第17話 雨を待つ
第17話 雨を待つ
その日の夜。
敷いた布団の上に横たわり、暗い天井をじっと睨みつけていた。
頭の中から、昼間読んだあの手記の内容がどうしても離れず、やり切れない思いが胸を締め付ける。
——あの娘は本当に狐だったのか……。
沼に沈められた木々が化け物となって蠢くのなら、白蛇様の使いの狐だって人間の姿に化けることくらいあるだろう。
しかし、それを当時の工夫は……「不吉な白狐」だと恐れて捕らえ、命を奪ってしまうなんて……。
深い溜め息をつき、無理に目を閉じようとした、その時だった。
廊下の襖越しに、静かなみしろの声が届いた。
「光司、開けて」
「どうした! 何かあったのか!?」
事件でも起きたのかと跳ね起き、慌てて襖を引き開けた。
暗がりの中に、大きな不気味な影がゆらりと揺れていた。
「うわっ!?」
「そんなに驚くの?」
暗がりに目を凝らしてよく見ると、畳んだ布団を両手で抱え込んだみしろの姿だった。
「驚かすなよ……」
みしろは抱えてきた布団を俺の布団のすぐ隣に降ろした。
「なんだよ? 今日は場所交代か?」
「『万年床』を移動させたのよ」
「だから、明日の午前中は時間があるから外に干すって言ってただろ?」
「今日はここで寝るわ」
「……わかったよ。じゃあ、俺は客室に行くよ」
そう言って布団を畳みかけた瞬間、みしろが俺の手を掴んだ。
「明日干すんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃあ、光司の『万年床』も今晩は、ここでいいじゃない?」
「……同じ部屋で寝るのか? それに、俺は毎日ちゃんと畳んでるから万年床じゃないぞ」
みしろは俺に返事すら返さず、手を伸ばせば届くほどの距離に、手際よく自分の布団を敷き始めた。
彼女のあまりにも唐突で不可解な行動に、俺の脳裏にふとひとつの不安が過った。
「もしかしたら、今晩あの化け物が襲って来るとかか!?」
「静かに寝てれば、大丈夫よ。大きな声とか出さなければね」
「静かに寝てれば……大きな声……」
みしろの言葉の意図を考えた瞬間、俺の頭は、考えてはいけない方向へ勝手に走り出した。
美銀の悲鳴を読んだ直後だというのに、俺の頭はどうしようもない方向へ逃げようとしていた。
だが、当のみしろはそんな俺の動揺など露知らず、敷き終えた布団で横になった。
「おやすみ、光司」
「あ、ああ……おやすみ、みしろ」
みしろは、すぐに小さな寝息を立て始めた。
——なんなんだよ!
溢れ出そうな雑念を振り払うように強く目を閉じ、何も考えないようにして眠りへと落ちていった。
次の日の朝。
枕元で鳴り響くスマホのアラーム音に起こされ、重い瞼を開けた。
ふと横を向くと、すぐ隣でみしろが布団に入ったまま、じっと俺の顔を見つめていた。
「おはよう、光司」
「ああ……みしろ、おはよう」
「……昨日は、何もなかったね」
「ああ……そうだろ、何もしなかっただろ?」
「ん? あの怪物のことよ?」
「あ、ああ……もちろんそのことだよな!」
俺は慌ててみしろの会話に話を合わせた。
動揺を悟られないよう、必死で平静を装う。
朝食を済ませた後、部屋から布団を抱えて庭へと運び、日当たりのいい物干し竿に掛けた。
続いてみしろの布団も同じように持ってきて、すぐ隣に並べて干す。
空には薄雲が広がっているものの、日差しは柔らかく、布団を干すには悪くない天気だった。
「今日はここで寝るの?」
庭に干された二つの布団を見上げながら、みしろが首を傾げる。
「干してるだけだよ、なんで部屋があるのに庭の物干しざおの上で寝なきゃいけないんだよ」
「昼から雨よ……」
みしろは空を見上げ、風を読むように目を細めた。
「天気予報では今日は夜まで降らないって言ってたぞ?」
「……流れが向いてきたかもね」
彼女はそう言うと、口元に小さな笑みを浮かべ、ゆっくりと俺に振り向いた。




