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そらつかい『虚』  作者: カルヰアオ
第六章 坎離交媾―小周天―(水と火が交じり合う)
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坎離交媾 小周天 2

坎離交媾2~5まで説明回です。

*似非科学要素あり。

*個人研究が多分に含まれていますので、通説とは違う場合があります。

どうぞ、ご注意ください。


「それで、何があったの?」

 食事を終えると、(まもる)の正面で、その食べっぷりを感嘆しながらも半ば呆れ顔で見ていた夏芽(なつめ)が訊いた。

「な、何がですか?」

 質問の意図を推し量るように守が聞き返す。

「今日、駅で守くんを見かけたでしょ。その時、前に会った時とちょっと違うなって感じたのよ」

「えっ?」

「無茶して、彼女に振られたのかな?」

「何で……」

「だって、ダウンの背中に、土、ついてたし――」

 守はここに上がる前、玄関先で夏芽に上着を脱ぐように言われたことを思い出した。夏芽はそれを受け取ると、裏地が表になるよう軽く畳んで返してきた。何かの礼儀作法と思ったが、乾いた泥を落とさないための配慮だったらしい。

 自分の思慮のなさに、スッと血の気が引くのが判った。

「す、すみません。気づかなくって」

「大丈夫よ、そんなに慌てなくて。ひどく汚れてたわけじゃないもの。ねえ、そんなことより――」

 夏芽の目が三日月型に細められた。

「あたしね、守くんが無理やり女の子を押し倒したとはとても思えないんだけど」

「あ、当たり前です!」

 勢いよく答えたものの、守は自分がそうしていないとの確信を持てずに、悩んでいたことを思い出した。戸惑う守を見て、「でしょ」と満足げに夏芽は頷いた。

「だから、『何かあったんじゃないかな』って思ったわけよ」

 大きな瞳が、獲物を見つけた鳥のようにキラキラと輝いている。守は、低く唸って観念するとポツポツと話しだした。

「その……夏芽さんは、不思議な話って信じるほうですか?」

「そうね、話の内容にもよるけど。まあ『科学で証明できないから、真実じゃない』なんて、無粋なことは言わないから安心して」

 その言葉に力を得て、守は昨日からの一連の出来事を夏芽に話した。

 もちろん、自分に都合の悪いヤバそうな事実は除いてだが。


「何が何だかさっぱり解らないんです。夏芽さんは、どう思いますか?」

 守は一気に話し終え、困惑している旨を夏芽に伝えた。呑気な様子でほうじ茶を啜ってから、夏芽はゆっくりと口を開く。

「守くんが閉じ込められていた場所がどこなのか、っていうのは判らないけど、『玄武(げんぶ)』についての説明ならしてあげられるかな」

「本当ですか。じゃ、簡単に。ついでに『れんたん』もお願いします」

 守が拝むように夏芽に手を合わせると、夏芽は「止めて」とばかりに、顔の前で右手をヒラヒラと動かした。守は両手を引っ込めると姿勢を正し、神妙な面持ちで夏芽が話しだすのをじっと待つ。

「確かに、(いく)って()が言ってたように――」

「待ってください。夏芽さんは、あいつが実在すると思うんですか?」

「そうよ。どうして?」

「それは――」

 当然、と言わんばかりの夏芽の口調に、守は反論することができなかった。

「すべてが守くんの妄想や幻覚なら、『玄武』や『煉丹(れんたん)』って言葉そのものを知ってなきゃならないじゃない」

「けど、聞いてなくても目に触れていれば――」

「確かに『玄武』はゲームにも出てくるし、玄武岩があるから、言葉だけなら知ってる可能性は高いわよ。でも『煉丹』って言葉は一般的ではないでしょう。実際どういう字を書くのか知らなかったのよね」

「そ、それもそうですね……」

 守が納得したのを確認し、夏芽は話を先に進めた。

「『玄武』にしろ『煉丹』にしろ、確かに一言で言うのは難しいわ」

「はあ……」

 情けなさそうに答える守に「『陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)』って知ってる?」と夏芽が訊いてきた。その言葉は、何かの教科書に載っていたような気がする。

