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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第六章 坎離交媾―小周天―(水と火が交じり合う)
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坎離交媾 小周天 4

坎離交媾2~5まで説明回です。

*似非科学要素あり。

*個人研究が多分に含まれていますので、通説とは違う場合があります。

どうぞ、ご注意ください。

 すでに、時計は昼の二時を回っていた。

 席を立って部屋を出た夏芽(なつめ)は、コーヒーとシュークリームの載ったお盆を携えて戻ってきた。まだいてもいいか、と女将に断りを入れに行ったら、おやつをサービスされたらしい。

 夏芽は、香り立つコーヒーを何も入れずに一口含み、シュークリームを頬ばった。すぐにその可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべる。

「やっぱり美味しいわ。火と水は相剋(そうこく)の関係だけど、協力し合うとこんなに美味しい物もできるのね」

 うんうんと夏芽は独り()ちして満足そうに頷いている。コーヒーに砂糖とミルクを入れながら、(まもる)はさっきの夏芽の言葉を考えていた。


 夏芽は、『煉丹(れんたん)』は仙人になる方法の一つで、動かずじっと座っている、静功(せいこう)を用いると言っていた。

 (いく)との会話に『煉丹』の話が出てきたのは、玄武が何故『(メス)』と『(オス)』の混合形なのかということに起因している。それについては簡単に説明できない、と育が言っていたと話すと、確かに、理解するにはもう少し『陰』と『陽』の関係について知る必要がある、と夏芽も言った。


「さっき武術は『人を殺すために発展した』って話をしたでしょう」

「はい」

「それはね、いわば武術の『陽』の部分なのよ」

「ってことは、『陰』の部分があるってことですよね」

「そうよ。(まもる)くんは、鍼灸(しんきゅう)で使う『(つぼ)』のことは知っているでしょう」

「体の各所にあるポイントのことです。武術でいう急所ですね」

 そこまで言って、守は「あっ」と声を上げた。

医家(いか)などで鍼灸の治療に応用されているのが、武術の『陰』の部分……」

 死をもたらす毒も適量なら病気を治す薬になるように、人を殺す『殺法(さっぽう)』も、使い方によっては人を生かす『活法(かつぽう)』になる、ということなのだろう。

「そうよ。太極拳だって、今は武術というより健康法として行われているほうが、一般的でしょ」

「確かに。でも、何だか陰陽が逆のような気もしますけど」

 すると「あら」と夏芽は露骨に眉をひそめてみせた。

「『陽』が『善』で『陰』が『悪』と単純に考えるのは間違いだわ。陰陽は状態を表しているだけで、ものの『善悪』や『優劣』とは関係ないの。だから、『陽』がプラスだからって、『陰』をマイナスって決めつけたらいけないのよ」

 夏芽の声には、珍しく少し怒ったような響きがあった。


「本当の『陰』は、二進法の『0』のようなものだ、と言われているわ。『陽』が『1』で『陰』が『0』。これは『動』と『静』で考えると解りやすいと思うの」

 夏芽は、『動』というのは『動中の動』、『静』というのは『動中の静』のことで、この世の中には、絶対の静止というものは存在しない、と言った。

「どうしてですか?」

「何で地球には昼と夜があるのかしら?」

「それは、地球が自転して――あ~あ、なるほど。乗ってる土台そのものが動いているってことですね。自転することによって昼夜が生まれ、公転することによって四季が生まれる。つまり、時も流れている、と」

 夏芽は、肯定するようにニッコリ微笑んだ。

「地球上で普通に生きている限り、この世の中に絶対の静止は有り得ない。だから『静』は『動中の静』よ。もっと突きつめていうのなら、『動の最も動いていない状態』を『静』っていうの。そして――」

「陰陽の『陰』は、マイナスでなくてゼロ、ですね」

 すると夏芽は困ったような顔で、「そのゼロはどっちのゼロ?」と聞いてきた。

「はい?」

 さらに首を傾げる守に、二進法の『0』と『1』は便宜上つけられたただの記号で、『A』と『B』とか、『あ』と『い』とかにも、置き換えられるものだと思っていた、と夏芽は話した。

