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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第八章 五気朝元(五つの気が相見(あいまみ)える)
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五気朝元 9

説明回は、続きます。

*副詞は基本ひらがなにしていますが、お父さん世代の会話文では、漢字になっています。

*三花聚頂の『聚』の読みを、『しゅう』と『じゅ』のどちらにするか迷った結果、意味が『集まる』なので、本作では判りやすく『集』と同じ音の『しゅう』を採用してあります。

「では、今日は、最初に一陽初生(いちようしょせい)の話をしておこう」


 松花湖(しょうかこ)に来て四日目。

 強い陽射しに照らされた窓の外に見える風景は、相も変わらず際立って、生き生きと輝いている。龍煙はその夏の陽射しを避けるように、今日も午後から皆を居間に召集した。居間は昨日のままの状態で、守たちはマットの上に座り、思い思いに体を伸ばしながら龍煙の話を聞いている。


「君たちももう知っていると思うが、陰陽五行説では、『陰』が極まると『陽』が発生するとされている。その時生まれた最初の『陽』は、母親が生まれたばかりの我が子に与える初乳のように、少量でも純度が高く質のいい、実に優れたものだといわれている」

 そして「鍛錬を行う者は、特にそれを珍重する傾向がある」と続けた。

「時間でいえば、()(こく)から()(こく)に変わるその一瞬に最初の『陽』は生まれる。一年では冬至(とうじ)の日に『陰』が極まるから、『陽』に変わるのはその次の日からだが、実際には冬至の夜の子の刻、深夜十一時に最初の『陽』が生まれるのだ」


(冬至……)

 再び出たこの言葉に、守は冬至の夜の苦しいほどの能量(ほのお)を思い起こしていた。


「だが、昨日の場合は少し意味が違う。自分の周囲(そと)ではなく、自分の(なか)のことだ」


 子供の頃から守の身に起こっていた様様な変化――


「自分の中で一陽初生の状態になったということは、下丹田(かたんでん)にある『陽』が動き出した、ということになる」


 ずっと思い悩んでいた問いが――


「特にこれを『活子時(かっしじ)』といい、自然の場合とは区別する」


 氷を直火で炙った時のように、瞬く間に氷解した。


 一年の中で、陰が極まって生まれた『(よう)』と、

 生まれた時から守の中にある、父から受け継いだ『(よう)』。

 それが冬至の日のあの時間に、一斉に動き出す。


(だからあんなに凄いんだ……)


 守がいろいろと考えを巡らせている間に、龍煙の話は『活子時』の状態の具体的な説明に入っていた。


「まず丹田に熱感が起こり、二陰(にいん)の間にある会陰(えいん)が痙攣する」

 二陰というのは生殖器と肛門のことで、その中間、胴体の最下部にあるポイントが会陰だった。

「会陰とは、読んで字の如く二つの陰が会する場所だ。元はツボの名称だと思うのだが、今は部位の名称としても使われている。その会陰が痙攣した時には、性的な快感を伴うことがある。男性の場合は実際に勃起することもある」

 そして――


(じゅん)は則ち人を生じ、(ぎゃく)は則ち仙と成る」


 龍煙はお題目のように唱え、「これは、小周天の時によくいわれている言葉だ」と付け加えると、守以外の者たちが、知っているとばかりに一斉に頷いた。


「動き出した『陽』を順に回せば、射精して人ができる。これは、自然の摂理だ。そしてそれを逆に循環させれば、仙人になる。つまり『煉丹』とは、自然の摂理に『逆らう』ということだ」

 龍煙は、『逆らう』という部分を特に強調した。それが昨日の講義の中にあった『後天八卦を先天八卦に戻す』と同じ意味だということに、守は気がついた。


「実際に煉丹を行う時は、発生した『黄芽(こうが)』が陽に乗って回っていく。または、『黄芽』そのものが陽ということも有り得るかもしれない。はっきりしたことがいえなくて申し訳ないが、実際はどちらでもいいのだと思う。人によって感覚が違うのは当然のことだ。最初のうちはちゃんと回っていれば何の問題もない」

