第8話 見てないふり
第8話 見てないふり
みしろが風呂に入っている間、気を紛らわすためにテレビを付けた。
天気予報を見るために、地方局のニュース番組を流しておく。
画面では、あの踏切に近い民家の件が報じられていた。
警察の発表によると、『築八十年の古民家が老朽化によって倒壊したものとみられる』としか扱われていなかった。
続いて流れたあの川沿いの事故も、『道路への野生動物の飛び出しを避けようとした可能性がある』と報じられている。
結局、世間は自分たちが理解できる範囲の理由をつけて、強引に納得しているだけだ。
……俺だって、昨日まではその中のひとりだった。
「このまま……見てないふりはできない!」
知らずのうちに、声が口から漏れていた。
「何のこと?」
突然、真後ろから聞こえたみしろの声に、息が止まりかけた。
「光司、何を見てないふり?」
「ち、違う! 勘違いするな。俺は覗いたりしてないからな!」
振り返ると、ノースリーブにショートパンツ姿のみしろが首を傾げていた。
まだ、乾いていないその髪は、いつもより色濃くグレーの美しいグラデーションを描いている。
目のやり場に困り、俺は背を向けたまま言葉を続けた。
「……あいつらが出てくる場所を、特定できないか?」
「見つけてどうするの?」
「出てこれないようにするとか……」
「どうやって?」
「石を積んだりして重しにするとか……」
みしろは静かに歩み寄ると、テーブルを挟んだ正面に座った。
そのままテーブルに肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せる。
「おもしろいわね」
「……馬鹿にしただろ?」
「してないわ、明日、光司が帰ってきてから見にいきましょ」
翌朝、留守番のみしろを家に残し、仕事へと出勤する。
冷蔵庫のものは勝手に食べていいと言っておいたが、どうにも心配でならなかった。
——ちょっと天然な性格だけど、いい年頃の女の子なんだから……。
そう自分に言い聞かせるようにして車を走らせる。
職場までは渋滞もなく、車で二十分ほどで着いた。
静かな田舎でのこんな暮らしにどこか憧れてはいたのだが、あのよく分からない化け物のせいで平穏な理想が崩されかけていることに、腹が立ってきた。
——なんとか、あの化け物を鎮める方法を考えなくては……。
そんなことばかりを考えながら、なんとか終業時間を迎えた。
結局、一日中仕事が手につかなかった。
急いで帰宅すると、居間からみしろがひょっこり出てきた。
「昼飯、ちゃんと食べたか?」
「食べたわ、色々あったから」
「そんなに色々ないだろ?」
不思議に思いつつ台所に向かうと、流し台には数種類の野菜と、立派なスイカや梨がゴロゴロと置かれていた。
「みしろ……まさか……」
「隣のおばさんが、持ってきてくれたのよ」
「そうか……」
一瞬でも盗みを疑ったことを、心の中で彼女に素直に謝った。
「それで……ここに居ること、何か言われなかったか?」
「『一緒に住んでるのか』って聞かれたわ」
「な……なんて答えたんだ」
彼女の答えを聞く前に、とてつもない不安が襲ってきた。
「『寝たり、お風呂入ったりしてます』って答えておいたわ」
「やっぱり……聞くんじゃなかった……それは、他人に言っていいことじゃないからな」
「どうして?」
「普通は言わないんだよ」
「でも本当でしょう?」
天然なのか羞恥心がないのか分からない彼女の言葉に、俺はそれ以上は何も言えなかった。
夜、夕食を済ませた後、俺は懐中電灯を手に敷地の奥にある蔵に向かった。
あの化け物に対抗するため、何か武器になりそうなものを探すためだ。
埃っぽい蔵の壁際に、先端が平らになった少し錆びた真っ直ぐな鉄のバールが数本立てかけられていた。
長さは一メートルほど。振り回すには少し重いが、突くことも叩くこともできる。
「……これでいいか」
手に伝わる鉄の冷たさとズッシリとした重み。
こんなもので怪異に対抗できるのかという不安を打ち消すように、俺は強く握りしめた。
ふと脇の箱の上に置かれた一冊の古い冊子に目が留まった。
この家に来てすぐ、祖母の遺品整理をしていた時に見つけた『曽祖父の手記』だった。
——書かれていた『山』『鋸』『沼』『トンネル』の文字が、確かにみしろの話とどこか繋がっている。
俺はその冊子を脇に挟み、バールを抱えて蔵を出ようと振り返る。
その瞬間、暗い蔵の入り口に佇む人影に、俺の心拍数は跳ね上がった。
「探し物は見つかった?」
「みしろか……頼むからそれ、やめてくれよ。心臓に悪い」
「何のことよ?」
「足音も立てないで近づくことだよ、今度やったら首輪して鈴でも着けるぞ」
「光司が、わたしを飼うの?」
「飼わないよ!」




