第22話 音が呼ぶもの
第22話 音が呼ぶもの
夜が深まるにつれ、あんなに激しく屋根を叩いていた雨音が、少しずつ小さくなっていった。
静まり返った居間で、俺とみしろは言葉もなくじっと静寂を見守っていた。
ぽたぽた……と軒端から落ちる雨滴の音だけが響く。
「……止んだわね」
みしろが静かに立ち上がり、闇に包まれた外を見つめた。
「ああ。……行くぞ」
俺は立ち上がり、土間に立てかけてあったあの重い『鉄道バール』を固く握りしめた。
そして蔵から出した、少し短いバールをみしろに渡す。
家を出て、踏切へと続く濡れた舗装路を二人で歩く。
雨のノイズが消えた今、集落全体が息を殺したような不気味な静けさに包まれている。
川沿いの昼間に置いた倒木をガードレールに立てかける。
「みしろ、俺が合図したらこれを頼む!」
「分かったわ……光司、気を付けてね」
「ああ、みしろも絶対無理はしないでくれ」
俺は、みしろのいる場所から少し離れた位置へ移動し、防獣ネットの端をガードレールの支柱へ結びつけた。
そのまま鉄橋を背にして、線路の上へと立つ。
大きく息を深く吸い込み、腕に力を込めた。
そして、バールでレールを思い切り叩く。
レールの振動が手に伝わる。
甲高い金属音がレールの先のトンネルまで響き渡り、暗い穴の中で不気味に共鳴した。
「来い! 来てみろ! 俺はここだ!!」
俺の声がトンネルに反響して自分に返ってくる。
バールを握る手が震えた。
トンネルの中で音が増幅されたせいか、山中に散っていた怪異まで集まってきた。
先ほどまで静かだった山の木が揺れ、枝に溜まっていた雫がバラバラと地面に叩きつけられた。
遠くから聞こえていた枝の折れる音や、下草を踏みつける音が徐々に近くなる。
風に乗ってあの泥の匂いが周囲に漂いはじめた。
トンネルの奥からも、砂利を踏みつける音が次第に大きくなってきた。
「よし! 来たぞ……」
俺はすぐさま線路を離れ、防獣ネットを仕掛けたガードレールの方へと走り出した。
走りながら、バールでガードレールを数度叩いて音を打ち鳴らす。
すぐ脇の山斜面から黒い影が這い出てくると同時に、トンネルの方からも数体の黒い影が四本脚で俺を追いかけてきた。
「大丈夫だ……意外と動きは遅い」
走りながら振り返ると、後ろにはすでに二十体以上の怪物の姿があった。
幹が裂け手足のようになった獣の姿や、地面を短い脚で這う小型のもの。
二本足で立ち上がり、身体を左右に振りながら歩くものもいた。
「光司! 前よ!!」
みしろの叫び声に驚いて前を向くと、進行上に別の黒い影が立ちはだかっていた。
立ち上がりかけた怪物の脚を狙い、俺はバールを全力で振り抜く。
「邪魔だ! おとなしくしてろ!!」
鈍い音とともに足を折られた怪物が姿勢を崩す。その横を間一髪ですり抜けた。
しかし、そのすぐ先にもう一体の黒い影が待ち構えていた。
「光司! 左をすり抜けて!!」
「左!? ……左だな!!」
みしろの指示通り左側へ身を躍らせると、俺を押しつぶそうと怪物が巨体を倒してきたのは右側だった。
「助かったよ、みしろ」
倒れた怪物が素早く向きを変え、再びこちらを追おうとする。
その視線の先に、倒木の横で待つみしろの姿が見えた。
「今だ! 倒木を川に落とせ!!」
「わかったわ!」
彼女が体重をかけ、ガードレールに立てかけてあった倒木を川側へと押し込む。
走り込んだ俺も合流し、二人で一気に力を込めて押した。
仕組みは単純だった。倒木を川へ落とし、その流れでネットを引く。成功する保証はない。
重い倒木がガードレールを越え、激流の川へと落ちていく。
そして濁った水に呑まれ、強力な水圧に押し流された。
「行け! 流れろ!!」
激流に乗った倒木が猛烈な勢いで引っ張られ、繋がれたロープを引き抜いていく。
それに連動し、山側の斜面に敷き詰めてあった大きな防獣ネットが一気に展開された。
ネットに怪物たちが、包み込まれるようにして川の方へと引きずり落とされていく。
俺達の手前にいた数体が、いとも簡単にガードレールを越えて川の中へ消えた。
その後ろの数体は、引かれるネットとガードレールの間に挟まれ、幹を砕かれながら川へ叩き落とされていく。
張り巡らせた網に絡まり、大渦へと次々と流されていった。
だが、それで終わりではなかった。
引きずり込まれるネットの波を免れた数体の怪物が、警戒するように山側の斜面で動きを止め、こちらの音を探るように、斜面で動きを止めていた。
「やはり、残ってしまったか……」




