第10話 銀色の狐
第10話 銀色の狐
家に戻り、玄関の土間の壁に持っていったバールを立てかける。
みしろがそのバールと俺の顔を交互に見比べた。
「線路直さなくて良かったの?」
「何言ってるんだ? 線路なんか勝手に触っちゃダメに決まってるだろ」
「それ持っていったから、線路を直すんだと思ったわ」
「……俺に対する嫌味か?」
「昔、線路を敷いた人が持っていたわ」
確かに一般的なバールとは異なり、全体が真っ直ぐな形状で、片方の先端が尖っていない特殊な形をしている。
——なんでこんな道具が、うちの蔵にあったんだ?
ふと、出かけ際に下駄箱の上に置いていった『曽祖父の手記』に目が留まった。
俺はその古い冊子を手に取り、居間へと向かった。
「みしろ、風呂に入ってこいよ」
「光司は入らないの?」
「俺は後でいいから」
「後から来るの?」
「行かねーよ、覗いたりもしないから安心しろ!」
風呂の準備をはじめるみしろ。
いつの間にか、ごく自然に同居する流れになってしまっていることに苦笑する。
俺はテーブルの前に座り、曽祖父の手記の表紙を開いた。
古い紙特有の匂いと、かすかな埃とカビの臭いが鼻の奥を刺激する。
明治時代、若かりし頃の曽祖父が、この地に鉄道を通すために来た際に書かれたものだった。
「やはり、この手記はあの線路を通す時に書かれた物だったんだ」
数ページをめくる。
『あの川を……あの山を……あの沼を……どうしたらここに線路を敷けるんだ』
『大雨が降り、橋脚も流され抜いた沼の水もまた元通りだ』
『丸太で筏をつくり、土砂で沈める。繰り返すが未だ底が見えない』
詳しい場所や地名などは書かれていない。
ただ、工事の難航に対する曽祖父の悲痛な焦りと困惑が、荒々しい殴り書きで綴られていた。
さらに数ページめくる。
『朝、外に狐がいた。その毛は針のように銀色に輝いている。声をかけると山に帰っていった』
『また、あいつが来ていた。柿を投げると山に持って帰っていった』
『今日は、魚をやった。その場で食べた。頭を下げ礼を言ったようだった』
「餌付けの話に変わってるじゃねーか! 俺が見たいのはそこじゃないんだよ」
「光司、どこが見たいの?」
いつの間にか、みしろが、襖の影から顔だけを覗かせていた。
「お前のことじゃないよ、どこも見ないから、入ってこいよ」
みしろはゆっくりと、俺の視線が向いてないことを確かめるようにして部屋に入ってきた。
「何をそこまで警戒してるんだよ……」
そして、いつものように机を挟んで俺の正面に座った。
「光司……」
「な……なんだよ?」
「スイカ、残ってるの食べる? 昼にもらって食べた残りだけど、冷やしてあるから」
「ああ、食べるよ」
みしろはすっと立ち上がり、台所へ向かうと皿に乗ったスイカを運んできた。
テーブルの上、俺の目の前にその皿を置く。
「なんだ……三角形の上の甘い所が全部なくなってるぞ……」
「だから、『残り』って言ったでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「でも、冷やしてあるから美味しいんでしょ?」
「そ、そうだな……冷やすと美味いって言ったな……」
俺はため息を漏らしながら、しっかりと冷えたスイカを口に運んだ。
「それでさ、這い出してきている場所は分かったんだから、まずはあそこを塞がないとな」
「いいえ、遅かったみたい。もうほとんど出たあとよ……」
「えっ!? なんでだ?」
「匂いはあいつからしていたわ、竹藪の穴からはもうあまりしていなかったから」
「じゃあ、もう百体以上がこの辺りに解き放たれてるってことか!?」
「出られなかったやつもいるから、そこまで多くないと思うわ」
「どこに隠れているんだ……」
みしろは、皿のスイカのタネを細い指先でつまみ、テーブルの上に三つ並べた。
「三角形の外よ、川側の山と稲荷神社の南の山」
彼女は、三つの種が描く三角形の外側を、指先で順番に指していく。
「そこって、俺たちが襲われた場所や民家が叩き潰された場所、それにあの軽トラが河原に突き落とされた場所か……!」
「そうなるわね……」




