五気朝元 13
*エセ科学要素、個人研究、独自解釈、妄想補完があります。ご注意ください。
*世間一般で事実や通説といわれているものと違う場合があります。
「さて――」
龍煙は、午後にもう一度皆を居間に集めると話し出した。
黒板にはすでに馴染みになった、教科書体のような龍煙の字で、『練神還虚』と『練虚合道』という二つの言葉が書きつけられている。
「先天と後天についてはある程度理解して貰えたと思う。では『練神還虚』、この段階だが、ここに出てくる『虚』とは何か――」
龍煙は、育を見た。
「『虚』という字を辞書で引いてみたんですけど、『何もない』とありました」
「確かに『虚』には『空』とか『空ろ』という意味がある。だが道家でいう『虚』はそれとは違う。『一見何もないように見えて、実は全てを包含している状態』のことを指している。これは何もない目の前の空間にも酸素や窒素などが、存在しているのに似ている」
龍煙は「では、『練神還虚』の説明に入ろう」と話し始めた。
「まず、出来上がった『陽神』をさらに育てていく必要がある。もう一人の自分である『陽神』が完全に育ち切ると『天花乱墜』という内景が見られるようになる。金色の光が花片状のものに変わり、雪のように降り注ぎ、舞い上がるというのだ」
そして、様様な段階を経て完成した『陽神』が『虚』に還るためには、体という名の形骸から抜け出る必要があった。
「そのための準備として、残った陰邪を焼き尽くすという作業を行う。既済の方法を使って火を熾し、陰邪を焼き尽くしたら頂門を開き、『陽神』を頭頂から超出させるのだ」
龍煙は、「ここで少し補足をしておこう」と手にしていたチョークを置いた。
「最初に『神』について話した時のことを思い出して欲しい。僕は活動電位、このインパルスこそが『神』の正体の一つの側面だと言ったことがあった。そしてここでもう一つ、僕が考える『神』の正体を紹介しておく。それは既に君たちも知っているものだ」
「アドレナリンですか?」
守が訊いた。
「それもある。だがそれだけではない。途切れた神経細胞の間を行き交い、情報を伝達するのは、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミン、オキシトシン、エンドルフィンなどの数十種類にも及ぶ神経伝達物質だ」
神経伝達物質は、交感神経節および脳神経以外では、体内ホルモンとして働くものもあった。
「脳が活動するということは『活動電位』と『神経伝達物質』の両方の働きがなくてはならないという。ならば脳内限定になるが、『神経伝達物質』も『神』の一つの側面だと言っても差し支えないだろう。ただそれらは、体内ホルモンとして分泌されている姿、つまり『見える』という観点から考えれば、陽の『神』ではなく、陰の『神』の範疇に入るのではないか、と僕は考えている」
龍煙はそう言って、少しだけ表情を緩めた。
「だがある者に言わせれば、彼はあくまでも体内ホルモンという点に主眼に置いているのだが、まさにこれこそが、精神の『精』の部分だ、と主張している」
分泌しているということは、実体が『有る』ということ。厳密ではないが、先天と後天の区別のつける目安の一つに、目で『見えるか、見えないか』があった。
そして――
後天の『精』の『濁精』は、目に見ることができるものだという。
説明を聞き終わった、守の頭の中に端正な父の姿が思い浮かんだ。
(そういえば――)
二日目に行った、武功の練習の時、体当たりを喰らわされた守は、少し大げさに後方へ飛んでみた。たとえただの見本だったとしても、多少のエンターテイメント性やけれん味は必要だと思ったからだ。すると、龍煙はほんの少し驚いた後、薄い唇を横に引いた。何か含みがあるようなその笑顔に、守は真意を訊ねてみた。
「いや。さすが親子、と思っただけだ」
守を見るその目には、明らかに親しげなものが混じっていた。
どうやら守が思っている以上に、龍煙は父と親しいらしい。
それは、ただの知り合いではないと思えるほどに。
守はそんな龍煙に目を向けた。
龍煙の『神』についての説明は続いていた。
「人によって考え方は様様だ。それに、どちらもそんなに間違った仮説ではないと思う。『精』も『神』も同じ「気」の仲間だ。対立し、尚且つ融和する陰陽二元論は、最終的には一元論へ帰結するという。ならば、実際にはこういった検証は無意味と言って言えなくもない」
龍煙は、自嘲気味に微笑むと話を先に進めた。
「とにかく神経伝達物質の一部には、別名、脳内麻薬様物質といわれているものもある。ならば偏差、つまり『走火入魔』の状態とは、何らかの原因で神経伝達物質の分泌が、コントロール不能になったが故に起こる病変ともいえるだろう」
