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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第八章 五気朝元(五つの気が相見(あいまみ)える)
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五気朝元 2

*伯父と叔父は『伯叔父(おじ)』、伯母と叔母は『伯叔母(おば)』とまとめて表記してあります。

*独自研究および個人の勝手な予測が炸裂している部分がありますが、ご容赦ください。

(なるほどね……)


 日本の伯叔父(おじ)伯叔母(おば)に、父と母の兄弟姉妹(きょうだい)全員が含まれているのは、もしかしたらその辺りが元になっているのかもしれない。それに血縁婚の群婚(ぐんこん)なら、築いた財産を分割することなく、そっくりそのまま次世代に受け継がせることができる。

 だが、経済的に理想的な婚姻形態だからといって、それが、群婚があった証拠になるのかというと、守にはよく判らなかった。

 そして何よりも、リアルな世界で気持ち的に割り切れるか、という問題もある。

 二次元ならまだしも、三次元で血の繋がった姉妹とどうこうなろうなどと、果たして思うことができるのだろうか。


(さすがに、無理だよな……)


 キッパリと否定できないのは、守には姉も妹もいないからで、現実として考えることができないからだ。守はどうしようか迷ったあげく、とりあえず弟の(すぐる)が妹だったらと思ってみることにした。


 五つ下の弟は守と違って小柄だった。中三とはいえ、まだユニセックスな部分も残っている。性格も大人しく、気性も優しい。脳裏に浮かんだ弟の髪を長くして、声が変わり出す前の「お兄ちゃん」と呼ぶ声を合わせてみる。

(う~ん)

 可愛いとは思うものの、どんなに頑張っても妹までにしか思えない。自分に似た顔立ちと条例に引っかかる年齢がネックになっているのか、気持ち的にまったくと言っていいほど動かない。無理に考えようとすると、途端に拒否感が湧いてくる。


 ならばこれが本物の姉や妹だったとしたら、考えることも――


(いや)

 守はそこでついこの間考えたばかりだったことを思い出した。

 もし、育が守の姉だったら、と。

 即座に出てきたのは、『絶対に嫌だ』という強い拒絶だった。

 『禁断』という名の甘美な毒。

 だが、たとえどんなに甘くても、守には、やはり毒は毒でしかないらしい。

 そこまで確認できてホッとする。

 と、同時に――

 守は、育の顔を思い浮かべていた。


 昨日から、育は本当に『元気』がない。

 何かの拍子に笑顔になることはあっても、やはりそれは一瞬だけ。

 いつの間にか、昏い淵へと沈み込んでいる。

 もちろん、守のせいもあるとは思う。

 だが、武志に会えないと聞いたことが決定的だったのだろう。

 そういえば――


(今、何処にいるんだ?)


 夏芽も皓華もここにいる。

 育の知り合いは、ここにしかいない。

 一瞬探しに行こうかと思ったが、やはり思い止まった。


 育は、きっと龍煙といる。

 それは、確信に近いほどの予感だった。


 龍煙に初めて会った時、育は龍煙を見つめていた。

 その顔に浮かんでいたものが複雑すぎて、育がどんな気持ちでいるのか、守にはさっぱり解らなかった。

 それでも育の関心は、確実に含明に似た龍煙に向けられている。

 そういえば、食事が終わった後で話しかけていた。

 そして、それを見たくなくて――


 守は、さらにその先を考えそうになって大きく(かぶり)を振った。無意識に声が出ていたようで、話していた夏芽と皓華が驚いて守を見る。夏芽はひらき直ったのか、帽子を脱いでスカーフを首に巻き、サングラスも外していた。

 守は場を取り繕うように、「もしかして――」と声を上げた。

「それを繰り返して滅びそうになったんですか? 血縁婚って、確かリスクがありましたよね。特定の病気にかかりやすくなるとか、劣性遺伝の遺伝病が出やすいとか。一気に絶滅する可能性があったんじゃなかったでしたっけ」

「そうね。一世代ぐらいなら大丈夫らしいけど、何代も続くのはよくないみたい。それに本当かどうか判らないけど、紀元前一万年ぐらいに問題になったって記述を読んだことがあるわ」

