↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白狐の恋~聞こえない足音~  作者: 空白朔名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/24

第20話 今晩、雨が止んだら

 第20話 今晩、雨が止んだら


 

  雨は昼前になっても止む気配を見せず、激しく降り続いていた。


「川の水位、大丈夫かな……」


「大丈夫よ」


 みしろは台所に立つ俺の隣に並び、冷蔵庫の野菜室から取り出した『イチジク』を手に取って、食べ頃かどうかを確かめていた。


「今晩ね……」


「柔らかくなってきたのか? じゃあ夕食後にでも食べるか」


「今晩、雨が止んだらお別れよ……光司」


 ぽつりと落とされたその一言に、俺は包丁を握る手を固まらせた。


「な、何言ってるんだ……みしろ」


「あいつらを誘い出して穴に戻すわ」


「誘い出すって……みしろが囮《おとり》にでもなるって言うのか!?」


「そうよ……」


「俺も行くよ! 行くに決まってるだろ!!」


「ダメよ……光司まで来たら、戻れなくなるわ」


「お前は……お前はどうなるんだよ! それに……なんで、みしろがそこまでしないといけないんだ!」


「光司……わかってるでしょ?」


 みしろはまっすぐな目で俺を見つめた。

 ……そうだった。俺はある一線から先、自分の思考にずっと蓋をしていた。

 本当は考えたくなかった。

 

 浮世離れした生活習慣を知らない感覚。

 独特の距離感。

 足音を立てず歩き、人間離れした運動能力。

 そして、この地のことを昔から見てきたかのように話すことも……。

 

 『みしろは、俺とは違う存在だ』

 

 ……そんなこと、あの踏切で出会った時から本当は気づいていたはずだった。

 俺はそれをあえて口に出さず、ただの日常としてやり過ごそうと逃げていただけだった。

 それでも俺は、みしろをただの同居人として扱いたかった。


「でも、みしろ……たぶん、あの穴はもう塞がれている」


「えっ……?」

 

 みしろが意外そうに目を見開く。


「あの穴に、『固化材』とかいうセメントみたいなものを流し込んで固めたみたいだ」

 

「そうだったの……」


「俺も早く言わなくて悪かった……怪異の退治なんて簡単に考えてたのかもしれない……」


「いいえ、光司は悪くないわ」


「あの穴に誘い込んで、どうするつもりだったんだ……?」


「『白蛇様』に御神体の山を崩してもらって塞ぐつもりだった……」


「そんなことをしたら、みしろ……お前も一緒に……」


「それが、わたしの役目だから……」


 言葉が喉につかえ、俺はそれ以上何も言えなくなった。

 自分の存在と引き換えに、怪異を全て道連れにして消え去ろうとしていた彼女の覚悟が、重く胸に突き刺さっていた。



 昼過ぎ、玄関へと向かうみしろの姿を見かけた。


「神社に行くのか?」


「ええ、そうよ」


「俺も……一緒に行っても大丈夫か?」


 俺の口からはどこか余計に気を使った、よそよそしい言葉が漏れていた。

 だが、そんな俺の硬さに気づいた彼女は、柔らかく優しく微笑んでくれた。


「一緒に来てくれる?」


「ああ、もちろんだ」


 俺は慌ててスニーカーを履き、傘立てから傘を引き抜いた。

 その拍子に、立てかけてあった、『鉄道バール』に傘が当たり、鉄の高い金属音を響かせて土間に倒れた。

 俺は急いでバールを拾い上げて壁に立てかけ直し、みしろとともに雨の中を神社へ向かった。


 

 川沿いにある東の神社には、雨のせいか、いつもの人影は全くなかった。

 雨の音だけが響く拝殿の前で、手を合わせ、長く目を閉じるみしろの美しい横顔を見つめる。


「こうやって……一人で、集落の人たちを守ってくれていたのか?」


「わたしは……光司だけを守ろうとしただけよ」


「俺だけを……?」


「そうよ。……光司は、昔から優しいから」


「そんなことないよ……俺は言いたいことも言えないし、嫌な現実からはすぐに目を背ける。みしろが思っているほど、いい人間なんかじゃないよ……」


 俺が自虐交じりに呟くと、みしろは足音もなくすっと距離を詰め、俺の肩にそっと自分の肩を寄せてきた。

 言葉はなかったが、その体温が何よりも温かかった。



 神社からの帰り道、増水した川の水位が気になり、二人で雨の降る堤防の上へと登った。

 上流から勢いよく流れ込んでくる泥混じりの濁流が、『蛇釜《じゃがま》』と呼ばれる深く暗い淵で、凄まじい大渦を巻いていた。


「みしろ……これだ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。