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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第七章 乾坤交媾―大周天―(天と地が交じり合う)
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乾坤交媾 大周天 12

大変ご無沙汰しています。まだ見ていただけますでしょうか?

続きを投稿したのでよろしくお願いします。前回の説明回になります。また、歴史に関しては非常にゆるい設定でお送りしています。


今回は、親世代とさらに前の代の名前が出てきます。

丹下家:元生(もとい)=守の父、丹下(あかもと)師叔(ししゅく)=守の祖父。

維名家:(あおい)=育の父、(ゆかり)=育の父方の祖母。

玄明家:櫻子(さくらこ)=育の母、志穂(しほ)=育の母方の祖母。

よかったら参考にしてください。

「あの、『威明(いめい)』って、誰なんですか?」

 白と緑と茶色の居間で守が含明(がんめい)に訊いていた。育と皓華(こうか)は三人がけのソファーに並んで腰を下ろし、真剣な表情で二人の会話を見つめている。



 守たちは街で食事を摂ってから別宅へ戻った。夜の九時過ぎに帰り着き、休む間もなく含明は皆を居間に集めた。

 育がお茶の用意をしている間に、守は虎丘(こきゅう)での出来事を簡潔に話し始める。育がジャスミン茶を配り席に着いた頃には、話は粗方終わっていた。

 そして守は冒頭の質問をした。聴き終わった含明は、守の質問には直接答えず、「まず、話しておきたいことがあるのです」と口火を切った。

「とても古い昔話です。けれどその話の中に、質問のヒントが隠されています」

 含明は、日本語で静かに話し始めた。


「私たちの行っている功法(こうほう)の大本が、(みん)の時代に武当山(ぶとうさん)で成立したことはもう話しました。それは長い時を経て多くの流派に分かれ、その中の一つが私たちの門派になります」

 いつものように含明は、皓華のためにところどころに中国語の解説を加えながら話していく。

「明代の後期、六人の力のある者たちが現れました。優れた功夫(こうふう)を培った彼らは、各各自分の属性である五気の特性を伸ばすことで、ある種の特殊な能力を身につけるに至りました。ですがそれだけでは満足せず、さらなる力を求めて、あるモノと取り引きしたのです。そしてその力を得る代わりに、地球の環境を保全するという大きな役割を与えられました。つまり、地球の『五臓神(ごぞうしん)』になったというのです」


 五臓神。


 守はその言葉を久し振りに耳にした。初めて聞いたのは夏芽と京都で会った時。次は育と再会したあのクリスマスイブの夜だった。

 五臓神とは五臓に宿る神様のことで、四神(しじん)と似た姿ということ。『五臓』といいながら腑の膽神(たんしん)も含まれていること。そして、内丹(ないたん)に関係しているということぐらいしか判っていない。


「それじゃあ――」

 守の言葉に、含明はゆっくりと頷いた。

「『魂庭(こんてい)』というのは五臓神の脾神(ひしん)(あざな)です。あなた方が虎丘(こきゅう)で遇った女性の名は、黄珪沙(こうけいさ)師姐(ししゃ)。六人のうちの一人の子孫です」

「ま、待ってください。その人は、皓華のことを『虚成(きょせい)の名を継ぐ者』って呼んでたんです」

 守が皓華を見ると、皓華は恥ずかしそうに微笑んだ。

「皓華は、肺神(はいしん)の子孫になります」

「じゃあ、オレは? あのおばさん、オレのことを『守霊(しゅれい)』って……」

心神(しんじん)です」

「なら玄明(げんみょう)の『育嬰(いくえい)』は――あっ、腎神(じんしん)、ですね」

 腎神の(あざな)は『育嬰』。修真図にはっきりとそう書いてあった。

「これで四人……後は肝――」

 守は顔を上げ、含明の方へ視線を向けた。

「ま、まさか、含明さんも?」

 含明は珍しく少しはにかんだような表情になって、「母は面倒くさがりなので」と苦笑した。

「私の名は、そのまま肝神(かんしん)の名をいただきました」

「なら五臓神が揃っ――て、ないですね」

「そうですね」

「じゃあ、『威明』っていうのは――」

膽神(たんしん)のことです」



 およそ三百年続いた明の時代が終わろうとしていた時のことだった。中国は満州族のヌルハチが建てた『後金』の国がその孫の代に『(しん)』と改名し、日本は江戸時代になって四十年ほど、鎖国に入ったばかりの頃だった。

