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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第七章 乾坤交媾―大周天―(天と地が交じり合う)
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乾坤交媾 大周天 11

これはあくまでも創作です。

実在の場所で起こった現象は、すべて作者の妄想の産物でしかありません。

虎丘の風景と羅漢堂内部は、記憶を優先して書いてありますので、現在とはまったく違う部分があります。ご了承ください。

*環境、機種によっては表示できない字を使っているところがあります。

 爸爸(ぱーぱー) 『(ぱー)』は、『父』の下に『巴』です。

 守は、あの女の顔だけは忘れていなかった。

 忘れたくても、忘れられるはずがなかった。

 武志を連れて行ってしまった、あの人民服の女だ。

 そいつが今、目の前にいる。

 そして――


 あろうことか、奴は皓華の両親までも手にかけていた。


 勢いよく飛び出してきた守に、女は驚きもしなかった。

 それどころか、その顔に笑みを浮かべると、

「『守霊(しゅれい)』」

 と、言った。

「はぁぁあ? うっせぇぞババァ! わけ解んねぇこと言ってんじゃねえ!」

 猛り狂った猛禽類のように、守は雄叫びを上げた。

「何やったんだよ!」

「何が?」

「この人たちに、何をした!」

「何も」

「はぁあ?」

「わたしではない」

「ウソをつくな!」

 守は、真っ直ぐ前を向いたまま、倒れている男女を指し示した。


「何でこの人たちを殺したんだ!」


 女の顔が真顔になった。

「わたしは、殺してなどいない」

「ざけんな! おまえが――」

 その時――

 後ろから、「媽媽(マーマー)爸爸(パーパー)」と、両親を呼ぶ声が聞こえてきた。

 振り返った守の目に、倒れた男女に取りすがって泣いている、小さな皓華の姿が飛び込んでくる。皓華の傍らには育がしっかり寄り添っていた。

「ほう、『育嬰(いくえい)』もいるのか」

(とぼ)けんな!」

 守の内からさらなる怒りが湧き上がる。

 今にも飛びかからんという勢いに、女は柳眉をひそめて左手を挙げた。

「待て。おまえとやり合う気はない。わたしに仲間を殺す謂われはない」

「仲間?」

「そうだ。この者たちはわたしの仲間だ。『虚成(きょせい)』とその妻を、何故わたしが殺さなければならない」

「あ?」

「わたしが来た時には、もうすでにこの状態だったのだ」

 女は悲しそうに、倒れた男女に視線をさ迷わせた。その悲痛な表情は、演技をしているようには見えなかった。

 ならば――

(本当に仲間なのか――)


「じゃあ、あんたじゃなきゃ、誰だよ? 誰がこの二人を殺したんだ?」

 問われて女は顔を上げた。

 表情が微妙に変化する。

 何を躊躇っているのか、なかなか話し出さない。

「誰だよ?」

 守は強く促した。

「それは……」

 ようやく女は口を開く。

「……おそらくは――『威明(いめい)』」

「あ? 誰だよ、その『威明』ってヤツは?」

 女は質問には答えなかった。けれど、その目はしっかりと守を見据えている。

「『虚成』の名を継ぐ者をよろしく頼む」

「『虚成』って――皓華のことか? なら、あんたに頼まれなくったってちゃんとするさ。それより、オレの質問に答えろよ!」

「詳しくは、『含明(がんめい)』に訊くがよい」

「含明さん? 含明さんが、何を知ってるんだ!」

 その時――

 守の背後から誰かが近寄ってくる音がした。

 足音から察するに、ある程度の重さがある大人だろう。

(育?)