「い、一万年――」

「上手く想像できないわよね。中石器時代、日本なら縄文時代の初期の頃よ」

 中石器時代なら、サーベルタイガーは絶滅していたかもしれないが、マンモスはまだ生きていたような気がする。


「で、結果的に血縁婚を避忌するようになったんですか?」

「どうかしら。ただ、中国ではっきり禁止された最古の記録は、さっきも言った、紀元前十一世紀から始まる、周の時代の『同姓不婚(どうせいふこん)』という婚姻政策よ」

 周代にはすでに父系制に移行していたから、この『同姓不婚』の『姓』は父方の親族である、宗族(そうぞく)の姓だった。

「つまり、父親のほうの祖先が同じだとダメってことですね」

 昔は『姓』と『氏』は別のもので、『氏』は『姓』の分支に過ぎず、王族や貴族の子供の父親が誰か判るように、『姓』とは別に、父親や祖先の名前、父の官職や生まれた土地など、父親に関する様様な事柄から『氏』がつけられていたという。


「父方の姓というのはこの『氏』のことよ。『姓』は氏族の名称に、『氏』は家族の名称になっていくの。そして周代になって『同姓不婚』の政策が取られたのよ」

「それにしても、何でそんなに時間がかかったんですか?」

「国の政策として打ち出した、ってことで、一般的にはもっと前から禁忌だったんじゃないかしら。周代には一般の人たちにも、血縁婚のリスクが広く認識されていたともあったから」

「でも、日本では、平安時代でも異母兄弟姉妹(いぼきょうだい)なら結婚できたんですよね」

「それは、多分だけど――日本には、妻問婚(つまどいこん)の風習があったからじゃないかしら」

「妻問婚? それって……」

 確か、男が女の所に通う結婚形態だったような気がする。

「そう。早い話が、夜這(よば)いよ、夜這い」

 本当は少し違うみたいだけど、と夏芽は最後に付け足した。


 八世紀末から四百年続いた平安時代は、中期頃に武士階級が嫁入り婚に移行したが、貴族や庶民は、古墳時代から続く妻問婚を経た婿入り婚が一般的だった。

 妻問婚は完全な一夫一婦制になる前の段階の、夫婦が同居をしない通い婚のことで、初期の頃は、恋人同士の関係にありながらも子供を作る、対偶婚(たいぐうこん)のように拘束性がなく、自由に別れることができ、子供は妻の実家で養育され、妻子を養う義務もない。最終的には妻の実家に婿に入り、同居することも可能だった。


「妻問婚が普通の対偶婚と違うのは、女性側の同意があればいいわけだから、同時に相手が複数ってこともあったのよ。もちろん、男性側も何人も同時進行することができたわ。で、その結果として異母兄弟姉妹や異父兄弟姉妹が珍しくなかったの。母親でさえ、子供の父親が誰か判らないこともあったみたいよ」

「えっ、マジですか? つーことは、異母兄弟姉妹なら――」

「そう、一滴の血の繋がりもない可能性もあるわけ。だから、日本の場合はたとえ名称は『姉』や『妹』でも――」

「赤の他人も入ってくる」

「そういうこと」

 他人なら、血縁婚のリスクが出ることはない。日本で、父系の兄妹姉弟(きょうだい)婚が禁止されなかったのは、完全な一夫一婦、あるいは一夫一婦多妾制になっていないことで、大きな問題が起こらなかった、ということなのだろう。


「それにしても、妻問婚って男に都合よくないですか? 妻子を養わなくてもいいんですよね。相手も何人いてもいいみたいだし。行けば子供にも会わせてもらえるんでしょう」

「確かにそうだけど……」

 経済的負担がないということは、子供の養育権をも放棄しているということだ。だからこそ路頭に迷わぬよう、子供は母親の実家で養育されている、と夏芽は眉をひそめて実家の部分を強調した。

「えっと、それって――」

 理解に至らない守に焦れたのか、夏芽はまず「そうね」と言った。「考えようによっては、ラッキーかもね」と前言を翻し、冷ややかな目で守を見つめる。

「自分の子を養わなくていい代わりに、自分の姉や妹、場合によっては、従姉妹(いとこ)再従姉妹(はとこ)の子供まで養わせてもらえるんだものね。たとえ、再従姉妹の子供だったとしても、八分の一は自分と血が繋がってるのは確かだわ」