「それって、もしかして『ラリってる』ってことですか?」
ただ『麻薬』という言葉だけに反応して守が訊いた。龍煙は「そうだな」と腕を組みしばらく考えていた。
「こう言ってしまうのは語弊があるかもしれないが、実は静功自体が自家生成された陰神で軽度に『ラリってる』状態とも言える。君たちも体験して解る通り、あの幸福感は通常ではなかなか得られない。ならば『走火入魔』の場合は、その状態を欲するあまりに執着し、重度に『ラリってる』状態となり、そこから抜け出せなくなったとも考えられるのだ」
そして「我我が行っている訓練は、神経伝達物質だけでなく、体内ホルモンなどの内分泌をコントロールする方法だ」と龍煙は続けた。
「武術などの格闘系のものは、ノルアドレナリンやアドレナリンなど、ストレスに対抗するためのホルモンが出ないと、戦う気も起こらない。それは、格闘系のものだけでなく、他のスポーツでも同じだ。相手がいるいないに拘わらず、何かに勝とうとしている場合、あるいは困難を克服しようとしている時にも同様に分泌する」
そしてノルアドレナリンやアドレナリンは、何かを行うためのモチベーションを維持するドーパミンから生成されるという。ドーパミンは快感、覚醒、興奮に関わる神経伝達物質で、過剰に分泌することで依存症になる危険性があった。
「何しろドーパミンは覚醒剤と、脳内麻薬用物質はアヘンと極めて近い分子構造ということだ」
「そ、それは、怖いですね」
そう言いながらも、守は思い出していた。試合の前の逃げ出したくなる緊張と、それを上手くなだめすかし、力を出し切った時の充足感。その結果勝っていれば、それはさらに大きな喜びとなる。
前段階の苦しみが、大きければ大きいほどに――
ゾクリ。
守の背に悪寒が走った。
(もしかして――)
もし、香子に同じ大学に行こうと誘われていなかったら、守はおそらく体育大の推薦を受けてそこに行っていたはずだ。朝から晩まで勝つことだけを考え練習する日日を、今現在も送っていたはず。
そんなことになっていたら、自分はどうなっていたのだろう。
勝つことが義務になってしまう生活は、守に何をもたらしたのだろう。
(マジで、オレ、ヤバかったのかも……)
守が龍煙を見ると、龍煙はコクリと頷いた。
「実は体育として行っているものこそ、危ないと言う者がいる。今スポーツとして普及しているものには、神経伝達物質を利用することを考えているわりには、その『帰り方』まで考慮に入れているものは少ない。また『帰り方』を知らない者が、指導している場合もある」
勝つことだけに特化し、それ以外のことは無駄なものとして切り捨ててしまっている。あるいは非科学的、抹香臭いと避忌される。
「簡単には理解できないからとそれを悪用し、騙そうとする者が跡を絶たないのは事実だろう。それに故意ではなく、未熟故に間違った考えのまま、それが正しいと思い込んでしまう者もいる。だからこそ、そんな危険なものには、無闇に近づかないことが最善の策なのだ。だが――」
普通の体育、普通のスポーツのはずなのに、その域を遙かに超えてしまっている者も多くいるという。
「スポーツだからといって安心はできないのだ。技の習得に専心できる分、非常に優れた技術を持つ者がいる。そして――」
プロ、あるいはそれに準じる者は、勝つことや、技術の高さを追求するがゆえに執着し、危険な状態に置かれている場合も少なからずあった。
「喩えば、技術は非常に高いが、内分泌のコントロールする術を持たない者が、鉄砂掌や鉄布衫などの、傷みを制御する方法を習うのは、とても危険だと言われている」
殴られても痛くないようにするには、興奮作用、止血作用のあるアドレナリンや無痛になるエンドルフィンのような、神経伝達物質が必要だった。だのにそれらのコントロール法を学ぶ過程を、時間がかかる、実戦に使えないという理由だけで、不用な『もの』とし切り捨ててしまったら――
龍煙はまず「この真偽については未確認だが」と前置きし、海の向こうの大国では、内分泌のコントロールの過程を学ばずに行ったものが、性犯罪に走った事例が多くあったようだと付け加えた。
力ある者が偏差を起こせば危険だということは、守にも十分予測できた。ゆえにこういったものには、長い年月の間に幾重にも張り巡らされた、防衛機能が整えられているということなのだろう。
(一見ムダに見える『もの』でも、勝手に排除したらいけないってことだよな)
それは、『だからこそ、ここにも来られた』と言う夏芽の言葉にも表れていた。
吉林に来た最初の日に、夏芽は確かにそう言っていた。いろんな過程を踏んだのは、その必要があったからだ、と。