 そして龍煙は、「内景が起こったら、それが正しいかどうかを必ず聞くように」と皆に注意を促した。

「自分で勝手に判断をしてはならない。だからといって、正しいかどうかを訊く時のために、内景に気を囚われ過ぎるのはもっといけない」

「映画を観るように流すんですよね」

 守が確認すると、龍煙は頷きながら「そうだ」と答えた。

「我我が行っている修持(しゅうじ)法は、道家(どうか)仏家(ぶっか)儒家(じゅか)の三つの精髄を合わせたものだ。道家単独で行う鍛錬とは違い、効果が高い分危険も大きい。だからこそ師について行わなければならないし、一人で行えるようになったとしても、十分に気をつけなければならない」

 前にも含明から全く同じ注意を受けていたから、守もこのことについて目新しく感じたりはしなかった。

 だが――


「何故なら、それ自体に意念を掛け過ぎたり、執着し過ぎたりするのは、『偏差(へんさ)』の元となるからだ。これから練功房を使い、一人で行っていく場合、それが大きな妨げとなる」

 守は、龍煙の言葉の中に知らない単語を見出だした。

「あの……」

「何だ?」

「その、『へんさ』というのは、何なんですか?」

「そうだな、まずはその説明からしなければならなかった」

 龍煙は立ち上がり、黒板の前に移動した。


「偏差とは、別名『走火入魔(そうかにゅうま)』ともいい、方法を間違えたために起こる病変のことを指している」

 龍煙が黒板に書いた『走火入魔』という文字を見つめ、守は寒山寺(かんざんじ)で育と『魔』について話した時のことを思い出した。

「表れ方は間違え方によって皆違う。体にでる場合、軽いものでは、気血(きけつ)の流れが滞ったり、逆流して気分が悪くなったりする。進行すれば、痛みが走り動かせなくなる。重いものになると疾病として発現する。だが、心の場合はもっと厄介だ。『陽』に偏れば偏執狂(へんしゅうきょう)となり、『陰』に偏れば(うつ)となる」


 そう、あの時の守の状態こそが、まさに『走火入魔』だったのだろう。


 龍煙は続ける。

「人の脳は場所によって担っているものが違うという。喩えば、『愛』という言葉と『犬』という言葉では、反応する部位が違うのだ。全てのものには寿命がある。何でも一つのものに執着し、酷使し続ければ壊れるのは当然だろう。それは脳細胞であっても同じことだ」                  