「確か、東洋思想の原理原則ですよね。でも細かいとこまではちょっと……」

 守の答えに、夏芽は思案するように小首を傾げ、「『陰』と『陽』の説明からしたほうがいいかしら」と独り言のように呟いた。

 夏芽の話によると、『陰』と『陽』は、最初は日蔭(ひかげ)日向(ひなた)のことだったという。

「日が蔭っている所が『陰』で、日が当たっている所が『陽』なの。でも時代が下がるにつれ、いろんな意味が付加されてくるのよ。今は、『陰』は女性原理、『陽』は男性原理ということになってるわ」

 守は、『鴛鴦(えんおう)』は『陰陽』のスラング、と母が話していた時のことを思い出した。あの時母は、何故オスの『(えん)』が『陰』で、メスの『(おう)』が『陽』なのかを不思議がっていたのだが、守は母が不思議がることのほうが不思議だった。

(そっか、反対なんだ)

 それを疑問に思わないほど、自分は何も知らないのだ。先は果てしなく遠いと気づいて、守は気分が重くなった。

「解りにくい?」

 考え込む守に、夏芽が訊いた。

「簡単な方向でお願いします」

 守が重ねて頼むと、「そうね」と夏芽が小首を傾げる。

「簡単に言えば、『陰』と『陽』っていうのは、ものの性質を表しているの。この世の中のすべてのものは『陰』と『陽』に分けることができるのね。っていうか、分けちゃったのよ。『陰陽』に」

 ざっくばらんにそう言って、夏芽はいくつか例を上げ始めた。

 天が『陽』で、地が『陰』。

 日が『陽』で、月が『陰』。

 男が『陽』で、女が『陰』。

 左が『陽』で、右が『陰』。

 前が『陽』で、後ろが『陰』。

 胸が『陽』で、腹が『陰』。

「それから、ものだけでなく現象や状態にも『陰陽』はあるのよ」

「現象や状態?」

「そうよ。例えば――」

 明るいが『陽』で、暗いが『陰』。

 熱いが『陽』で、冷たいが『陰』。

 動が『陽』で、静が『陰』。

「それから人の生死なら――、生が『陽』で死が『陰』になるわ。でもその境目ははっきりとしていないの。つまり、『陰』と『陽』を完全に分離してしまうことはできないのよ。単純な二元論(にげんろん)にはならないってことね」

「どうしてですか?」

「守くんは、お湯と水の境目って何度だか知ってる?」

 突然の問いに、守は腕を組んで「う~ん」と唸った。

「体温より高ければお湯で、低ければ水、ですか?」

「ありそうな話だけど、そうやって客観的に割りきっていいのかしら。わたしは、『お湯』か、『水』かっていうのは実に主観的な問題だと思うのよ」

 熱いとか冷たいとかは、それ自体が主観的なものだ、と夏芽は言った。

「まず、人それぞれに体温が違うし、体感温度も違うでしょ。同じ人でもその時の状況や状態によって感覚は変化するわ。特に冬場のお風呂なんか、手で温かいと感じても、体は冷たいって思うこと、よくあるじゃない」

「温度計は温度を表示するだけで、熱いとか(ぬる)いとか冷たいとかの判断まではできない。そういうことですか?」

「そうよ。判断するのは人間のほう。だから何度からがお湯で何度からが水、みたいには言いきれないと思うの」

「『区別はあっても、境はない』ってことですね」

 夏芽は大きく頷いた。

「でも、天と地、男と女には、はっきりとした境界がありますよ」

 反論する守に、夏芽は「そうかしら」と疑問を呈した。

「じゃあ、宇宙と地球の境はどこ?」

「え?」

「宇宙が天で地球が地。でも地球って地面のことだけじゃないわよね。なら人間が生活している空間も地球? それとも空気のある成層圏までが地球かしら? けど地上に住んでるわたしたちから見たら、成層圏は完全に天でしょう」

