訊いてみた」

「は? そんなこと……」

 できるのか、と続くところを、蒼は手を挙げ父を止める。

「言葉で話したわけではない。先天の『もの』に、後天の言葉は使えない。ただ、言葉になる前の『(おも)い』を感じるだけだ。だが、その感じた『意い』を言葉に変換するのは人間だ。よほど虚心な者でない限りは、その人間の『意い』が雑じる」


 意志の『()』は、『何かをしようと決断する前に、あれこれ思い巡らす』思慮作用のこととされているが、『おもう』の意味で使われる時は、『心に懸けておもう』となり、『常に心に留め忘れない』状況を指している、と蒼は言った。


「だから、言葉にすると言うよりも、その『虚成』の『意い』を観せてもらった、というほうが正しいのかもしれない。よく判断できない部分もあったが、それでも判ったことがある。『虚成』は最後までその場にはいなかった。だから、淑月女史を手に掛けたのは誰かは判らない。だが、『虚成』は僕に、最も重要なことを教えてくれた。それは――」


 蒼は、そこで言葉を切って含明を見た。

 皆が固唾を飲んで見守っている。

 含明の硬い表情の中には、何か複雑に感情が浮かんでいた。

 だが、やはり何も話さない。

 焦れた父が「それは、何だ?」と急き立てる。

「勿体ぶらずに早く言え!」

 ついに、吼えた。


「含明。君の中の膽神は――亀蛇ではなく、ヘビだけだった」


「………」


「もう随分前から、君の中に亀蛇のカメはいなかった――」



 含明が、天を仰いだ。

 肩が震えていた。

 泣いている。

 いや――

 笑っているのだ。



「なるほどカメは、辰矢さんの所、でしたか」

 含明の顔には、皮肉な笑いが浮かんでいた。


「そうです。『威明』が分裂したのは、二十年前。それから私に中にはヘビしかいませんでした。その時まで、母は私が膽神だと打ち明ける決意を固めていました。私が鴛鴦(えんおう)の高等部を卒業し、中国に帰国した後で、師父に面会できるよう手はずを整えていたそうです。ですがこんなことになり、母は私が膽神だと、言い出すことができなくなってしまったのです。そして急遽、私が肝神を継いだように見せるため、残ったヘビを龍に偽装しました。私に何かあったことは、皆がすでに気づいていたからです。丹下(あかもと)師叔(ししゅく)から、滞在しているホテルに電話まできたそうです」

 その後に、余計なことを、と続きそうな口調だった。


 堅く結びついた亀蛇が解けてしまうというなど、あってはならないことらしい。

 それは、隣の父の厳しい表情からもよく判る。

 けれど――

 膽神の役割について何も知らない守には、それがどんなに深刻な事態なのかを、想像することすらできなかった。


「それから、母は膽神を元に戻す手だてを探し始めたました。母は、こうなってしまったのも自分のせいと、己をを酷く責め、とても後悔していました」

 蒼は「確かに」と頷いた。

「師姐はとても責任感の強い方だった。そして、自分のことで他人に迷惑をかけたくないとも思っていたのだろう。それに、次期掌門人としての矜持(プライド)と羞恥心。それから君に対する罪悪感。そんな様様なものが()()ぜになって、師姐の判断を狂わせた――」


 そう分析する蒼を、含明はじっと見つめていた。その口元に浮かぶ皮肉な笑いは今も消えていなかった。蒼の言葉が終わるとすぐに含明は口を開く。自分の秘密を打ち明けたのだから、おまえの秘密も教えろというように。言葉に出さないまでも、その思いは守にもありありと判った。


「蒼さん。先程あなたは仰いましたね。『真実は隠しようがない』と。私はずっとあなたに訊きたかったことがあるのです。教えていただけますか?」

「ん?」


「櫻子さんを殺したのは――、誰なんです?」


 有無を言わせぬ、強い口調だった。


「あの頃、脾神の珪沙(けいさ)師姐は、皓華の両親の死の原因が、私にあるのではないかと気づき始めていました」

 含明の様子は、今までとは打って変わって、酷く親しげで楽しそうに見えた。

「ですから母は留学と称し、前の年に大学を卒業したばかりの私を、日本の大学院へと送ったのです。あの日もやはりよく晴れていましたね。十月にしては、汗ばむほどの陽気でした」


 残暑の中でも明日香の山山は色づき始め、本格的に秋を迎える準備をしていた。そんな中、挨拶に行った含明のために、蒼は明日香の遺跡群を案内したという。

「遺跡と紅葉の組み合わせは、なかなか乙な物でした。そして、その年の十一月に入るとすぐに、あの事件は起こりました」


 唐突に話を切った含明は、「さあ、誰なんです?」と蒼に詰め寄った。


「櫻子を殺したのは――僕だ」


「お父さん!」

 育が蒼の隣で悲鳴に近い声を上げた。

「それは――」

 含明が異を唱える。


「いや。僕が、櫻子を殺したのだ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