第12話 三角形の外側
第12話 三角形の外側
「美銀……みぎん? いや、びぎん? 読み方が分からんな」
手記のページをさらに数枚めくる。
『資材が足りない。沈めても、沈めても底には着かない』
『村人たちは、あの山の木には手を出すな『白蛇様』の祟りがあると叫ぶ』
『堪えかねた工夫どもが、鍬を手に山へ向かった。止められなかった』
「そうそう、ここが見たかったんだよ……」
「どこを見たいの?」
風呂上がりのみしろが、襖の影から顔を半分だけ出していて俺を見ていた。
「違うよ……毎日言ってるけど。みしろのことじゃないから」
「おばさんのこと?」
「お前、それは絶対におばさんに言うなよ……俺がこの村に住めなくなるだろ……」
「そうするわ」
「みしろが言ってた裏山の『白蛇様』のことが、この手記に書いてあったんだよ」
「知ってたわ」
「そうだな、みしろは『お稲荷様』じゃなくて『白蛇様』って言ってたな」
「山がそのものが『御神体』だったの。その化身が『白蛇様』なの」
「御神体の山の木を勝手に切られたら、神様が怒るだけじゃない。村人だって、黙っていないよな……」
俺は手記を閉じて、風呂に向かった。
脱衣場でシャツを脱ぎ、着替えようとしたときだった。
カゴの中に洗濯物が溜まっていることに気がついた。
溜まっていた服を何も考えず洗濯機へ放り込んでいたが、その中にみしろのシャツや下着も混ざっていた。
「これは……型崩れするしネットに入れた方がいいのかな」
そう思ってみしろのブラジャーを指先で摘まみ上げた、その瞬間だった。
「それ、光司も付けるの?」
「ち……違う! 洗濯しようとしただけだ」
「光司は付けないの?」
「俺は……みしろみたいにないだろ? って、俺は一体何の説明をしてるんだよ!」
「そうね、光司にはないわね」
「……よし、洗濯機の使い方を教えてやるから、明日から自分でやれ」
脱ぎかけた服を着直し、みしろに洗濯機のボタンの押し方を一から教える。
——もしかして……彼女は、凄いお屋敷のお嬢様育ちなのか……?
次の日の朝。
少し早く起きて弁当をふたつ作る。
みしろの昼食としてひとつと、俺が会社に持って行く分だった。
「弁当、野菜室に入れておくから」
「わかったわ」
「それと、おばさんには変な事は言うなよ」
「大丈夫よ、見たくないんでしょ?」
「そういう事を言うなって言ってるんだ。じゃあな」
やはり、帰って来た時のことが少し不安だった。
敷地内の駐車場に行くと、おばさんが血相をかえて駆け寄ってきた。
「お……おばさん。すいません! そういうつもりで言ったんじゃないんです」
思わず、直立不動で謝ってしまった。
「光司君、何言ってるの?」
「あっ、いえ……何でもありません」
「昨日、お稲荷さんの向こうの製材所。小火騒ぎがあったでしょ?」
「ええ、昨日の帰りに見ましたよ。建物も焼けてなかったし大したことなかったんでしょ?」
「それがね、火事というほどではなかったらしいけど、ご主人が崩れてきた材木に挟まれて、逃げ遅れて亡くなったらしいのよ」
「えっ……」
「それにね、昨日のお昼は、川沿いの神社の近くで郵便屋さんがバイクで転倒して亡くなったみたいなの」
「街の郵便局員さんですよね」
「そうよ。……最近、物騒で嫌になるわね」
「……そうですね」
「光司君も気を付けてね。みしろちゃんを未亡人にしちゃダメよ」
「あっ……はい……」
やはり二件とも、あの三角形の外側の話だった。
見たくない現実が、決して偶然ではないことを俺は確信していた。




