第18話 神様を忘れた村
第18話 神様を忘れた村
昼前になると、みしろが言っていたように、空はどんよりとした暗い雨雲に覆われ始めた。
俺は庭に干していた布団を慌てて取り込み、縁側から一番近い自分の寝室へと運び込んだ。
さっきまで一緒にいたみしろの姿が見当たらなかったが、そろそろ昼食の準備でもしているのだろうと思っていた。
二組の布団を運び終え、台所へ向かう。
すると、玄関の上がり框で立ち止まっていたみしろの後ろ姿が視界に入った。
「みしろ、何してるんだ?」
声をかけると、彼女の影から顔を出したのは、俺の母親だった。
「光司! あなたって子は!」
「母ちゃん、なんでここに……!?」
「そりゃ来るわよ! お葬式なんだから!」
葬式は近所の集会所で行われることになっていた。
冷静に考えれば、実家からわざわざやってくる母親が直接集会所に向かうはずもなく、まずはこの家に寄るのが当然だった。
「お母さん、悲しいわ……こういう大事なこと、何も相談してくれないなんて……」
「ち、違うよ……母ちゃん。みしろは……」
俺はなんて説明すればいいのか、完全に言葉に詰まった。
ただ一時的に泊めているだけ? 同居? 同棲? どれも合っているようで、何かが根本的に違う気がする。
俺が狼狽えているのを遮るように、みしろは平然と言い放った。
「光司に飼われているの」
「光司! お母さんそういう、そういう歪んだ関係はいけないと思うわ!!」
「ち、違うよ……彼女の冗談だよ。葬式、三時からだろ? 先に昼飯でもたべよう!」
慌てて話題を逸らし、怒る母を、なんとか台所へ誘導した。
俺の代わりに台所に立って昼飯の準備を始めてくれた母の隣で、みしろはいつもの手慣れた様子で野菜を洗うなど下準備を手伝い始めた。
そんな健気で素直な姿を見て、母はすっかり気を許した。
「お母さん、こんな可愛らしい娘が欲しかったのよ」
「可愛くない息子で悪かったな!」
「それにしても、最近この辺は事故が多いみたいね」
「そうだな……」
「あなた達みたいな若い子が住んでくれたら、集落の人たちも喜ぶわね」
「隣のおばさんは、一番喜んでいたよ……」
「そりゃそうよ。家を空き家にしているより、誰かが住んで灯りを点けている方が、周りだって安心だものね」
「そういうものか……」
その時、家の外でサーッと激しい雨が降り出し、屋根を叩き始めた。
風も急速に強まり、古い木造家屋のガラス窓をガタガタと音を立て揺らし始めていた。
昼飯を食べ終え、喪服に着替えた俺は、みしろを家に残して母とともに葬儀へと向かった。
外の雨は刻一刻と勢いを増し、激しい雨音が集会所の屋根を叩いている。
集会所の中は、度重なる悲劇と相次ぐ死によって、息が詰まるほど重苦しい雰囲気に包まれていた。
無事に出棺を終えたものの、外の雨が激しいため、多くの集落の人々が雨宿りを兼ねてそのまま集会所に残っていた。
やがて、椅子に腰掛けた老人たちの一人が、ぽつりと重い口を開いた。
「これだけ不幸が続くのは、やっぱりどう考えてもおかしいぞ……」
「そうだな……。年寄りが多い集落とはいえ、今回の御主人はまだ若かったからのう」
「昔は静かな村じゃったのに、最近は城跡を調査するだので、よそ者がそこら中の山に土足で入ったりしておるしな」
「『村おこし』とか何とか言うて、廃校になった小学校で『城まつり』だかのイベントまでやっておる」
「今度は、駅に近い土地に数軒新しい家やら店やらを建てるらしいぞ」
「よそから来た者は、この土地の言い伝えも歴史も何も分かっておらんからのう……」
「……また昔みたいに、『白蛇様』がお怒りになられておるのかもしれんな」
会話が、次第に不気味な迷信めいた方向へと傾いていく。
外からきた俺自身も、この集落の人々から見れば『よそ者』に他ならない。
居心地の悪さに耐えかね、そっと席を立とうとした、その時だった。
「あんたら、いつも都合が悪くなったらそうやって神様のせいばかりにして!」
強い声が集会所に響き渡った。
驚いて声のする方を見やると、立ち上がったのは隣のおばさんだった。
「『白蛇様の祟り』なんて言う前に、あんたたちは普段からちゃんとお参りをしてるのかい!?」
先ほどまで口々に不満を漏らしていた老人たちが、一斉に気まずそうに口を閉ざした。
「高城さんのおばあさんはね、亡くなられるまで雨の日も欠かさずお稲荷様にお参りされていたわよ。それなのに、あんたたちは山の神社が崩れたままでも知らん顔じゃないの!」
俺の祖母の話だった。
「い、いや……あの神社はもう氏子も少ないしな……致し方ないじゃろ……」
「そうじゃな……だが、あれでは山の神様も不憫じゃ。何とか復旧を掛け合ってみるか」
気まずそうに一人の老人がそう呟くと、場の重苦しい空気が少しずつ変わり始めた。
亡き祖母の信心深さと、現実的なおばさんの言葉が、老人たちの頑なな心を突き動かした。
「おばさん……言ってくれて、ありがとうございます」
俺は歩み寄り、おばさんに向かって深く頭を下げた。
「いいのよ、光司君。私はね……毎日みしろちゃんが、一人で川の神社にお参りしてるのを知ってるのよ」
「えっ!? そうなんですか?」
思わず耳を疑った。
「あんなに若いのに、本当に信心深い良い子ね。だからおばさん、すっかりみしろちゃんのファンになっちゃったのよ」