活動電位(インパルス)の負荷が掛かり過ぎればショートする、ということですね」

 夏芽の言葉に、「なるほど」と龍耀が声を漏らした。

「だから、いつも『意念を掛け過ぎてはいけない』と注意されるのか……」

中庸(ばらんす)ガ大切ネ」

 皓華が生真面目な顔で補足する。

 その時――

「『偏差』が起きたら、どうすればいいんでしょう?」

 育が唐突に質問した。切羽詰まったような声だった。

 育は、守と同じことに気づいて不安に思っていたのだろう。

 いや――

 育は最初に会った頃の言動からしても、『偏差』について、ずっと前から考えていたようだった。


「状態にもよるが、自分より功の高い者がいれば大丈夫だ。君の場合は僕が治してやれる」

 龍煙は、育の縋るような眼差しをしっかりと受け止めた。ホッとしたのか、育の表情が明るくなる。

 よかったという気持ちと同時に、守の心に何となく面白くないという想いが込み上げてきた。それを振り払うように、「なら、オレの時もお願いします」と龍煙に頼んでみた。

 ところが――

「ん? そうだな……う~ん、まあ、多分、大丈夫だろう」

 龍煙の答えは、育の時とは違って実に歯切れの悪いものだった。

「えっ、『多分』ですか?」

 冗談めかして不満の声を上げる守に、龍煙は明るく笑ってから、「大丈夫だ」と今度ははっきりと繰り返した。

「僕よりも、ずっと適任の者がいる」

「えっ、誰ですか?」

 守には、次の掌門人(しょうもんじん)の龍煙より、適任者などいないように思えるが――

「君のお父さんだ」

「え、親父が、ですか?」

「そうだ。君のお父さんなら、必ず治す」


 守は、自分の父の端正な顔を思い浮かべた。

 どうしたって、龍煙よりも、父のほうが実力が上とは思えない。守は説明を促すように、龍煙に視線を戻した。

「場合によっては、五行の属性が同じということも大切なのだ。だが、それだけでなく、相手に対する思い入れこそ重要だ」

「思い入れ? ――って、まさか『親子だから』ってことですか?」

「もちろん」


 守は少し考えて、父が守と育の結婚を、反対していたことを思い出した。

 どうやら守が思っている以上に、父は守のことを考えていてくれているらしい。そう思うと、龍煙の言葉にもさらなる信憑性がでてくる。

 ならば――

 守は「もし」と口を開いた。

「ん?」

「じゃあ、もし龍煙さんがなっ――」

「馬鹿ね、そんなことあるわけないじゃない!」

 守が言い終わらないうちに、夏芽が猛然と抗議を始めた。龍煙はそれを手振りで制し、「それは、難しい質問だ」と腕を組む。真剣に考えていた龍煙は、いつものような柔和な顔に戻ると「やはり――」と言った。

「黄師父にやっていただくしかないだろう。だが、それは命を懸けたものになる」

「い、命懸け、ですか……」

「そうだ。ある程度『功』が進んでいる者の場合は、一度道を外してしまったら、そう簡単に戻ることはできない。それを強制的に戻そうとすれば、それ相応の覚悟がいる」

 龍煙は、そこでフッと笑った。

「だが、そんなことにならないように、僕も十分気をつけよう」

 そして「そろそろ昨日の続きを説明したいのだが、どうだろう?」と龍煙は皆を見回した。


     *


「『練気化神(れんきかしん)』には二つの過程がある。一つは『五気朝元(ごきちょうげん)』と呼ばれており、もう一つは『三花聚頂(さんかしゅうちょう)』呼ばれている」


 龍煙はそれぞれの名称を黒板に書きつけると、皆のほうへ向き直った。


坎離交媾(かんりこうこう)で生まれた黄芽(こうが)を集めて金丹を作る。その金丹をさらに煉っていくと、純陽の『真気』が発生する。その発生した純陽の真気を使い、今度は五臓の『気』を煉っていく。この五臓の『気』こそ『五気朝元』の五気の部分だ。因みに――」

 龍煙は簡単に、『朝元』とは宮廷に出仕し、集まって会議を行うという意味だ、と補足した。


煉丹(れんたん)の過程が進むと、煉られた五臓の『気』から陰気が消滅し、五臓の『(しん)』に変化する。五臓の『神』が上へ昇り、泥丸宮(でいがんきゅう)で一堂に会するのが『五気朝元』になる」

「す、すみません、その『でいがんきゅう』っていうのは?」

 もう馴染みになった守の問いに、龍煙は『泥丸』と『涅槃(ねはん)』という二つの言葉を黒板に書いた。

「『涅槃』という言葉は聞いたことがあるか? これは仏家の用語で、解脱(げだつ)の境地を表す『ニルバーナ』という言葉の音訳になる。そして同じく『泥丸(ニーワン)』も、『ニルバーナ』の音訳という説があるのだ。だがここでいう泥丸宮は、上丹田(じょうたんでん)のことを指している」

