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白狐の恋~聞こえない足音~  作者: 空白朔名


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第5話 線路の下

 第5話 線路の下



「あれって……違うよな……」


「何が?」


「あの木が……この家を襲ったんじゃないよな……」


「光司にはそう見えるの?」


「昨日の夕方のあれも……山から滑り落ちてきた木が……勢いで立ち上がったように見えた……だけだよな」


「光司にはそう見えたの?」


 みしろは怪訝《けげん》そうな表情で、俺の顔を覗き込んできた。


「いや……見えた……と、思いたかった」


「順番に来るわよ……」


「どの順番だよ……」


「手あたり次第。この集落、全部よ」


「それ……順番って言わないぞ」


 何の根拠もないみしろの話に付き合わされた気がして、それ以上は口を閉じた。

 

 早足で家に帰る。

 別に急ぐ用事もなかったが、あの場から離れたい気持ちが強かったからだ。

 台所で冷蔵庫の麦茶をコップに入れ、居間で寝転がり、天井を見上げた。


 ——何が起こっているんだ……。


「ここは俺が来る前から、こんなことが起こっていたのか……」


 天井を見上げたまま、思わず口をついて出た。


「いいえ、最近よ」


 真上から俺を覗き込むみしろの顔が、突然視界に飛び込んできた。


「まだいたのか……最近ってどういうことなんだ?」


 体を起こし、テーブルの前に座り直した。

 俺の正面に、みしろも座り直す。


「この村には神社が多いでしょ?」


「村って言うなよ……そうなのか?」


 俺はスマホの地図アプリを立ち上げた。

 半径五百メートル四方の集落に三つ、山を越したところにさらに四つある。

 さらに範囲を集落の外側まで広げてみると、合計で二十近くもの神社を示す鳥居マークが立ち並んでいた。

 

「多いな……」


「近くの三社は、あの怪異を鎮めてこの場所から出さないためのもの」


「この三社か……」

 

「東の水の神様と北の山の神様、西の蛇の神様よ」


「西の神社ってお稲荷さんだろ? 蛇じゃないよ、狐だろ?」


「祀られてるのは蛇よ」


 みしろは、冷えた麦茶の入ったグラスを持ち上げ、そこに溜まった結露の水滴を指先で滑らせて、綺麗な三角形を描いた。

 俺は思わずスマホの地図を拡大した。

 確かに駅を囲うように綺麗な正三角形になっている。


「その周りに建てられているものは?」


 彼女はその三角形の外側に、集落を囲むようにして半円を描いた。

 

「この村で起きた厄災を、自分たちの集落に入れない為のものよ……」


「なんか身勝手だな……。それでお前が言う、あの怪異が出てくる沼ってどこにあるんだ?」


「もうないわ……線路の下ね」


 俺の中で何かが急激に繋がり始めた。

 蔵で見たあの曽祖父の手記。

 鉄道を通すため、底無しの沼に沈めたという『切ってはいけない神聖な山の木』。


「どのくらい、沈められているんだ……その山の木は」


「……数百本」

 

 みしろは残りの麦茶を飲み干すと、カラになったグラスをテーブルに描かれた三角形の真ん中に置いた。


「俺の麦茶だぞ……勝手に飲むなよ」


「水は分けるものでしょう?」


「いや、これは俺のだ。俺が淹れてきたんだ」



 昼過ぎ。

 昼食を食べに行こうと思い、敷地内の駐車場に停めた車に乗り込んだ。

 エンジンをかけた直後、助手席のドアが開き、当たり前のような顔でみしろが乗り込んできた。


「いつまで一緒にいるつもりなんだよ……」


「寝る時までよ?」


「じゃあ、夜には家に帰るんだな?」


「家? ……そうよ家で寝るわよ」



 車で十分ほどの距離にある定食屋でランチを食べた。

 その帰りに地元のスーパーで夕食の買い物を済ませたのだが、みしろが売り場で『ビワ』をじっと見つめて欲しがったので、カゴにいれた。

 帰りの車の中、ビワの入った袋だけを大事そうに膝の上に置いている彼女を横目で見る。


「みしろは果物が好きなんだな」

 

「光司は食べないの?」


「俺が食べる前になくなるんだよ……」


 俺の皮肉が彼女には届かなかったのか、彼女はそのまま窓の外を流れる景色を静かに眺めていた。


 帰り道、川沿いの細い道を通ると、黄色い反射ベストを着た警察官に誘導灯で車を停められた。


「この先で事故処理をしてます。徐行でお願いできますか?」


  指示に従ってゆっくりと車を進めると、前方でパトカーとレッカー車の赤色灯が激しく点滅しているのが見えた。

  川沿いに続くガードレールがひしゃげて破壊され、そこだけ川が口を開けるように切れていた。

 

 アスファルトに残された黒いタイヤ痕は、そのままガードレールの切れ目を通って、下の河原へと一直線に伸びていた。

 

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