第4話 おやすみ、光司
第4話 おやすみ、光司
「じゃあ、食べたんだから帰れよ」
「食べたら寝ないの?」
「寝るよ、だから帰れって言ってるんだ。門の鍵は開けたままでもいいから」
小首を傾げたみしろを、玄関から外に出し、引き戸を閉めた。
扉のすりガラスの向こうに、玄関先へ座り込んだ彼女の影が映る。
——あいつ、金も持っていないのか? 本当にそこで寝るつもりなのか……。
ため息をついた瞬間、すりガラスの向こうから、彼女の声が聞こえた。
「おやすみ、光司」
「……あああ! もう、分かったよ」
俺は裸足のまま土間に降り、鍵を開けて戸を引いた。
「どうしたの? 光司がここで寝たいの?」
「何、訳の分からないこと言ってるんだ。入れよ……」
客間へ案内し、押し入れから彼女用の布団を出して敷いてやった。
「ここで寝ていいから、明日になったら帰れよ」
「ここだと、出入り口が一つだけど?」
「俺は襲ったりしないよ! じゃあ、おやすみ!」
無防備なのか警戒してるのか、よく分からない彼女の言葉に呆れながら、俺は自分の部屋に戻った。
一つ屋根の下。
部屋は違うが、見た目だけは綺麗な女の子と一晩を共にすることになってしまった。
——ばあちゃん、ごめんよ。
心の中で言い訳をし、俺は布団に入り固く目を閉じる。
眠りにつくまで何度も、あの黒い木の光景が繰り返された。
翌朝、遠くから響くパトカーや救急車のサイレンの音で目が覚め、跳び起きた。
——まさか、みしろを泊めたことが通報されたんじゃ……。
通り過ぎるパトカーの音に胸を撫でおろす。
だが、続いて甲高い救急車のサイレンまでもが近くを通り抜けて行った。
廊下に出ると、みしろも部屋の襖を開けて顔を出した。
「……みしろ、お前二十歳以上だよな?」
「おはよう……そうよ?」
「ならいいけど……おはよう……」
「外が騒がしいわね……」
「この辺りは、年寄りが多いからな。仕方ないよ」
「襲われても? あなたは?」
「襲わないよ! 昨晩だって何もしてないだろ!」
昨日、来るときに買ってきた卵とトーストで簡単な朝食をとる。
バナナを机に二本置いたはずだったが、みしろの前に食べた後の皮が二つ転がっていた。
「さあ、朝飯も食わせたぞ……行くぞ!」
「どこに?」
「お前の家だよ、親とちゃんと仲直りしろよ」
「誰と?」
「……」
噛み合わない会話に嫌気がさし、俺はそれ以上言葉を繋げることもなく、家を出た。
数歩先を歩く彼女のあとをついていく。
彼女の足の運びは無駄がなく、綺麗な一直線を描いていた。
そして踏み出す足音は、耳をすましてもほとんど聞き取れない。
やがて、彼女が足を止めたのは、昨日の踏切に一番近い民家だった。
昨日、彼女が教えてくれた酒屋に行くときに前を通った場所だった。
「まさか……ここが、みしろの家か……」
道幅の狭い道路にパトカーと救急車が停まり、赤色灯を回転させて道を塞いでいた。
数人の警官が、民家の敷地内とパトカーの間を慌ただしく往復している。
「やられたわね……」
「みしろ……何をやられたんだ!?」
「わたしは何もされてないわ、ここに住んでる人よ……」
「住んでる人って、お前の家じゃないのか?」
「違うわよ」
人垣の隙間から敷地内を覗き込む。
玄関の引き戸や縁側の雨戸は、まるで巨大な力で叩き割られたように粉々になり、ガラスと木片が庭一面に散乱していた。
「何があったんだ……?」
「これよ……」
みしろがその場にしゃがみこみ、足元に落ちていた小さな黒い木片を拾い上げた。
それを俺の手のひらに手渡してくる。
よく確かめようと顔に近づけた瞬間……昨日、あの襲われて倒れた大木から漂っていた、あの強烈な泥臭さが鼻を突いた。
「これって……まさか……」