「はい?」

 まだ、理解が追いつかない守の耳に、「つ、ま、り」と一文字ずつ区切った夏芽の声が届く。

「知らないうちに、自分と一滴の血の繋がりもない赤の他人を托卵されてた、ってことにはならないってことよ。広い意味で男はみんな托卵し、さらに托卵されてる状態なんだもの。なら、お互いに持ちつ持たれつで、悔しい思いもしなくてすむでしょ。それに――」

 切り盛りしているのは女たちら、それはそれはとても賑やかだったろう、と夏芽は締めくくった。


(つーことは……)

 血は繋がってこそいるが、必ず自分の子供でない子を養わなくてはならず、実家にいても婚家(こんか)にいても、男の肩身はすこぶる狭い、ということになる。

「そ、それはけっこう、ヤかも……」

「そう? 気心が知れてていいじゃない。きっと可愛いわよ。姉と妹の子供なら」

 そう言って、夏芽は上目遣いで「ダメ?」と小首を傾げてみせた。


 話の内容は穏やかでないのに、話している夏芽の雰囲気はほんわりと柔らかい。いろいろ発覚してホッとしたのか、昨日から守にもちょいちょい素を見せてきて、スーツの鎧で身を固めた、いつもの仕事できますモードよりも、ずっと好感が持てる。この松花湖に着いてからは、最後まで残っていた種子の外皮も脱ぎ捨てたように、さらに感じがよくなった。

 ここが風水的に優れた土地だからだろうか。

 それとも、ここが夏芽の場所(テリトリー)だからか。

 だが、守はそれだけでないような気がした。

 おそらく、ここには龍煙がいるからだろう。

 あの夏芽が、労われてあんなに子供みたいにはにかむとは。

 そして――

 守の脳裏には、龍煙をじっと見つめる育の姿が浮かんでいた。


(また、だ)


 今度は声が出ないようにと十分に注意しながら頭を振ると、都合よく「えーっ、ダメなの?」と夏芽は誤解してくれた。それに乗じるように、守が「ダメです」とキッパリ言う。

「ダメだから、一夫一婦制になったんでしょう」

「う~ん、そうね、それもそうかも」

 大して反論もせずに夏芽は引くと、「とにかく」と柔らかく微笑んだ。


「中国の血縁に対する考えは、日本とは全然違うの。凄くこだわっているかと思えば、全然こだわっていないところもあって――」

 夏芽は「実はね」と言って守のほうに身を乗り出した。

「『同姓不婚』は血縁婚のリスクより、国民を管理する目的のほうが、大きかった可能性があるの」

「『管理』、ですか?」

 確かにこの政策を成立させるには、大前提として、誰が子供の父親で、誰がその子の祖先なのかをはっきりさせなければならない。

 ならば――

「もしかして、ホントは戸籍みたいなものを作りたかったってことですか? 同姓不婚なら、母方の親族とは結婚できますよね」

「あら、よく気づいたわね」


 周代のおける『同姓不婚』は、完全に血縁婚を禁止していたわけではなかった。守が言うように、姓が違う母方の血族とは結婚できたのだ。

「何か、片手落ちっすね」

「そうなの。でも、だからこそ『管理』の意味のほうが大きいんじゃないかしら。政治的な意味と、氏族内の内部闘争を押さえる意味もあったみたい。集団が大きくなるとどうしても揉め事が多くなるでしょう」

 外に敵がいる状態で中まで揉めていたのなら、あっという間に滅んでしまうのは自明の理だ。

 だとしたら――

「別姓同士の結婚で、他氏族との結束も強める必要があった、ってことですか」

「政治的にも軍事的にも纏まる必要があったみたいよ。それに相続の問題も大きいわ。立子立嫡制と世卿世禄制。どちらもの場合も、家族や宗族内の関係性を、明確にしておく必要があるでしょう」