 農民を率いて反乱を起こし、洛陽(らくよう)を占領した李自成(りじせい)が、甲申(こうしん)の年(一六四四年)に明の都の北京に攻め入った。時の皇帝、崇禎帝(すうていてい)朱由検(しゅゆうけん)は北京陥落時に自害し、その警護として皇帝に使えていた時の掌門人(しょうもんじん)も殉死した。その後李自成は殺害され、北京は満州族に奪われ、中国最後の王朝である『清』が建てられたという。

 当時、五臓神だった守たちの祖先は、混乱の中、門派の存続のために二手(ふたて)に分かれて行動した。

 生き残った仲間をまとめ、門派の教えを護るために中国に残った者が三人。皇帝の血族の亡命を助け、共に日本へ渡った者が三人。



「六人は別れ際、時を経ても互いに判るように、それぞれに五気の特性を表す姓を名乗るようにしました」

 含明はここで言葉を切ると、耐熱ガラスのコップを手に取って、鎮静作用のあるジャスミンの香りを楽しむように目を閉じた。一口含んで喉を潤す。

「『(もく)』に属する者は、『(かく)』。これは私の祖先です。そして『(きん)』に属する者は、『(しゅう)』姓を名乗りました」

「皓華の祖先ですね」

「そうです。そして『(つち)』の者は、『(こう)』。黄珪沙師姐の一族です。この三人が中国に残りました。そして日本へ渡った者は――」

「『()』の者が『丹下(あかもと)』。『(みず)』の者が『玄明(げんみょう)』。そういうことですか」

「ええ」

「じゃあ、最後の膽神は『木』に関係する名前――」

「ところがそれが違うのです。膽神だけはその法則に当て嵌まっていません」

「どうしてですか?」

「確かに五臓六腑では、陽腑(ようふ)の胆は陰器(いんき)の肝と表裏(ひょうり)の関係にあります。ですから、五行色体表では木に配されているのです。実際初代の膽神も、肝神と同じ一族でした。ですが修真図にもあるように、膽は色こそ青ですが――」

「金の精、水の気――」

 育が続けると、「その通りです」と含明は満足そうに頷いた。


 守は、黒目がちの可愛らしいカメに、黒目がちの可愛らしいヘビが一重に絡んだ修真図の絵を思い出していた。同時に、『膽は金の精、水の気、その色青……』とその絵の横に附されていた説明も。

「なら、会っても仲間だって判らないってことですか?」

「いえ、それが判るのです」

 守の問いに含明ははっきりと言い切った。けれど、なかなかその先を話そうとしない。表情はあまり変わらないが、守には話すかどうか迷っているように見えた。

 やがて――

 含明はゆっくりお茶を口に含むと、迷いを思い切るかのように飲み込んだ。

「膽神の名は『威明』という字と同じ発音、[wei-ming]の異字に置き換えられています」

「じゃあ、日本語の姓を中国語読みすれば――」

「そんな!」

 守の言葉の途中で、育が悲鳴に近い声を上げた。

「それじゃ、あたしの……父が……」

「あ……」

 確かに、『威明』と『維名』は四声こそ違うが同じ発音になる。

(マ、マジかよ……)

 ところが含明は「それは、違います」ときっぱりと育の考えを否定した。

「『威明』が維名の一族の誰からしいということは確かですが、その時の『威明』は、(あおい)さんではなかったはずです」

「どうしてですか?」

 動揺する育に代わって訊いたのは守だった。

「その前に、膽神について少し説明しておきましょう」

 含明はそう言うと、言葉を選ぶように慎重に話し始めた。


「膽神には不明な点が多いのです。何故かは判りませんが、膽神の存在は私たちの間でも秘密裏にされてきました。たとえ五臓神であっても、膽神が誰なのかは知らされることはありません」