「だからわたし、二進法の『0』には『無』という意味はない、って思ってたの。でもコンピューターで使っている二進法って『1』が『オン』で『0』が『オフ』の意味でしょう。だから今、実はちょっと困っているの。だって『0』が『オフ』なら本来の、何もない『ゼロ』って意味も含まれてしまうもの。けれど『静』は『動の最も動いていない状態』だから、止まってはいないの。つまり『陰』はマイナスだけじゃなく、ゼロにもならないはずなのよ。それに中間がなくて必ず『1』か『0』のどちらかっていうのも違う気がするし。だから『陰』と『陽』を二進法に当て嵌めるのは、ちょっと乱暴かな、って思うわけ」

「はあ……」

 守の返事に上手く伝わっていないと気づいた夏芽は、「説明が解りにくくてごめんなさいね」と謝った。

「とにかく、わたしは『陰』は何もない『ゼロ』とは違うと思っているの。例えばオモチャのブロックがあるとするでしょう。『陰』は作る前のブロックで、『陽』は完成したもの、って感じかしら。全部使って組み立てて単品のブロックを使い切ったとしても、その存在が完全に無くなるわけではないわよね。組み立てた物の中に残っていて、ばらせばまた使うこともできるでしょ」

「なら、見た目の状態が変わっても、変わった物の中に内在している、ってことですよね。組み立てる前も後もブロックそのものの総量は変わらない――、ん?」

 総量が変わらないという言葉から、守の頭の中に真っ先に浮かんだのは、物理学でいうところのエネルギー保存の法則だった。方程式など一切記憶にないにもかかわらず、保存力が働く場合、位置エネルギーと運動エネルギーの和は、常に一定になる、という概念は守の頭の中に今も残っていた。

 ならば閉鎖系である、太極の中の『陰』と『陽』は、エネルギー保存の法則の、位置エネルギーと運動エネルギーの関係に近しいのかもしれない。

 そう話すと「なるほど」と夏芽。それについては自分でも考えてみるという。


 去年の夏に香子(きょうこ)にさんざん説明されてやっと覚えた概念が、まさかこんなところで役に立とうとは。何が何処でどう繋がっているのか、本当に判らない。

 その時――

 守の脳裏に、真面目で几帳面そうな男の姿が浮かんだ。

 その隣には、明るく元気な皓華(こうか)の姿も。

 もう三月以上経つというのに、皓華からはまだ一度も連絡はない。

 それは、ただ単純に武志(たけし)がまだ帰って来ていないということを意味していた。

(ホントに、何処に行ったんだよ――)

 守は、心の中で何処にいるとも判らない武志に声をかけると、さらに迷いそうになった思考に気づいて、強引に引き戻した。そして改めて『()』と『()』という、二つの技術について考えを巡らせた。


 夏芽曰く、物事には必ず『陽』と『陰』という二つの側面があり、動的に大きく作用するのが『陽』で、小さく作用するのが『陰』ということだった。また、それ自体にものの善悪や優劣は関係しないという。そう考えるのなら、武術が『陽』で、医療が『陰』という夏芽の主張も頷けた。

 守は俄然興味が湧いて、他にも武術の理論が武術以外に応用されることがあるのか、訊いてみた。夏芽は思案しながらも「ちょっと違うかもしれないけど――」と口を開いた。

「正直に言えば、『武』と『医』のどちらの技術が先か、わたしには判らないわ。例えば今の中国武術の基礎は、中国に本当の仏教を流布するためにインドから渡ってきた、菩提達磨(ぼだいだるま)が伝えたという説があるのよ。さっきも言ったけど、『それ』は初めは戦うためのものじゃなく、心身を強くするためのものだといわれているの。守くんは『面壁九年(めんぺきくねん)』って言葉、聞いたことある? 一つのことをやり続けて、やり遂げる、って意味よ」

 達磨大師が何年もの間、壁に向かって坐禅(ざぜん)を組み続け、悟りを開いた故事からできた言葉で、多くの解説が『九』は言葉どおり九年間としているが、自分は、具体的な年数というよりも、『とても長い間』という意味だと思う、と夏芽は言った。

