ヨーグルトとフルーツゼリー(8)
そして土曜日。
今日の製作会は、孝美の家でやることになっていた。
日程や場所は、前回の土曜の別れ際にはもう決まっていた。でもまさか、一週間の間にこんなことになるなんて予想していなかった。
千葉さんと話してから、孝美ともいつも通り接するように心がけていたけれど、それでもまだなんとなく気まずい。
「へえ、その子もなかなかいいアドバイスしてくれるじゃん」
「うん……」
「にしても、相変わらず猪突猛進だなあ、朔子は」
「もー、航ならちゃんと慰めてくれると思ったのに」
「いやいや」
孝美の部屋は相変わらずきれいに片付いていて、学習机の前の棚に飾られたガンプラが順調に増えていること以外、前に来た時と変わりない。
この部屋をプラスチックの削りカスやシンナーの匂いで汚してしまうのはしのびないので、私も航も自分の作品の表面処理や合わせ目消し、大きな部分の接着などを自宅で済ませてから持ってきていた。
あまり細かい作業も面倒な工程もないので、今は孝美の作業を見守りつつ茶飲み話をしている。
航はわざと責めるような口調で言った。
「あの時、ボクにはあんな偉そうなこと言っといて、孝美ちゃんのこととなると全然ちがうじゃん、って話聞いてて思った。それってぇ、孝美ちゃんの選択肢を狭くしてないですかぁ?」
「う……面目ない」
航が言いたいことはよくわかる。
夏休みに、自分の将来を決めつけていた航に「人生の選択肢は一つじゃない」みたいな説教をしたのと同じ口で、一昨日は孝美や将人の自由意思を無視するようなことを言ってしまったのだから。
将人の好きな人は孝美であってほしい。
孝美は将人が他の女の子を好きになるのを許しちゃダメ。
それは結局、私だけのこだわりでしかない。
そしてそれは、孝美や将人にとっては、いらないおせっかいでしかない。
「うそうそ。冗談だよ――正直ボクもさ、孝美ちゃんがガンプラ作ってるのを見てると、自分ならこうするのになあ、って思っちゃうことがあるんだ。でもそこでボクが勝手にキットを取り上げて組み始めるのはちがうよね」
「うん……」
「朔子が孝美ちゃんにそうなってほしい、って理想があってもさ、それは孝美ちゃんの人生なんだから」
航は、孝美が夏に作った作品に目をやりながら、しみじみとそう言った。
「わかってる。私、あの時はちょっと突っ走りすぎた」
「よしよし、ちゃんと反省できてえらい」
恐縮して手が止まってしまった私に、航は急に優しい顔になり、少し間を詰めて座り直すと、頭を撫でてくれた。
夏のあの出来事以来、こういうスキンシップが多くなったような気がする。
そこへ、台所から孝美がお盆にコーヒーカップを三つのせて戻ってきた。
「もー、航ちゃんは朔子ちゃんを甘やかしすぎだよー」
と、孝美が不満げな声を上げた。
私たちのやりとりは聞こえていたのだろうけど、それに本気で腹を立てているわけではないようだ。
「ずーっと落ち込んでたくせに、航ちゃんの前だと調子いいんだから、もう」
「孝美ちゃんは、ホントにもう気にしてないんだよね?」
カップを受け取りながら航が念を押すと、孝美はしっかりと頷いた。
「うん。――みゆきちゃんもちょっと誤解してたみたいだけど、あたし別に朔子ちゃんが悪いとは思ってないし、将人くんのことだって理由がわかってるから気にしてないんだもの」
「理由?」
私がおうむ返しに訊き返すと、孝美はまたこくりと頷いて、クリープがたっぷり入った甘いコーヒーを一口すすった。
「先週の金曜日、病院でね。レイちゃんのお父さんがあとから駆けつけてきて、事情も訊かずにすごい剣幕で将人くんの胸ぐらをつかんで怒鳴ったの。『うちの娘が嫁にいけなくなったらどうする!』って」
「牧野さんの、お父さん……?」
「そう。それで村上先生とレイちゃんのお母さんが仲裁に入って、レイちゃんも気がついて――それでちょっとお互いに気まずくなっちゃって」
「そんなことがあったんだ」
それであの時お父さんがどうのこうの言ってたのか。
「結局、次の日にはレイちゃんのお父さんも冷静になって将人くんにお詫びの電話入れたらしいんだけど、そこで将人くんの方も責任取りますって、レイちゃんの送り迎えすることになったの。そしたら、お父さんが将人くんを気に入っちゃったらしくて、将人くんのご両親も交えて食事会でも、って誘われてたみたい」
「ええと、なんか雲行き怪しくないか? 家族ぐるみのつき――」
「ちゃんと最後まで聞いて」
「はい。ごめんなさい」
私はまた恐縮して、座布団の上で正座した。
「それがちょっと強引なお誘いだったみたいで、さすがに将人くんも困っちゃって。レイちゃんにいろいろ相談して、丁寧にお断りの手紙を書くことにしたみたい」
「ええと、それって……」
「水曜日の話」
つまり、私が昼休みに牧野さんと将人が会っているのを目撃して、放課後に暴走したあの日だ。
「たーかーみー! ごめーん!」
私はあらためて自らの罪の重さを再確認し、言葉のすべての文字に濁点がつきそうなほどにべそをかきながら、孝美に抱きついて謝った。
「言ったでしょ、杞憂だって」
「だってさぁ……」
「朔子ちゃんってば、ほんとに予想もつかない行動するんだから、まったく」
言葉ではそう言いつつも、孝美は私を正面から抱擁して頭を撫でてくれた。
奇しくも、今日は航と孝美の両方に頭を撫でてもらえる日だったようだ。
「理由はわかったけどさ」
と、航がそこで口を挟んだ。
「その将人くんの噂そのものは、早めに消えてくれた方が朔子の精神衛生上はよさそうだよね」
「うん。それもちゃんと手は打ったから、心配しないで」
孝美はどんと胸を張った。
「月曜日には、もう大丈夫になってると思うの」