「知らないんですか?」

 驚く守に、「ええ、本人と掌門人(しょうもんじん)以外は」と含明。

 膽神であることを口外することは禁じられ、受け継いだ者はまず掌門人に報告してから、誰にも悟られないよう隠棲したという。

「一部の例外を除いては、判明することなく亡くなったと聞いています」

 世の動きによっては状況は大きく変化する。ゆえに膽神の扱いも、その時時に応じた変化を見せた。だが、それでも基本的な部分は変わることはなかった。


「二つ目の大きな戦争が終わった後、膽神を継いだのは、蒼さんのお母さんの(ゆかり)さんでした」

「祖母が……」

「ええ。非常に特殊な例でしたが、紫さんは自分が膽神だと名乗り出たのです」

 紫は、昭和二十年代の半ばから四十年代の前半に事故で亡くなるまで、その任に就いていた。紫が亡くなった時、蒼はまだ中学生だったという。

「順当にいけば、蒼さんが『威明』を継いでいるはずでした」

「『はず』って――」

「判らなかった、ってことですか?」

「はっきりとは。けれど、誰もが膽神は蒼さんだと思っていました」

 五臓神は直系の子孫に受け継がれていく。守が父から、育が母から、その役割を受け継いだように。

 ゆえに、前の膽神が蒼の母なら、その息子の蒼が『威明』を継ぐのは当然のことだろう。


「ですが、おかしいのです。皓華の両親が死んだのは皓華が六歳の時でした。その頃、蒼さんはすでに棄徒(きと)されていたのです」

「『きと』?」

「門派から除名されることです」

 ならば、破門された、ということになる。

「どうしてですか?」

 さらに訊く守に、「私が話してよいのかどうか……」と含明は少し言い淀んだ。

「……もともと、櫻子(さくらこ)さんは元生(もとい)さんの婚約者でした」

「それは知っています」

 母も、夏芽も、育の祖母も、皆口々にそう言っていた。だから、守も自分の父と育の母のことは、いまさら驚いたりはしなかった。

「そうでしたね」

 薄い唇を湿らせるように、含明は冷めたお茶を一口含む。

「当時、お二人はすでに腎神と心神を継承していました。私は鴛鴦(えんおう)の中等部の寮にいたので詳しい事情は知りません。ですが、櫻子さんは元生さんとは結婚せずに、蒼さんと玄明の家を出てしまったのです」

 守の祖父と育の祖母はそんな二人を許さず、蒼を破門したのだという。

「もし、蒼さんが『威明』だったなら、棄徒されたりはしなかったはずです。現に『育嬰』である櫻子さんは、棄徒されていないのです」

「でも、本人以外は誰も知らないんですよね」

 しきりに首を捻る守に、含明は少し眉をひそめた。

「確かに、掌門人の黄師父は中国にいて、蒼さんが黄師父に面会した事実はありません。当時はまだ中国と日本の国交が回復していなかったからです。ですが、日本で門人をまとめていた、守のお祖父さんの丹下(あかもと)師叔(ししゅく)がご存じだった可能性は十分にあります。それに膽神が誰かは知らないといっても、力のある者であればその存在を感じることはできなくはありません。もし蒼さんがまだ『威明』であったなら、やはりそんなことはしなかったでしょう」

「『まだ』?」

「なら、父はその時『威明』じゃなくなっていた、ということですか?」

 守に続いて育が疑問を口にすると「おそらく」と含明は肯定した。

「では、『威明』は誰なんですか?」

 育のさらなる問いに、「さあ」と含明は横に首を振る。

「順番では武志(たけし)ですが、まだ生まれてもいない子供に継ぐことはできないですし、維名の家の者は大戦の被害に遭い、ほとんど残っていなかったと聞いています」

「一時、欠員になることはないんですか?」

 育は可能性を言葉にしたが、含明は「なりませんね」と否定した。

「どんな状況でも、五臓神は必ず誰かに受け継がれます」

「そうですか……」

 暗い顔で俯く育を、気遣わしげに皓華が見る。守は、育と含明の会話が途切れたのを機に、「あのぉ……」と口を挟んだ。これ以上先に進んでしまう前に確認しておきたいことがある。

「オレ、よく解んないんですけど、そもそも『五臓神』って何なんですか?」


 今までの話を総合すれば、集団の中の特に優れた者たちにつける、ただの敬称や愛称でないことだけは確かだった。だからといって今一つ、その実態が掴めない。

 含明はまず、自分もはっきりと理解しているわけではない、と断った。

「それぞれに名前だけでなく、その能力をも受け継いでいくのです。それには能力に見合った役割も附与されています」

 もともと臓腑に宿る五臓神は、体内の、木火土金水の五気を(つかさど)っているとされていた。五つの気を、気の通り道である(けい)(らく)に添って運行、循環させ、五臓の機能を最良の状態になるよう調整しているという。