 だが、育とは気配も足取りも違っている。

 背後を取られているにも拘わらず、守の警戒心が働かない。

 どうやらその人物は守もよく知っている人らしい。

「『魂庭(こんてい)』!」

 女に呼びかけるその声も、育のものとは違っていた。

 はっきりとよく通る、凛とした声。

 声の主が守の横に並ぶ。

 守が思わず二度見する。

「皓華?」

 けれどそこにいるのは、泣いていたあの小さな皓華ではなかった。

「含明兄さんが、何を知っているの?」

 正義感の強い真っ直ぐな視線。それが『魂庭』と呼ばれた女に注がれている。

 途端に、女の顔がくしゃくしゃになった。


「皓華。力になれなくて……ごめんね」

珪沙大姐(けいさおばさん)――」


 皓華の意志の強い表情が、子供のものに変わった。

 と――

 溢れる出る涙と共に崩れ落ちる。

 守がとっさに手を出して、その体を後ろから支えた。

 細いが、しっかりした筋肉質の体。

 育のそれとは全然違う。


「逃げて!」


 突然、育が叫んだ。

 途端に、ガラガラという音が耳に飛び込んでくる。

 後ろの塔が崩れ始めていた。

 もうもうと舞い上がる埃に追い立てられるように、育が駆け寄ってきた。

 守は皓華を抱え、育と共に階段に向かう。

 階段を一気に駆け降りる。

 上から大きな欠片が三人を目がけて飛んできた。

()けろ!」

 だが、間に合わない。

 守は、とっさに二人を庇いながら階段の影に身を伏せた。

 覆い被さった守の頭に、飛んできた欠片の一つが――

 直撃した。


     *


 真っ暗な闇の中に、小さな炎がいくつも瞬いていた。

 闇に目が慣れるにつれ、座っている無数の人型が浮かび上がってくる。

 人が立った時の目線よりも少し上。

 きちんと並んだその影は、普通の人よりも一回りは小さかった。


(羅漢堂か……)


「は? 羅漢堂?」

 そして思い出した。虎丘の斜塔が倒れてきて――

 守は起き上がって、石が当たった頭を撫でてみた。痛みはない。どうやら怪我はしていないようだ。

 改めて、最後に一緒だった二人を捜す。

 育は守の直ぐ傍に倒れていたが、皓華の姿は見当たらない。

(ま、当然だな)

 虎丘へ行ったのは守と育だけ。現実の世界では皓華はあの場にいなかった。


 守は育を起こそうと、向こうを向いて横たわっているその肩に手を伸ばした。

 一瞬躊躇した後で手を引っ込め、驚かさないようにそっと声をかける。

「おい。玄明(げんみょう)

 育の反応は――

 ない。

「お~い。……ん? ま、まさか、怪我してんのか?」

 守は目をよく凝らして、近づかずに育を眺めた。何度か角度を変え見てみたが、いくら闇に慣れた目でも、光量不足では細かいところまでよく見えない。

 守はしばらく躊躇ってから、少しだけ育に近寄った。と、微かに規則正しい呼吸音が聞こえてくる。

「う~ん。寝てるだけか」

 とりあえず大丈夫そうだと思ったが、念のため、もう少しよく確認したほうがいいかもしれない。

 守は身を乗り出して育の顔を覗き込む。

 だが角度が悪く、思ったほどよく見えなかった。

 仕方がないので、育の向こう側に手を突き、覆い被さるようにして見返った。

 じっと見ていると、光が白い(おもて)に反射してぼんやり浮き上がってくる。

 浮き出たその表情は穏やかで、苦しげな感じは微塵もない。

 今度ははっきり大丈夫と判断し、守は育から離れようとした。

 ところが――

 網膜に映った、育の無防備な顔から目が離せない。

 去年のクリスマスから三月の間、毎日見ていたものだった。

 揺らめく蝋燭の明かりに、長い睫の影が揺れる。

 (なめ)らかな肌。

 濡れて柔らかな唇。

 そして、その感触の逐一が守の脳裏に蘇る。

 顔が吸い寄せられるように近づいていく。

 眉がわずかに歪んで、合わさっていた唇が薄く開いた。

 サワ、と吐息が頬を掠め、産毛が総毛立つ。

 胸の奥に微かな痛みが走り、鼓動が早く大きくなっていく。

 目の前には、甘く湿った空気が吐きだされた空間。

 甘美な裂け目が、そこにあった。

 唾液に濡れたその奥が鈍く光り、

 七つの星が――


(ダメだ!)


