174「ジロクアント王国講演」
「この国って建物が密集してないのね」
タリエルが感想を洩らす。
国境を越えてからずっと草原ばかりが続いて、
まばらに建物が散見した風景が続いている。
「王城の周りだけ賑わっているらしいですね」
チズシアが国情報を読んでいる。
「ジロクアント王国って草原の国だっけ?」
「ノイミラ姫様、ジロクアント王国は魔道など各種研究が盛んな国で有名ですよ」
ラザリが国の説明をした。
ジロクアント王国は魔族の国ハユバムと同盟国でもある。
今までの国が商業団地の雰囲気を持っていたのに対し、
この国は工業団地の雰囲気を持っていると言った方が合っているかもしれない。
どちらにせよ、食料や日用品を買わなくちゃならないから、
一行は王城のある繁華街に馬車を向ける。
馬と馬車を預ける事が出来る中規模の宿屋を探す。
建物密度が低く、緑地が多いこの国は馬車で訪れる者が多いと見えて、
希望する条件の宿屋は沢山ありそうだ。
ちょっと目をやるだけでも、適当な宿屋はすぐに見つかる。
宿屋にチェックインしたタリエル姫達は、先ず宿屋の食堂で食事をする事にした。
「研究都市って言うわりに、料理の研究ってしないのかしらね」
「あちらの世界を知ってしまうと食文化の違いを痛感しますね」
チズシアも料理を美味しそうには食べていない。
「あちらの世界って、食文化凄そうですね」
ノイミラ姫が食文化の一端に触れたのは、
ニホバル王子が作ったカツドンしかない。
それでも、今迄に食べた事が無い鮮烈な美味だった。
愚痴を洩らす二人の心情は少しわかる気がした。
「姫様達、これはこれで十分美味しいと思いますよ」
「ラザリは知らないから、そう思えるんです」
「ビエルも知らないです」
そんな話をしていると、あちらの料理が
恋しくなってきたタリエル姫とチズシア。
興味を持ったノイミラ姫はタリエル姫に話を持ち出した。
「タリエル姫様は物を作り変える事が出来るんですよね」
「そうですね……、なら一つやってみましょうか」
タリエル姫の手の中で料理がプリン・アラモードに再構築された。
皆の料理を集めて人数分を次々に変えていく。
離れた所からタリエル姫たちを眺めていた、宿の女将さんが興味をもってやって来た。
「お客さん、それ一体何なんだい?」
「プリン・アラモードという卵菓子よ」
「ほー、何と鮮やかな卵菓子ですねぇ」
プリン・アラモードを口にした一同は目を輝かせた。
プリンの周りに色合いの良い果物もクリームも添えられている。
「「「「うんまーい!」」」」
宿の女将さんは、レシピを是非教えて欲しいとタリエル姫に縋ってきた。
レシピを教えはしたが、砂糖が高価なため作るに作れない事が解った。
各種の果物も入手不可能な物でもある。
「砂糖を使ったお菓子を食べられるなんて、お客さん達王族かい?」
改めて自己紹介をする事にした。
魔族ザウィハーのタリエル姫
ヴァルキュリアの国アサスウイアのノイミラ姫
あとは従者のチズシア・ラザリ・ビエル。
「ひええ! 二国の姫様達でありましたか、失礼をしました」
宿屋の食堂には少なからず他の客もいて、タリエル姫達や女将さんの話を聞いていた。
二国の姫様がお忍びで来ている事は、すぐに噂が広まってしまう。
噂がバホンギード国王の耳に入るのも、時間は掛からない。
王城から迎えの使者が宿に到着し、タリエル姫達は王城に招かれる事になった。
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ザウィハーで新たな術系統が開発されたらしいという噂があるために、
同盟国ザウィハーの姫君が来ているとなれば、招かざるを得ない。
王城では、バホンギード国王、魔道研究所所長ナサラトットの他に、
大臣達や研究者達が勢揃いで、タリエル姫達を迎えたのだった。
急遽招かれた国賓待遇だけど、プライベートな旅だから礼服の用意が無い。
