第15話 初めて会った日
第15話 初めて会った日
買い込んだ食材を車に積み、家へと戻る。
みしろは買った『イチジク』のパックを、大事そうに膝の上に乗せていた。
いつもの峠道を通る途中、あと少しで稲荷神社に差し掛かるという場所でのことだった。
真っ直ぐ伸びる坂道の先、車のヘッドライトが照らし出す光の輪の中に、何か異様な影が浮かび上がった。
「停まって!」
みしろの声と同時に俺はブレーキを踏んでいた。
アスファルトの上で、黒い影がゆっくりと動く。
ヘッドライトの輪の中で、かろうじて丸太のような輪郭が見えた。
「……間違いない、あいつだ。でも、かなり小さいな」
距離は百メートル以上離れている。
俺たちがこれまで見た三メートルほどの大木とは違い、半分以下の大きさだった。
引き返し逃げることもできたが、その黒い影は何かを探すように動いては立ち止まる、を不自然に繰り返していた。
「あいつ、何をしているんだ」
影はその場を円を描くように回り続けている。
俺はエンジンを切り、車のドアを音を立てないよう静かに開けた。
外には冷たい風が吹き抜けており、どこからか木と木が不規則にぶつかり合うような音が響いていた。
「あの音に惑わされているみたいね」
いつの間にか車の外へ出たみしろが、俺のすぐ隣に立ち、ささやくような小声で話しかけてきた。
「俺たちに気がついてないのか?」
「試してみる? 光司はそこで待っていて」
「おい、みしろ。なにするんだ!?」
「大丈夫よ。今はわたしを見ていないから」
彼女は黒い影に向かい歩きだしていた。
いつものように、足音ひとつ立てず静かに近づいていく。
影との距離が十メートルほどまで縮まる。
相変わらず黒い影はその場で円を描くように体を揺らしていた。
みしろは道路脇のこぶし大の石を拾い上げると、山側に向かって思い切り投げつけた。
乾いた音が山肌に響いた瞬間、その音に誘われるようにして、黒い影は山の中へ吸い込まれていった。
静かに彼女が戻ってくる。
「みしろ、無茶するなよ。……心配したぞ」
「……音を頼りに動いてるみたい」
「音? じゃあ、声や足音を出さなければ気づかれないってことか?」
「光司にできる?」
「……みしろみたいに足音立てずに歩くのは無理だな」
「先に面白い物があったわ……行ってみましょ」
みしろが先ほどまで影が溜まっていた場所へ向かって歩き始めるのを、俺は追いかけた。
「さっきのやつは、もう出てこないのか?」
「騒がなければね」
俺は口を閉ざした。
「あれよ……」
彼女が指さす先には、シイタケ栽培用の原木が十メートルほど並べられており、その手前に獣除けのネットが張られていた。
ネットには風で揺れる小さな鳴子が吊るされており、それが不規則に音を立てていたのだ。
そしてそのネットには、先ほどの影と同じ大きさの黒い木の塊が絡まり、自ら発する音に混乱して身動きが取れなくなっていた。
「こいつが音を出していたのか……」
「その音を聞きつけて、さっきのやつが近くまで引き寄せられていたのね」
「とりあえず……こいつは何とかしないとな」
足元に転がっていた太い原木を抱え上げ、顔の高さまで持ち上げて、動けない黒い塊へ叩き落とそうとした。
「光司、ダメよ!」
「えっ!?」
制止の声が聞こえたが、すでに勢いのついた原木は止められなかった。
ドスンと重い打撃音が夜の峠に響き渡り、ネットに絡んでいた塊は予想以上に脆く、崩れ去った。
「来るわ!」
……音を出すなと言われていたことを、あの動けない塊を目にした瞬間に頭から失念していた。
いや、知らず知らずのうちに、亡くなった集落の人の無念を晴らそうとする仕返しの感情が、俺を突き動かしていた。
「神社まで走るわよ!」
みしろは俺の手を掴み走り出した。
「すまない、音を出すなと言われていたのに……」
「いいのよ……気持ちはわかるわ」
稲荷神社へと続く石段を、息を切らしながら一気に駆け上る。
石段の途中で一瞬振り返ると、下の暗闇の中に、音を聞きつけた数体の黒い影が集まってくるのが見えた。
そのどれもが、参道の階段を上る事はこともなく、その前で足を止めていた。
朱色の鳥居を潜り抜け、境内の小さな祠の前で、石段に腰を下ろし、倒れ込むように息を吐いた。
暗い月明かりの下、荒い呼吸を整える。
「光司……覚えてる?」
「何をだ……」
「あなたと初めてここで会った時のこと……」