「五臓の機能を保つこと、それは即ち人体を健康に保つということです。ですが、私たちの場合は人体でなく地球の環境を保全します」

 守は夏芽が言っていた『義務』という言葉を思い出した。守の父と育の母に与えられた役割。それを今、守と育が担っているという。

 けれど――

 守には、自分がその役割を履行しているという実感がなかった。

 というよりも、具体的に何をやるのか判らない。

 そう話すと、

「役割については、個個が認識していればいいことなので、他の者が教わることはありません」

「だいたいのところも、判らないんですか?」

「自分の役割との関係や様様な事象から推察することはできなくはないのですが、それもあくまで推測の域を出ないものです。それに、私にはそれが正しいかどうかの判断が付きません」

 ならば、滅多なことは口にできないということだろう。

「そうですか……」

 守も含明の言い分はもっともだと思うのだが――

(――つか、今、暗に『訊くな』って言ったよな)

 守の頭の中に羅漢堂の帰りに感じた違和感が蘇る。

 それを踏まえ、守が改めて含明に問いかけた。


「含明さんは、『威明』は誰だと思いますか?」

「それは、先程も……」

「いえ、事実じゃなくていいんです。含明さんの推理を聞かせてください」

「推理ですか?」

 守の言葉を繰り返した含明は、酷く困ったような顔をし、冷めたお茶のグラスを手に取った。

「私はこのことについて、何の意見も持ち合わせてはいないのです」

「でも、さっき力のある者なら、感じることができるって話でしたよね。なら含明さんも見当ぐらいはついてるんじゃないですか?」

 多少の煽りを加えて守が訊いた。グラスに口をつけずにテーブルに戻した含明は、あくまでも推測の域を出ない話だ、と強調し、躊躇いがちに口にした。

「確か、蒼さんには弟――」

「その人は違います」

 話が終わらないうちに、守が含明の考えを否定した。

 自ら訊いておきながら即座に否定する。守の不躾な行為に不快の念を表すように、含明が顔をしかめる。

「……何故ですか?」

「オレが聞いた話では、維名の叔父さんは後妻さんの子供で、維名の家の血は引いていないんです」

「あ……そうなのですか?」

 含明が育に視線を向けた。

「はい。あたしは叔父とは小さい頃にしか会ったことがないんですが、確かに父と叔父は母親が違うと聞いています」

「そうですか。なら、弟さんは膽神の血族ではないのですね」

 含明は「変ですね」と肉の薄い顎に手を当て考えている。しばらくして、何かを思いついたのか顔を上げた。

「そういえば、紫さんが亡くなられた時私はまだ五つだったのですが、母がしきりに『おかしい』と言っていたのを憶えています。それが何のことか、今までずっと判らなかったのですが、もしかすると、このことだったのかもしれませんね」

「このこと?」

 訝しげに問う守に「そうです」と含明。

「蒼さんは、一度も『威明』だったことはない」

「えっ?」

「祖母の跡を継いだのは、父ではないと?」

 相次いで声を上げた守と育に、「ええ」と含明は頷いた。

「そうでなければ、あの母が、そんな風に言うはずがないんです」

「では、いったい――」

「誰なのでしょう」

 守の言葉を引き継いだ含明は、そう言ったきり黙り込んだ。


やっと『五臓神』の(あざな)が出せてホッとしております。ここまで長かった。

ちなみに、

脾神は『魂庭』の他に『魂停』とする説が、

膽神は『威明』の他に『威名』とする説があります。


以下、この話だけの独自設定なので、ご注意ください。

*心神の読みについて。

心神だけ『しんじん』と濁るのは、ただ単に作者の好みです。

『しんじん』

『じんしん』

と、対で並べた時に陰陽マークぽい、という単純な理由です。


*師姐の『ししゃ』読みについて。

日本語の読みが見つけられなかったので、自分でが勝手につけました。

『姐』は名詞で使う時の音読みには、『そ』『しゃ』の音があります。ここでは『姉』の意味で使っているので、『姉』の音読みの『し』に近いこと、また『そ』にした場合『師祖』と間違いやすいことを考え、差別化を図るために『しゃ』を採用して『ししゃ』としました。


*『膽』と『胆』の違いについて。

五臓神の時は『膽』、臓器などを表す時は『胆』と使い分けています。

『膽』は[dan]の第三声のみですが、

『胆』は[dan]の第三声以外にも、[tan]の第二声、[tan]の第三声、[da]の第二声 の音があり、音が違うと意味が違う場合があることから、念のために分けました。


最後に私事ですが、旧盆の頃に夏風邪で二週間ほど寝込みまして、ただでさえ衰えていたなけなしの集中力が皆無になってしまい、更新できずに申し訳ございませんでした。

またぼちぼち上げていきますので、引き続き読んでいただけたら嬉しいです。


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