冒険者姿で失礼に当たらないかと、ビクビクしていたタリエル姫達だが、
この国では礼儀云々以前に、知識の収集が重要だったようでお咎めは無かった。
バホンギード国王謁見で挨拶が終った後、ナサラトット氏の案内で視察になった。
最近、魔石動力車モデルが考案されたという。
それは風の魔法で推進する車らしい。
魔石の高密度化に問題があって、長時間使用は無理だと言う。
コストが悪すぎる上に、方向を変えるのに尾翼を使うらしい。
「機械の事は解らないけど、地球の車の方が進んでいましたね」
「ほう、地球の車ですか」
ナサラトット氏が強く興味を持って聞いてくる。
その車は魔法で動いていた訳じゃない事、電車も車も馬より速かった事、
自転車・スクーターをチズシアは見た事があるという話。
ニホバル王子だったら、ガソリン機関知ってるかもなど説明をした。
「私もチズシアも、残念ながら機械の事は解らないのです」
残念そうな顔をするナサラトット氏。
「それで、タリエル姫様は異世界で何をなさってたので?」
「錬金術と生命科学の研究です」
「何と、錬金術と生命科学の研究ですか」
ジロクアント王国では、生命科学の研究という物はまだ無い。
錬金術は結構胡散臭いが。
研究者でもあるナサラトット氏の興味を惹かない理由が無い。
「生命科学の研究も我が国に導入出来そうですな」
聞きたい学者達も多いに違いない。
「それはかなり難しいと思いますよ」
「何故ですか? まさか極秘になっているとか?」
「極秘にはしていませんが、重要な機材が無いのです」
「では、学問系統の話を是非に」
しつこく頼んでくるナサラトット氏の願いに折れたタリエル姫は、
広い講堂で学者達を前に、錬金術と生命科学の講義をする事になった。
良い機会だからとノイミラ姫・侍女ラザリ・ビエル・コロポウネも聴講する気でいる。
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学会が開かれる講堂に、総勢500人の研究者達が聴講に集まった。
講師はもちろんタリエル姫だ、凛と響く声で説明が始まった。
公衆の面前で演説する教育を受けているから、臆する事は無い。
「今から私が説明する生命科学という物は、医学の先にある物なのです」
この世界では、治療は魔法に頼る所が大半を占めている。
戦闘で負う傷は、薬草や治癒魔法で対処してしまうから、
医学の知識はものすごく乏しい。
いきなり遺伝子の話をしても、無理があるかもしれない。
ノーチャから教わったように、人体の構造の説明から始めた。
骨格の周りに、筋肉や臓器、血管が巡って体を成している。
皮膚も臓器も骨も何もかもが、実は微細な細胞で出来ている。
細胞の大きさは、芥子粒の千分の一の大きさだから、目で見る事は出来ない。
細胞の中に、人体を作るための設計図が隠されているという説明をした。
その設計図は、四種の核酸の塩基配列で組まれていて、
四種の核酸はアデニン、チミン、グアニン、シトニンと名付けられ、
ねじれた梯子のような形の二重螺旋構造を遺伝子と名付けられている。
塩基の組み合わせは、特定の法則に則って対になる相手が決まっていると説明がなされた。
錬金術では神の名を表わす「神聖四文字YHWH」で言われる物がATGC。
テ・トラ・グラ・マトン「彼はならせる」それが遺伝子なのです。
タリエル姫の説明に互いの顔を見合うロクアントの科学者達。
初めて聞かされる学説、概念に驚くほどの知識の下地も無かったから、
ナサラトット氏を持ってしても、どう対応して良いのかが解らない。
「タリエル姫様は異世界で、その知識を学んで来られたと?」
「その通りです」
「我等は如何にすれば、それほどまで微小な物を扱えるのでしょう?」
「扱うための専門の機材が無ければ無理です」
「在るのかどうかすら知れない物の存在を、姫様はどのように証明されるのでしょう?」