()ーーーーーーーーッ! 守ッ! 見ツケタァァァッ!」


 けたたましい叫び声に、守は反射的に育から体を離した。

 慌てて声の方向を振り返る。

 駆け寄ってくる皓華の姿。その後ろに、男の影。

 含明だ。

 育も気づいて、体を起こした。


「ゴメン。オ邪魔ダッタ、カシラ?」

 意味ありげに目を細め、両手を胸元で握って体をくねらせる皓華に、「別に」と言って守は立ち上がった。

「デモ、守、変ナコトシテタ」

「は?」

「守、育ニせくはらシテタ」

「あ? 違う! 大丈夫かどうか、確かめてただけだろ」 

「ホントニィ? 信ジラレナ~イ。ダテ、上ニ乗テ――」

「皓華! 人聞きの悪いこと言うなよ。暗くて見えなかったんだからしょうがないだろ。声をかけたって起きないしさ」

「ソンナコト、ナイ。せくは――」

「だから、違う、って!」

「皓華、もうそれぐらいにしておきなさい」

 育に手を貸していた含明が、不毛な争いを見兼ねて止めに入った。

「そんなに虐めては、可哀想だよ」

「エーッ。ダテ、守、アタシニ意地悪シタ」

「え?」

 頬を膨らませた皓華は、不満げに守を睨みつけてくる。

「さあ、拝観時間はもう過ぎてますから、とりあえずここを出ましょう」


 外は人の気配もなく、ひっそりと静まり返っていた。陽はすでに落ちたようで、宵闇色に染まった石畳の境内は、羅漢堂の中よりもずっと暗かった。

 先頭を、皓華が先導するように歩いていた。軽い足取りを見る限りでは元気そうだ。反対に、続く育の後ろ姿はどこか寂しそうだった。

 守は、育に近づいて声をかけた。

「維名のこと、訊けなくてごめんな」

 育は首を横に振った。

「やっぱり、あんたもあそこにいたんだ」

「ああ」

「たぶん、あの人、知らなかったと思う」

「何で?」

「あの時代なら、まだ武志はいなくなっていないもの」

「そっか、そうだよな……」

 守は妙に納得した。

「なあ、あれってさ、やっぱ、過去の情景だったのか?」

「あたしは、皓華の心の中だったんじゃないかと思う」

「え?」

「あの塔は、皓華の心の中のシェルターで、両親の死を直視できなかった皓華が、逃げ込んでいたところとか」

「あ……」

 ならば娘を護るために、皓華の親が結界(シェルター)を作って、あそこに閉じ込めておいた可能性もある。

 守がそう話すと、「うん、そうかも」と育。

「だから、自分だけでは出られなかった――」

「じゃあ、オレたちを呼んだのは、皓華なのか?」

「含明さんかも」

 育が後ろを振り返る。そこには、いつもと変わらぬ含明の姿があった。

「気にかけてくれて、ありがとう」

 育は、先を行く皓華の後を追いかけた。


 木木の合間から街の明かりが垣間見え、守の耳に、今まで聞こえなかった様様な音が聞こえ始めていた。昼間ほどではないがシャアシャアと途切れなく鳴くセミの声。その中には秋の虫の音も交じり始めている。

 やはりもう夏は終わるのだ、と守はしみじみ思った。


「賑やかですね」

 含明が話しかけてきた。

「セミ、ですか?」

「空もですよ」

「え?」

 見上げると、綺麗に晴れ上がった空いっぱいに数多の星が瞬いていた。

 キラキラ輝く満天の星。

 東京や上海では見ることができない星星が、台風が過ぎ去った秋の夜空に浮かび上がっている。

 そういえば、ここに来てから夜の空を眺めたことはなかった。

 いや、こんなのは、富士の裾野で行った空手部の合宿以来だ。


「皓華は、もう大丈夫なんですか?」

「ええ。あなた方のお蔭です」

 含明は軽く頷くと、ニッコリと微笑んだ。

「知ってましたか? あの丘は、闔閭(こうりょ)を埋葬した三日後に白いトラが現れて、墓の上に蹲ったことから虎丘と呼ばれるようになったのですよ」


(やっぱり、含明さんなのか……)


 守は不意に立ち止まった。

 含明が数歩先で振り返る。

 何かが引っかかったが、それが何なのかは判らない。

 守は、もう一度空を振り仰いだ。

 星座の名前はよく知らない。

 けれど――

 北の空に輝く北斗七星だけは、迷うことなく見つけられた。


2016/10/12

明らかにおかしい描写があったので訂正しました。

いくら立秋でも、秋の虫が賑やかなほど鳴くことはありませんでした。

申し訳ございません。

ついでに細かい部分、言い回しとかも修正してあります。

内容の変更はございません。

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