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白狐の恋~聞こえない足音~  作者: 空白朔名


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第14話 昔から

 第14話 昔から

 


 次の朝、早起きして台所で弁当を作る俺の姿を、みしろが後ろから見つめていた。

 昨日の弁当が気に入ったらしく、今日も期待の視線を送ってきている。

 俺は残りのスイカを一口大のサイコロ状にカットして、タッパーへと詰めた。


「ほら、これ食後のデザートだ」


「そんな切り方したら、甘いところがどこだか分からなくなるわ」


「その対策だ……」


 明日の葬儀に着ていく喪服を探すため、みしろの寝室にしている客間へと向かった。

 引っ越して封も開けないままのダンボール箱の中にしまっていたはずだ。


 引っ張り出し、シワを伸ばすためにハンガーに掛ける。

 ふと見ると、先ほどまでみしろが寝ていた布団が、そのままの形に敷かれていた。


「布団ぐらい畳んでおけよ……まあ、葬式は明日の昼からだから一度干すか……」


「今日もここで寝るのに、布団を畳むの?」


 いつの間にか後ろに立っていたみしろが、不思議そうな顔をする。


「そういうものなんだ。敷きっぱなしにしておくのを『万年床』って言うんだよ」


「一万年も同じところで寝るの?」


「屁理屈言うなよ、そう思えるぐらい長い期間って意味だ」


「まだ五日目よ?」


「……わかってるよ! じゃあな」


 みしろとあの踏切で出会ってから、今日でちょうど五日目。

 いつの間にか、彼女との奇妙な同棲生活にもすっかり慣れてきていた。

 少し世間離れした言動に振り回されはするものの、そのあしらい方や距離感も少しずつ掴めてきている。

 何より、彼女の整った美しい容姿と、嘘のない真っ直ぐな性格に、一緒にいて嫌な気持ちは全くしなかった。


 

 車に乗り込み、いつもの通勤ルートを走らせる。

 駅の周りを通りかかると、数台のミキサー車がアームを伸ばして停まっているのが見えた。

 完全復旧とまではいかないものの、電車自体は減便しながらも運行しているらしい。

 地盤沈下を起こした線路の下へ、ミキサー車から『固化材』と呼ばれる特殊なセメントを流し込んで固めているのだとニュースで聞いた。


 みしろは『出られるやつはもう出た』と言っていたが、これだけ固められてしまえば、仮に中に残っていたとしても、これ以上の化け物が新たに這い出してくることはないはずだ。


 峠を越え、製材所の前を通過する。

 製材所の火災、郵便局員の事故、裏の畑での倒木事故。その三件以降、怪異の目立った動きはなかった。


 だが、その不自然な静けさこそが、かえって俺の不安を強く煽り立てていた。

 やつらは決して消えたわけではなく、山の中に潜んでいる。


 ——今のうちに、何かできることはないのか……。


 

 その日の夕方、帰宅した俺はいつものように晩ごはんの支度をしようと台所に立ち、冷蔵庫を開けた。

 だが、メインとなる肉や魚の買い置きが底を突いていることに気づく。

 それに、明日の葬儀で着る喪服を確認した際、黒いネクタイが見つからなかったことも思い出した。

 食材とネクタイを買いに、少し離れた街のショッピングモールまで車を出すことにした。


 駐車場で車を出す時、助手席の窓ガラスに外の景色を眺めるみしろの顔が映っていた。

 ふと視線が交差する。


「光司、どこにいくの?」


「少し離れたショッピングモールだよ。大きなスーパーもあるから果物もいっぱい売ってるぞ」


「光司は昔から優しいね……」


「なんだよ急に。昔って、五日前の踏切の日のことか?」


「ううん、もっと前。……覚えてない?」


 みしろは体をこちらへ向け、俺の顔をまっすぐ覗き込んできた。


「覚えてないな。それに……踏切で会った日、俺の名前すら知らなかっただろ?」


「そうね、名前はあの時に聞いたわね」


 相変わらずどこか噛み合わない会話のまま、車は夕闇の国道を走った。

 

 ショッピングモールに到着し、紳士服店で適当な葬儀用の黒いネクタイを選ぶ。

 俺がレジで精算している間も、みしろは店内にあるネクタイを物珍しそうに手に取り、自分の首元にあてがって遊んでいた。


「みしろ、行くぞ」


 店を出て歩いていると、アクセサリーショップがあり俺はその店頭で足を止めた。

 ディスプレイされたヘッドマネキンの首元に、黒い革製の『チョーカー』が飾られていたからだ。


「いつも俺を驚かす罰だ。前に言っただろ? 首輪をつけるって」


「え?」


 俺は何本かのチョーカーを、みしろの細い首元にあてがってみせた。

 彼女は、その中から黒いシンプルな細革のチョーカーを手に取ると、珍しそうにじっと見つめた。

 

「……鈴がついてないわ?」


「首輪じゃなくてアクセサリーだからな……」


「本当にわたしを飼うの?」


「もう、あの家の住人みたいなもんだろ」


「じゃあ、これにするわ」


 会計を済ませて手渡すと、みしろは嬉しそうにその場で自分の首にチョーカーを巻きつけた。

 そして、黒い革が馴染む首元に、何度も細い手を添えて愛おしそうに触れていた。


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