第13話 視界の境界
第13話 視界の境界
仕事が終わり、帰宅した俺は、そのまま台所に立って晩ごはんの支度を始めた。
みしろは俺の隣に並び、シンクでボウルに水をためて野菜を洗ってくれていた。
「なあ、昨日も多分あれに襲われて亡くなった人がいる……」
「そうなの……」
みしろは洗っていたキュウリの手を止めず、静かに呟いた。
「あの三角形の外側ばかりだ。事故として処理されてるけど、絶対におかしい」
「今はね……でも、そのうちここにも来るわ」
彼女は予言のように淡々と話した。
「そもそも……何で、三角形の外ばかりなんだ? 事の発端は、線路やあの沼がある『内側』じゃないのか?」
「昔より、村は大きくなってるわ。人間が三角形の外側にも住みだしたから。それに……『白蛇様』が怖いんじゃない?」
「裏山の『御神体の化身』か……何とかできないのかな……」
「山に入って狩りに行く?」
みしろがキュウリをザルに上げながら、真顔で俺を振り返る。
「何を狩るんだよ?」
「木よ」
「……無理だよな。……かと言って、まだ警察に言っても信じてもらえないだろうしな」
「そうね。それに……多分、山に入っても見つけられないわ」
「どうして? あんなデカい図体だぞ? あんなの目立つだろ」
俺の言葉に、みしろは残ったキノコへ手を伸ばしながら、ふっと意味深に目を細めた。
「『木を隠すなら森』って言うでしょ?」
「みしろは、そういうのは詳しいんだな。……でも、キノコは洗うなよ。水っぽくなるだろ」
「光司は、そういうのは詳しいのね」
「悪かったな、こんな生活感あふれる知識で……」
「光司は洗濯も詳しいわ……」
「……ありがとな!」
噛み合わないお褒めの言葉に、俺はあきらめて笑うしかなかった。
食事を終え、みしろは風呂の準備をしている。
俺はいつものように、曽祖父の手記の昨日のページを開いた。
『山の木がどんどん沈められていく……』
『工夫の飼っていた牛が、沼へ落ちて戻らなかった』
『川側のトンネルは通った……しかし峠のトンネルでは、また落盤で死者がでた』
「死者まで出てるんだ……壮絶な工事だな」
ページをめくる。
『綺麗な子だ。この村の者ではない……』
『今日もあの子は来ていた。私を見ている』
「なんだよ! 狐観察日記の次は、美少女観察日記か!?」
「光司……誰を観察してるの」
通りがかったみしろはその場でバスタオルを広げて、その影に身を隠した。
「いや……みしろのことじゃないから、安心して風呂に入ってこい」
彼女は俺から視線を外さず、後退りしながら風呂場へ消えていった。
手記を閉じ、テレビを点けようとした時、スマホの着信音が鳴り響いた。
画面を見ると、母からだった。
みしろがお風呂に入っている最中だったのは幸いだった。
『どう? ちゃんと食べてる?』
「大丈夫だよ、それよりどうしたんだ?」
『光司、聞いてない? そこの裏のおじさん、昨日畑仕事中に亡くなられたのよ』
「そうなのか? 確か親父の従兄だって言ってたよな」
『そうよ。畑の枯れていた桜の木が突然倒れて、下敷きになったそうよ』
「倒れて……」
『明後日の金曜日だけど、お葬式に行ける? お父さん出張中で行けないのよ』
「……わかったよ。仕事は休暇を取っておくよ」
俺にとっては遠い親戚だったが、父が市内に行くまでは付き合いも深かったことは聞いていた。
祖母の葬式にも来てくれていた。
俺も近いうちに挨拶に行こうと思っていた矢先の出来事だった。
『喪服そっちに持っていってるわよね?』
「ああ、たぶんあると思う。……じゃあ」
通話を切り、スマホをテーブルの上に置いた。
そして、俺は深く息を吐きながら、両手で顔を覆って机に倒れ込んだ。