「はい?」

 首を傾げる守に、要は正妻の子が爵位と領土と税収入を受け継ぐということだ、と夏芽は簡単に説明した。

「長男を表す漢字はね、『伯』だけでなくて『孟』もあるの。正妻の産んだ長男が『伯』で、正妻以外が産んだ長男が『孟』よ。呼び名につけてはっきり判る状態にしてるところがやらしいわよね。正妻とその親族に対する配慮なのかもしれないけど、その辺の感覚はわたしは解らないわ」

 そして――

 夏芽は横に逸れたことを謝って、中国の大多数を占める漢民族の『血』に対する想いは、日本人とは全然違うと、もう一度繰り返した。


「結局、大陸は広いから、日本よりいろんな環境があって条件が厳しい分、単位を大きくして結束していかないと生き残ることができなかった、ってことですよね。多勢に無勢でどんどん括りを大きくしていった」

「確かに、人数が多いほうが有利よね。ただの烏合の衆にならないように、宗族の結束を強めることも必要だったみたい。あと、他の血を入れることで様様な環境に適応できる多様性も生み出したかったのかもいれないし――」

「なるほど」

 サイダーの入ったグラスを片手に、守は幾度か頷いた。

「なら、日本で血縁婚が続いていたのは、妻問婚のせいだけじゃなく、血統を純粋化することで特異性を際立たせて、より優秀な人材を輩出しようとした、ってことですか?」

「う~ん、どうかしら……」

 夏芽は、グラスを置いて小首を傾げて考えている。

「日本の場合は、どちらかというと外との交流もしにくいから、必然的にそうなっちゃったってほうが、わたしは妥当な気がするわ。島国だから、版図を広げるよりも統治のほうに重きを置いていて、支配階級の間で血の純粋化を図る必要があったとしてもよ。もし、そんなことを考えてた人がいたとしても、本当にごくごく一部の人たちだけなんじゃないかしら」


 ふと見ると、守の斜向かいにいた皓華がいなくなっていた。

 日本語の会話についていけなかったのか。

 それとも、姿が見えない育を探しにいったのか。


「とにかく――」

 気が逸れた守の注意を引き戻すように、夏芽が語気を強めた。

「中国では、今でも同じ一族の繋がりは物凄く強いのよ。だから、(みん)の時代の親戚だからって、馬鹿にしちゃいけないわ」

「べ、別に、バカになんかしてませんよ」

 どうしてそこに纏まった、と困惑しつつも、守が慌てて言い訳するのを、夏芽はいともあっさりと華麗に無視し、「本当に凄いのよ」ともう一度強調する。

「誰かが困っていたら皆で助けるの。自分が困ってても、誰かが助けてくれるわ」

「今はどうか判んないですけど、昔は日本でもそうでしたよ」

 自分はそんな時代に生きていなかったにもかかわらず、いかにも知っていますと言わんばかりに守が答えると、夏芽は「そうね」と素直に同意した。

「でも、あたしはそれが本当にいいのか、よく判らないの」

「何でです? いいじゃないですか」

「そりゃあ、適度に、ならいいわよ。でも――」

「でも?」

 夏芽は守に、今まで見たこともないような昏い目を向けた。


「いい、守。同族間の結びつきが強いってことはね、それ以外の人には冷たいってことなのよ。同じ一族、同じ仲間、同じ括りに入っていない者に対しては、非常に冷淡だってこと。あたしは人が生きていく上で、それがいいことだとはとても思えないのよ」

「でも、それは仕方がないんじゃないんですか。みんなそれなりに生きていくのに必死なんですから」

 あまりよく考えずに答えた守に、「本当に?」と夏芽の口調が厳しくなった。

「それって、自分たちさえ幸せなら他人が不幸でもいいってことよね。自分たちの利益のためには、他人から搾取しても構わないってことよ」

 それから先は言わなかったが、夏芽の大きな目は「それでも仕方がないのか」と問いかけてくる。


「それに、その括りに入りたくてもそこからはみ出してしまう人もいるでしょう。何処にも所属できない人は、いったいどうすればいいの?」


 そう問われ、守は何も答えることができなかった。

 その時――

 大きな白い雲が通りかかって、一時的に強い陽射しを覆い隠した。


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