第21話 手を取る理由
第21話 手を取る理由
「光司、どこに行くの?」
「裏の亡くなられたおじさんの家だ」
俺は手にしていた傘をその場に放り出し、降りしきる雨の中を夢中で走った。
玄関のチャイムを鳴らしてしばらくすると、少しやつれた表情の奥さんが扉を開けてくれた。
「光司くん……昨日はお葬式に来てくれてありがとうね」
「いいえ。……お疲れのところ本当に申し訳ないんですが、どうしても借りたいものがあって……」
「どうしたの? 傘も差さないで、そんなにびしょ濡れになって」
「突然すみません……おじさんが使っていた『防獣ネット』ってどこかにありませんか!?」
「防獣ネット? それなら納屋にあると思うけれど……」
「納屋、探させてもらってもいいですか!?」
「ええ、使ってもらえるなら、あの人もきっと喜ぶわ。他にも必要なものがあったら何でも持って行っていいからね」
「ありがとうございます!」
頭を深く下げて、母屋の脇にある大きな納屋へ駆け込む。
農機具や肥料袋が所狭しと積まれた奥を探すと、太く頑丈に巻かれた大きな防獣ネットのロールを発見した。
「あった……! これなら長さも強度も十分だ!」
「それで、あの『ほだ場』の怪物みたいに身動きを取れなくするの?」
突然背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、手に二本の傘を持ったみしろが、雨に濡れながら俺を追いかけてきていた。
「追ってきたのか? ……ってか、『ほだ場』ってなんだ?」
「あの原木シイタケを栽培していた場所のことよ」
「みしろは何でもよく知ってるな……」
「昔からそう言うのよ」
俺は重いネットを肩に担ぎ上げ、傍らに転がっていた太いロープも腕に巻きつけた。
奥さんに手短にお礼を伝え、俺たちは雨の降る踏切へと急いだ。
川の水位はさらに上昇し、激しい濁流と化していた。
踏切を渡り、あの初日に俺とみしろが怪異に襲われた場所へと向かう。
ガードレールの向こう側はすぐに急斜面の堤防になっており、下では濁った水がすさまじい勢いで流れ下っていた。
山の斜面に立てかけてある、倒木にロープを結びガードレールの際に移動させる。
その端を防獣ネットに結び、ネットを山の斜面へ広げていった。
「光司、それでどうするつもり?」
「あいつらを……あの『蛇釜』の底なし大渦に叩き落としてやるんだよ!」
俺の頭上へそっと傘を差し出してくれるみしろの横顔を見つめる。
もう、彼女が何者かなんて俺にはどうでもよかった。
彼女一人に全てを背負い込ませ、命と引き換えに事態を収束させたとして……そんな終わり方で、俺が納得できるはずがない。
「みしろ……俺を信じて、手を貸してくれないか?」
「ええ、いいわよ。光司になら協力するわ」
みしろは、微笑み強く頷いて、初めて出会った日のように手を差しだした。
俺はその温かく華奢な手を、確かめるように握った。
家に戻り、雨に濡れたみしろに、先に風呂に入るように促した。
俺は濡れた髪をタオルで手早く拭い、そのまま首に掛けた状態で居間のテーブルの前に腰を下ろした。
卓上に置かれた『曽祖父の手記』が目に入る。
——きっと、最後まで読まなければならない。今から起きることと向き合うために。
胸の中でそう強く思い、昨日読んだ最後のページをめくり探した。
『明日、トンネルの最後の破砕を行う。山が鳴動している――』
——ここだ、この先だ……。
静かにページをめくる。
『発破は成功したかのように見えた……』
『しかし……今日トンネルに入った工夫は全員戻らなかった……大きな落盤事故だった』
『助けに入った者が、穴の奥に玉石を巻いた白蛇が二匹、カマ首を持ち上げて待っていたと言う』
『村の者は「その蛇は山の主や。 使いの白狐を殺してしもうたんや」と大騒ぎしている』
『呪いを鎮めるため、峠に皆で稲荷神社を建てた。白蛇様の祠のすぐ近くに……』
——あの峠の稲荷神社は、この事故の直後に建てられたものだったのか……。
ページをめくるが、それ以上は白紙のまま何も書かれていなかった。
俺は曽祖父の手記を閉じ、深いため息をついた。
「もしかしたら……曽祖父の血筋の俺がここに帰って来たことで、あの化け物たちが這い出してきたのかもしれない……」
「光司、そうじゃないわ……」
驚いて顔を上げると、いつの間にか風呂から上がったみしろが、部屋の前の廊下に立っていた。
「あなたも、見たでしょ? それぞれの神社の力が弱くなってるの。あなたのおばあさんが亡くなられて、あの稲荷神社も寂しくなったわ」
「そうか……。でも、安心しろ。昨日の葬式の時、隣のおばさんが言ってくれたんだ。近いうちに集落のみんなで、崩れた山の神社の祠も直してくれることになったよ」
「そう、それは良かったわ。おばさんに感謝しないとね」
「みしろが毎日お参りしていたから、おばさんも神社のことを口にできたんだ……全部みしろのおかげなんだよ」