「達磨大師の修行はとにかく厳しくて、多くの人々が耐えきれずに脱落していったの。だからまずその前段階として、修行に耐えうるだけの、精神と肉体を造るために少林寺の人々に教えた強健術(きょうけんじゅつ)、今でいう気功(きこう)の一種が武術の元だといわれているのね」

「気功、ですか……」

「『易筋経(えききんきょう)』っていうの。『易筋』は直訳すれば『(すじ)を変える』よ」

 ちなみに『易』は、『えき』と読む時は『変える』の意で、『い』と読む時は『簡単』の意味だ、と夏芽は補足した。

「『(きん)』の本義は、筋肉ではなくて『すじ』よ。つまり骨と筋肉を繋ぐ『(けん)』や、骨と骨を繋ぐ『靭帯(じんたい)』のことね」

 日本でいう筋肉は中国語では肌肉といった。『筋肉』という言葉もあるが、厳密には、肌肉とはイコールで結ばれないという。

「たぶん、中国語の『筋肉』には、腱も含まれてしまうんだと思うの」

 そして夏芽は、『筋』の字に竹冠がついているのは、肉の『すじ』が竹の『すじ』に似ているからだと言い、『説文解字』には『肉の力なり』とあるが、これは『すじ』が力を発する器官というよりも、軟らかい肉の形を支える骨格のようなもの、と考えられていたのではないか、との自説を展開した。

「ってことは、『筋』が腱で、『肉』が肌肉。『筋肉』は腱と肌肉の総称ってことですね。なら、『易筋』の『(きん)』には筋肉は含まれていないんですか?」

「それがねぇ……」

 そう簡単にいけば苦労はしない、と夏芽はため息をついた。

「とある武術家は、『(きん)』は『腱』や『靭帯』だけでなく、関節周りの細かい筋肉や血管も含まれていると言っているの。それに、腱は筋肉と繋がっているわけだから、当然影響はあるわよね」

 そして夏芽は、「正確には違うんだけど」と前置きし、『易筋経』の実際の動作は、呼吸法とストレッチ要素を含んだ体操のようなものだと言った。

「体操なら、『易筋』は骨格を整えるみたいな感じですか?」

「骨格の矯正は『易骨(えきこつ)』よ。武術でも気功でも、まず『易骨』から始めて、その次が『易筋』ね。そうしないとケガをするのよ」

「ケガ?」

「簡単にいえば武術って、大きな力を伝えることで、相手にダメージを与える方法でしょう。例えば人を殴る時って、使っているのは腕の筋肉だけじゃないわよね。腰のひねりとか足の踏み込みとかで背中や足の筋肉も使うでしょ。つまり――」

「力は体の中を伝わって来る」

 十の力を途中でロスすることなく十伝えるには、骨格が正しい配置になっているだけでなく、『すじ』の強さが必要だ、と夏芽は言った。

「人間の体って、背骨がS字状になっていて関節にも軟骨があるわよね。脳に直接衝撃、つまり力が伝わって壊れないように、途中で力を吸収するよういろいろ工夫されてるの。だから普通の状態では、力を伝えようとするとロスが大きいわけ」

「なら、武術はそれを効率よく伝える技術、ってことですね。具体的には、関節を固めることでクッション機能を弱めて、力の伝導率を上げる」

「効率だけでなくスムーズさも必要だわ。それが速さと勢い、ひいては破壊力にも繋がるの。でも骨格が歪んでいると、力がスムーズに流れなくて、問題がある個所に引っかかるんだと思うわ。普通はそこでクッション機能が働いて吸収してくれるんだけど――」

「力を伝えるために関節を固めていれば、その機能は使えない。骨格の歪みって、骨と骨の繋ぎ目がズレているってことですもんね。なら、モロに問題がある個所に負荷がかかってケガをする。そういうことですか? それを防ぐためにも、骨格の矯正の『易骨』と関節周りの強化の『易筋』をしろ、と」

