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白狐の恋~聞こえない足音~  作者: 空白朔名


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第16話 鳴動する山

 第16話 鳴動する山



「光司はおばあさんと、よくここに来てたわ」


「俺が、小学生ぐらいのときか? ずいぶん前の話だな」


「この辺りで集めた『シイの実』をわたしにくれたわ」


「みしろにか? 覚えてないな……」


「たくさんあったけど、山とわたしと光司で三等分したの」


「ああ……それ、ばあちゃんに良く言われたよ。全部持って帰っちゃダメだって。山の分を置いておいたらまた、増えるからってね」


「光司はあの時と変わってないわね」


「それ、褒めてるのか?」

 

 みしろは俺の顔を覗き込んで小さく笑った。


「そろそろ行きましょうか……もう大丈夫そうよ」


 俺は周囲を警戒しながら静かに車に戻り、無事に家へ帰り着いた。



 家に戻り俺は居間の机の前に腰を下ろした。

 みしろは、風呂の準備をしに向かう。


「あの峠道にも出るなんて、通勤が心配になってきたよ」


「明るいうちは大丈夫だと思うわ」


「何でだ? 昼間も動けるって、みしろも言っていたぞ?」


「『音』が多いからよ。車や電車や機械の音、人の話し声も」


「狙いが絞れないってことか……」


「それに、あまり耳は良くないみたいね」


「車やバイクのエンジン音……そうか、踏切付近によく出るのは線路や鉄橋の音……それに踏切の警報音か!」


 確かにあの怪物が襲ったのは、走行中の車やバイク、そして踏切の近くだった。

 製材所の店主や畑仕事中のおじさんも、大型の機械や耕運機といった大きな音の出る機械を使っていたはずだ。



「見えてきたぞ……」


 俺は机の上で拳を握りしめた。

 怪異は、音を追っている。


「光司……どこを見たの」


 襖の向こうから、バスタオルの一部だけが覗き、みしろの警戒する声だけが響く。


「お前のことじゃないから……俺にそんな透視能力はないから安心しろ」


 脱衣所の扉を閉める音がして、みしろは風呂に行ったことが分かった。


 一人になった俺は、居間の明かりの下で『曽祖父の手記』を開き、昨日の続きを読む。


 ——あの少女はどうなったんだろう、まさか曾祖母だったりしてな……。


 『あの娘は毎晩私に、会いに来るようになった』

 『今日、部屋に招き入れた。娘から「常盤の薫り《ときわのかおり》」がした』

 

「曽祖父、手が早いぞ! あと、『常盤の薫《ときわのかおり》』ってなんだよ!」


 俺は続きを見たくてページをめくる。


 『あの娘は、人じゃない……』


「えっ……!?」


 俺はページをめくる指を止めた。

 その一行だけで、部屋の空気が変わった気がした。

 

 『娘は美銀と名乗った……あの狐だ』


 ——狐が人に姿を変えて曽祖父に会いにきたのか……。


 『娘は白蛇様の使いだ』

 『美銀は山の木をこれ以上切るなと言った』

 『私は怖くなり、娘とは会わないことに決めた』


 俺は息を飲んだ。

 曽祖父がおかしくなったのかとも一瞬思った。

 読みたくないのに、知らなければならない気がして、俺の手は勝手に次のページをめくっていた。

 

 『私に会いにきた狐を工夫が見つけた『不吉な白狐』と呼ばれていた』

 『美銀が工夫に捕まった。止められなかった』

 『あの狐の悲鳴が今も耳から離れない。沼が黒く染まっていく』

 

 ——狐を殺したのか……。なんて酷いことをするんだ……!

 

 そして、そのページの最後の一行には、震えるような字でこう綴られていた。

 

 『明日、トンネルの最後の破砕《はっぱ》を行う。山が鳴動《こどう》している――』


 俺は深く重いやるせなさに打ちひしがれ、静かに手記の表紙を閉じた。

 

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