「一見して遠回りに見えるものが、一番の近道ということもある。また、その道が通れるか、あるいは通れたとしても、近いかどうかは、行ったことがある者にしか判らない。そして、もし希望どおりに行けたとしても――」
「『行ったら帰ってこなければならない』ですね」
「そうだ。『人間でいたかったら』な」
龍煙は三度同じ言葉を繰り返し、「この心構えがあるだけで、全然違う」と付け足した。
「このことからも解る通り、この『神』または『精』は、両刃の剣だ。適度にならいいが、過ぎてはならない。だからこそ煉丹の最終段階では、陰邪を焼き尽くし、純陽の『陽神』に変えなければならないと言われているのだ」
そう言葉を結んだ龍煙は、何か質問はあるか、と皆を見渡した。「あの……」と育が声を上げる。
「内分泌をコントロールするには、具体的にどうすればいいんですか?」
真剣な表情で訊く。
「あ、それはオレも知りたいです」
育を後押しするように、守が追従した。
と――
「套路ノ練功スルト好イ」
答えたのは、皓華だった。
「套路?」
套路を繰り返すことで枠を作る。
『作っておくと、どんなに無茶なことをしても、その枠から外に出ることはない』
それは午前の最後に、龍煙が話していたことだった。
「 ……そっか。枠か」
皓華は大きく頷くと、厳めしい顔で「頭デ考エナイ。感覚スル」と言った。
「え……」
拳士である皓華の言葉に、守の脳裏に例のあの言葉が浮かんできた。
『考えるな、感じるんだ』
それは、守が空手を習う切っ掛けになったカンフー映画の冒頭部分で、主人公が子供に蹴りを教えている場面の台詞だった。
禅話の『指月のたとえ』になぞられたそれは、『手段』を表す卑近な指に拘っている限りは、その先にある『大いなる栄光』、つまり『結果』の月は得られないと言っていた。
だが守の父は、指し示す指もまた重要だと言った。『手段』があればいつの日にか、その先にある『結果』を見つけることもできるはずだ、と。
さらに父は、その前の『何を感じた』と問う英文の主語が、『you』ではなく『it』だったことを問題にしていた。つまり『おまえが何を感じたか』ではなく、『それがおまえに感じさせたものが、どんなだったか』と訊いていると言うのだ。
そこには、『you』が自主的に蹴ったのではなく、『it』が『you』に蹴らせた、という大前提があるという。
その後、この『it』が何を指しているのかを、二時間ぐらい語られたような気がするが、残念ながらその内容は、守の記憶に残っていない。
また、アレが父特有の冗談なのか、本気の主張なのかの判断もつかなかった。
けれど――
ここで皓華が言っているのは、そんなことではない。危険かどうかは自分自身が知っているということだろう。
それは、套路を繰り返し行って作り上げた枠からはみ出す行為には、必ず何らかの歯止めがかかるようになっている、ということで、どんな生物にも命を護る先天の機能や本能があるということだ。
生物には、恒常性という生理状態を常に一定に保とうとするシステムが生まれながらに備わっている。また、自然治癒力という回復機能もある。さらには人間が造った社会には、倫理や常識、法律という、秩序を護るために後天的に設定された段階別の枠がある。
ならば套路を使って作る枠とは、命を護る先天の機能や本能と、社会を護るための後天の道徳、そんな諸諸の事情が考慮されながら、自然発生的に作られるということになるのだ。
それは、おそらく龍煙の言う『先天と後天を合わせることこそ重要』という部分に、繋がって――
「練功、苦シイ、ダメ。ソレ、正シイナイ。終ワッタ後、心モ体モ、気持チイイ。ソレ正シイ」
守の考えが最後まで行き着く前に、皓華が言った。
「あ……」
(そうだった。皓華は、そういうヤツだった)
『頭デ考エナイ。感覚スル』
皓華の考えは実にシンプルで、言っていたのは、まさにそのままの意味だった。
確かに、繰り返し体を動かすことで動作に集中すれば、細かいことは気にならなくなってくる。つまり套路は骨格の調整だけでなく、精神の調整もしているということになる。
(にしても――)
細かいことに拘るな。
知っていたはずなのに、結局、守は細かいことに拘りまくっていたらしい。
自分はまだまだ、と思い知らされたが、守はそれほど悲観してはいなかった。
実際、守と皓華では、積み重ねている日数が違いすぎる。
それに、してはいけないことを知っていれば、いつかは父が言う通り、『指』の先にある『月』を見つけることもできるはず。
「これで、何故、『識神』と『元神』の両方が必要なのかは解っただろう」
龍煙の言葉が、守の心に大きく響いた。