「あ~あ、なるほど」

 守は、人間の体には三つの丹田があることを含明(がんめい)から聞いて知っていた。

 頭にある上丹田、胸にある中丹田、下腹にある下丹田がそれだった。

 龍煙は、苦笑しながら「済まない」と守に詫びた。

「上丹田と言った方が解り易かったな。だが、僕は泥丸宮という方が好きなのだ。この方が、ずっと『朝元』という感じがでるだろう」

「はあ……」


(龍煙さんは、意外とロマンチストなのかもな――)

 歳が同じ守の父は、変わってこそいるがどちらかというと現実的だった。見た目だけで言えば実直な感じの龍煙よりも、父のほうがずっと夢想家っぽい。


 だが――

「後でも話すことになるが、実は感覚というのは、とても大切なものなのだ」

 龍煙は、含明と同じことを言って話を元へ戻した。


「次は『三花聚頂』だが、これは別に『三つの花の朝元』といわれることもある。ではこの三つの花とは何か? 一説によると、聖胎(せいたい)中の純陽、心中の真陽、腎中の正陽のことを意味しているともいわれている。つまり『三花聚頂』とは、完成した金丹と、中丹田、下丹田にある根源的な『陽』の気を上丹田に集めることをいうのだ。そして『五気朝元』で先に集まっていた五臓の『神』と合わすことで、金丹は終に『真気』から『陽神(ようしん)』へと変化する」

 龍煙は一気にここまで言うと、三つの花は他にも、下丹田の『精』、中丹田の『気』、上丹田の『神』のことだ、という説がある、と追加した。

「だが『聖胎』が『陽神』に変わっただけでは、まだ終わりではない。この後は、さらに『練神還虚(れんしんかんきょ)』『練虚合道(れんきょごうどう)』と進んでいく」

「まだ、半分なんですか?」

 守が訊く。

「半分といえば半分だが、半分でないといえば半分ではないな」

 黒板を消しながら曖昧に言う龍煙に、守はさらに聞こうとした。だが、目の端に映り込んだ、夏芽の強い視線に気づいて口を噤む。

 すべてを消した黒板に龍煙は五臓を書き入れると、その上に木火土金水(もくかどごんすい)の五気を記した。

「ではここで、もう少し五臓の『神』についての説明をしておこう。五臓の『気』を純陽の『真気』を使って煉ってできたものが、五臓の『神』だといわれている。そして――この五臓の『神』こそが、実は五臓神(ごぞうしん)と呼ばれるものなのだ」


「えっ?」


 守はこの場にいる皆を見渡してから、育を見た。育だけはやはり守と同じように驚いている。

「前に、『精』『気』『神』の説明をした時に、僕はある高名な老師の説を紹介したのだが憶えているか?」


 それは確か――

『『神』とは、さらに高い宗教的な次元まで純化された状態の気』

 そう龍煙は言っていた。


「『(しん)』は、神様ではないという者がいる。確かに、完全にイコールで繋ぐことは憚られる。だが僕は、(かみ)とは『(しん)』が何らかの形で凝り固まり、神格化したものではないかと考えている。だからこそ、仏家で人が仏になれるように、道家では人は神人(かみ)になることができるのだ」

 守はここで、仙人のもう一つの名称が『神人(しんじん)』だったことを思い出した。


「だが、五臓の『神』の表現体は人型の神でなく、聖獣の(かたち)として表されることのほうが一般的だ」

 そして龍煙は、修真図の一節を読み上げた。


 肝神(かんしん)その象、青龍(せいりゅう)の如く、

 心神(しんじん)その象、朱雀(すざく)の如し。

 脾神(ひしん)その象、(おおとり)の如く、

 肺神(はいしん)その象、白虎(びゃっこ)の如し。

 腎神(じんしん)その象、双頭の玄鹿(げんろく)に似、

 膽神(たんしん)その象、蛇と亀の混合型なり。


 と――


「では、これから静功を行う」

 龍煙はここで宣言すると、使用する手印(しゅいん)の作り方を説明した。

「これから行うのは、『五気朝元』の前段階である五臓の調整法だ。『五気朝元』の時も同じ印を使うからよく憶えておくように」


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