「じゃあ、男と女は?」

 挑戦的に守が訊いた。

「男女もそう。人間の性別を決めるのは、体の見た目の特徴だけじゃなくて、染色体と脳の性別も必要らしいわ。特に今は脳の性別、つまり心の部分を重要視してるじゃない。体や染色体が男性でも、心が女性と自認していたら、やっぱりその人は女性なのよ」

 夏芽は「あたしの友人にも何人かいるわ」と付け加えた。

 守も、テレビなどで男女の中間に位置している人たちが存在していることは知っていた。昔は選ばれた者として、神に仕えることも多かったという。

「それに三つの性別が揃っている人だって、男性の体には女性ホルモンが、女性の体には男性ホルモンが存在してるはずよ」

「なるほど。でも、右と左は違うでしょう?」

 右と左の間には、必ず中央という境界線が存在する。

「右や左だって同じよ。まず最初に『自分から見て』という前提が必要だわ。その前提がなければ、右と左はイコールなのよ」

「はぁ?」

 守は意味が解らなくて聞き返した。すると、夏芽は左手で自分のおしぼりを左側へ移動した。

「これは、守くんから見たらどっち?」

「右です」

「でも、わたしから見たら?」

「左です」

「ね。守くんの『右』は、わたしの『左』。だから右と左はイコールなの」

 守はキツネにつままれたような、あるいはタヌキに化かされたような顔をした。夏芽は、そんな守を見て明るく微笑む。

「というわけで、『陰』と『陽』にははっきりとした境界はないの。それは納得してもらえたかしら?」

「ま、待ってください。人の生死はどうですか。生と死には、はっきりとした境界がありますよね」

「例えば?」

「『例えば』?」

 聞き返され、守は不思議そうに首を捻った。そんなことは、わざわざ言うまでもないはずだ。

「心臓が止まれば、死です」

「でもそれって、あくまでも医学的な肉体の死でしかないんじゃないの?」

「えっ?」

「確かに心臓が停止して、血液が体を回らずに酸欠状態になってしまえば、人を構成している細胞も死を迎えるわ。でも心臓が止まったからといって、すべての生命活動が停止してしまうとは限らないでしょう」

 守は疑わしそうに「どういうことですか?」と訊く。

「人の体にはいろいろな細菌が住んでいるもの。その細菌の中には、人が死ぬことによって活発に増殖を始めるものもいるわよね」

「でも、細菌は人じゃないでしょう」

「あら、乳酸菌などの善玉菌や酵素は、普通に生きていく限り、人には必要不可欠なものよ。それに常在菌は内分泌の分泌にも関係しているから、人の感情や考え方にも影響があるというわ。なら人の中に住み着く細菌も、人の一部と考えるべきじゃないかしら」

「それって屁理屈っぽいですよ」

 守の抗議に「やっぱり?」と夏芽は素直に受け入れた。どうやら途中から、自分でも『ちょっと』と思っていたらしい。

「じゃあ臓器移植は、どう? 心臓が止まって本人が死んでしまっても、他の人に移植されれば臓器は生き続けるでしょ」

「パーツだけじゃ。個人の人格はなくなってしまうわけだし」

「でも、記憶は残るっていうわよ」

 夏芽は、臓器移植をされた人の中には、嗜好(しこう)が変わったり、自分の記憶でない他人の記憶を持つ者がいると話した。

「本当ですか?」

「研究中らしいけど、人の記憶は脳だけにストックされているわけじゃないみたいね。それに――」

「はい」

「肉体が死を迎えたら、(こころ)も死んでしまうのかしら?」

 夏芽のその問いに、守は答えることができなかった。


 守は人の形をした幽霊を見たことはない。だからと言って、その存在を語るものすべてが、思い違いや作り話だとは思っていない。

 夏芽が言うように、科学で証明されていないからといって、この世に存在しないと考えるのは早計のような気がする。

 でなければ、あの黒い『靄』は――

 守が渋々ながら頷くと、夏芽は満足そうに微笑んだ。


例えが適切でない、理屈が通っていない等、いろいろ至らない点があると思いますが、これが精一杯でした。


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