会場はざわめいた。
今の質問はタリエルを詐欺師と言わんばかりの言葉だ。
「今質問をした者、即刻講堂から立ち去られよ!」
ナサラトット氏が、胡乱下に質問をした学者を場から追い出した。
彼はニホバル王子を通じて、異世界の事を少しは知っている。
ましてや同盟国のタリエル姫は、異世界で研究者として、何かしらの成果を残して来ているのだ。
今回の講演の場は、未知なる異世界の知識の有無を論議する場ではない。
「他に異論のある者はいるか? 居たら即刻立ち去るが良い。 姫様に失礼をお詫びするのだ」
「有難う御座います、ナサラトット様」
遺伝子の研究に入る為の、微小な物を扱える機材の開発を、
ジロクアントの科学者達が行わなければ、始まらないとタリエル姫は講演を締め括った。
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「タリエル姫様、公演中の御無礼、私ことナサラトットが深く陳謝いたします」
ナサラトット氏もタリエル姫達が見て来た世界を見たかったし、知りたかった。
しかし異世界に行くには、神の協力が無いと不可能なのも経験済みだった。
見る事も、識る事も出来ないのは、学者として忸怩たる思いでもある。
「話は変わりますが、タリエル姫様は、ザウィハーで新たな魔術系統が開発された事についてお知りでしょうか」
「仙術の事でしょうか?」
「ほう、その魔術系統は仙術と言うのですか、出来ましたらその講演もお願い出来ればと…」
タリエル姫の第二回学術講演が、引き続き行われる事になった。
会場では、立ち去った学者は殆どいない。
新たな知識を得るのに、貪欲な者こそが学者なのだろう。
「次には仙術について、話す事になりました」
タリエル姫の話が始まる。
仙術の起源は健康法だったんじゃないかと始まる。
『気』と『マナ』は同じ物かもしれないと言う推察。
体内という『炉』に呼吸を以って気を集め、煉って凝縮させて行く。
煉りに煉られた気は、丹田で丹薬として物質化していく。
全てはイメージングで操作が出来る事、この過程は錬金術によく似ている。
物質化した気は、散ずれば大気中に霧散すると、それらを説明した。
「タリエル姫様、宜しければ、それを我等に見せて頂けませんか?」
学者の一人が強く興味を惹かれた様子。
「解りました、貴方は何を創って欲しいですか?」
タリエル姫の返しに一瞬躊躇した学者だったが、
「それでは鉄の棒なんてのはどうでしょう?」
「鉄の棒ですね?」
タリエル姫は手の中に10cmほどの鉄の棒を創り出した。
靄のような物が発生した後、金属の棒が出現している。
「ほーう」
鉄の棒は会場の聴講者達の間を渡り巡っている。
火水木土の要素を扱う魔法は存在するが、何かを創り出す魔法は存在しない。
タリエル姫の推測では、気に火水木土の要素を付加した物が、従来の魔法なのかもと思っている。
体内に集めた気を魔法として出現させる行程を、言葉に出せば呪文となるのだろう。
「うむー、魔法の謎の糸口がここに在るのかも知れませぬな」
ナサラトット氏は感慨深そうだ。
研究所では、新たな魔法の開発や研究を行っている。
魔法陣や結界魔法も、その延長に過ぎない。
マナの概念は解るにしても、誰も根本原理に行き着いた者はいない。
「タリエル姫様は正に『賢者』と呼ぶに相応しいですな」
「タリエル姫様は国ではもう賢者の称号を貰ってますよ」
ビエルが講堂の脇から話してくる。
物質生成が出来るようになった時点で父王ロンオロスから称号を受けている。
「そうでありましたか、重ね重ね失礼をば、賢者タリエル姫様」
「タリエル姫様って凄い奴だったんだな」
ノイミラ姫が目を丸くする。
タリエル姫は少しだけ自信が持てるようになった。
ノイミラ姫はタリエル姫を尊敬するが、タリエル姫は、
仙人になったノルナ姫とキスナエレアに敵わない事で、素直に喜べない様だ。