「そうね。西洋的なトレーニング方法では、骨と筋肉は強くできても、『すじ』は強くできないとも言われているわ」

「でも、『易筋』は『筋』を強くできる――」

「そういうことになってるわ。そして『易骨』『易筋』で体を整え終わったら、次に静功の『洗髄(せんずい)』を行うの」

「『せんずい』?」

 漢字を聞いても、何を行うのか、守は想像できなかった。夏芽に視線を向けると「実はわたしもよく解らないんだけど――」と気弱な感じで話し出す。

「『洗髄』は『神経の訓練だ』って言った人がいるの。『洗髄』の説明を読むとね、『体が軽くなる』っていう言葉が出てくるのよ。その人曰く、神経の反応速度を上げる訓練を行うと、体を滞りなく(なめ)らかに動かせるようになるから、『体が軽くなる』って感じるんだろう、ってことだったわ」

 ならば『易骨』『易筋』『洗髄』は、簡単にいえば、体を調え、人間の運動能力を上げる訓練ということになるのだろう。武術だけではなく、人間の生活のあらゆる面で活用することができるということだ。それに達磨大師はインド人で、インドから持ってきたとあるのなら、『易筋経』の元はヨガだった可能性が高い。

「やっぱ、平和利用が先なんですかね」

「建前上は、ね。卵か鶏か、じゃないけど、本当はどちらが先かは判らないわ」

「えっ、どういうことですか?」

 少林寺があるのは西安(せいあん)の近くだった。西安は(しゅう)を初めとした多くの王朝の首都になった街で、長安(ちょうあん)以外にも様々な名で呼ばれていたという。

「つまり、西安は取ったり取られたりを繰り返してきたわけよ」

「それで戦争のために開発された『兵器』ですか。武術のほうが先だった、と」

「可能性はあると思うの。最初は民間で開発された、命を護るための技術だったんじゃないかしら」

「それが、不殺生を謳う寺院に入って変わったんですか? だから、少林寺の武術は殺さずに動きを封じる技がたくさん残ってる。で、ヨガの技術と合わさって平和利用の『易筋経』にもなった――」

「まあ、あくまでも『可能性がある』ってだけなんだけどね」


 夏芽は小さく肩を竦めてから、コーヒーを一口口にした。守もシュークリームにかぶりつく。「とにかく」と夏芽は、逸れていた話を戻した。

「仏家でも道家でも、最初はどうあれ、動かずにただ座っているだけでは最終目的に到達できないのは確かだと思うの」

 ここで夏芽は、仏家の最終目的は悟りを開いて仏になる『頓悟成仏(とんごじょうぶつ)』で、道家の最終目的は道を得て仙人になる『得道成仙(とくどうせいせん)』だ、と差し挟んだ。

「なら、仏家も道家も最終的には人を超えた人、つまり『超人(スーパーマン)』になることを目指していた。その『超人』の呼称が、仏家は『(ほとけ)』で、道家は『仙』だった。そして、その方法が坐禅(ざぜん)だと――」

「静功ね。坐禅だと仏家だけって感じで、範囲が狭くなるから。あと似た言葉なら瞑想があるけど、好まれてはいないわね。たぶん『想』の『願い思う』がダメなんじゃないかと思うのよ」

「あ――」

 コーヒーを飲みながら、守は上海で含明から聞いた話を思い出していた。

 確か含明は、『問題なのは考えが浮かぶことではなく、浮かんだ考えを発展させることで心が動いてしまうことだ』と言っていた。そして『人によっては解決しようのない問題にまで辿り着き、堂々巡りになってそこから動けなくなってしまう』とも。

 だからこそ、心を動かされないよう、何も考えないことが大切なのだという。


「それで、座ってるだけじゃダメだから、体を動かすための『易筋経』ができた。健全な精神は健全な肉体に宿る、ってことですか? そういえば『性命双修(せいめいそうしゅう)』もそんな話だっ――」

「あら、『性命双修』を知ってるの。なら、話が早いわ」

 夏芽は意外なところに喰いついて、いきなり本題に突入した。


『陰』が0にならないのは、とある雑誌に「『陰』が0になると陰陽が分離してしまう」みたいなことが書いてあったので、その説に準じています。

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