ブーメラン
いかにして、クラフバインドと戦うべきか。
「とりあえず、大きな課題は三つ有るわね」
クラウは言う。
「一つ、いかにして雪山に挑むか」
「ああ、これから雪降るんだっけ? 巨大甲冑って、雪が苦手なのか?」
祐一が聞くと、アロドは頷く。
「苦手という程ではないが、雪道は滑る。巨大甲冑が転べば、大変な事になるのはわかるだろう?」
「スパイクとか、チェーンとかはどうなんだ?」
雪道と言ったら、それしかない。こちらの世界の人間も、それぐらい気づいていていいはずだが。
「靴底をデコボコにするというアイディアは昔からあるが、余り真剣に取りざたされた事はないな」
「どうして?」
「うむ……」
アロドはなぜか言いよどんだ。
「……」
「……」
祐一とクラウが答えを待っていると、諦めたようにアロドは続ける。
「一応極秘とされている事なんだが、巨大甲冑は、温度が低いと動きが鈍る」
「……トカゲかよ」
「ドラゴンじゃよ」
どちらにしても結果は同じだが。
「つまり、雪山では根本的に動けなくなるって事なのか?」
「うむ……、ある程度なら、なんとかなるだろう。動いている間は自己発熱するからな。だが、一度動きを止めてしまうと、だんだん反応が鈍くなっていって、終には停止する」
眠るな眠ったら死ぬぞ、のロボ版か。
「ストーブでも背負っていけばいいのか?」
「あまり現実的ではないのう。一応、羽トカゲの発熱器官を利用した外套というのを考えているのだが……」
「ならそれを作ってくれよ」
祐一が頼むと、アロドは渋い顔をする。
「消費エネルギー的に厳しいぞ。たぶん、機動力に大幅なペナルティーが……」
「ちょっと待ちなさいよ。ユウイチの巨大甲冑は、まだ出力の半分も使ってないでしょ。羽トカゲの一匹や二匹、積めても大した負担にはならないんじゃないの?」
クラウが反論した。
アロドはクラウをジロジロと見つめる。
「確かに余剰出力は……いや、ちょっと待て。おぬし、なぜそれを?」
「ヘルミーターの心臓を入れてるんでしょ。それぐらいはいけて当然のはずよ」
「むぅ……バレているなら仕方あるまい」
ちょっと祐一がついていけないレベルで二人が納得しあっている。
アロドはコホンと咳払い。
「あー、羽トカゲの外套の件だが、おまえさん一人でもいいなら可能じゃぞ」
「……最初から一人で行くつもりだった。戦えるなら十分だ」
「じゃ、雪山でも戦える条件は整った、と考えて話を進めましょう」
クラウが言う。
「二つ、いかにしてクラフバインドを落とすか」
「この前と同じやり方じゃだめなのか?」
祐一が言うと、アロドは首を振る。
「一人で崖の上と下、両方の役をやるつもりかね?」
「あ……」
「しかも、クラフバインドは再生しきっていない。その分、的が小さいのだ。訓練を受けていないおまえさんが大砲を持っても、そう簡単には当たらんよ」
とは言え、大砲がダメとなると、遠距離攻撃を持たない巨大甲冑にはクラフバインド攻略は厳しい。
「あー、佐原はクラフバインドの動きをある程度操れるらしいんだけど、それで降りてきてもらうって言うのはどうかな」
「……いつも思い通りに操れるとは限らないし、マトモな手段は用意しておいた方がいいと思うのだけど?」
クラウが言う。
「そうは言ってもなぁ……そもそもアレ、どうやって飛んでるんだ?」
「雷の魔法で風を操っているらしいのだが、どういう仕組みなのか、よくわからん」
奇妙な話だ。
どうして風の魔法を直接使わないのだろう? 単にそういう属性という事なのか。
「落とすにはどうしたらいい?」
「ただ、体表を取り巻く細かい毛を攻撃すればいい、という事だけは確かだ」
銃火器以外の遠距離攻撃と言うと、弓矢か。
しかしそれも訓練が必要になるだろう。
だとすると、手で物を投げつけるぐらいしかないか。
「石を投げるとか……」
「妥当じゃの。戦場において、巨大甲冑をカタパルトの代わりに使った事も有る。ただ……」
「なんだよ」
「大量の石を持ち運ぶ方法がない。特にこちらから攻め込む時はな」
「それは何にしても同じだろ」
「少しでも輸送量を減らすためには、石より威力が大きくて命中率が高い物が必要だ。投槍は研究されているが……」
何か問題でもあるのか。
祐一が無言で先を促すと、アロドは言う。
「……意外と投げにくい」
「何だそれ」
「言葉の通りじゃ。この口から言えるのは、大砲以上に訓練が必要、という事だけじゃな」
アロドの口調は軽くない。何かよくない事があったのかもしれない。
投げる物。他に何か投げる物。
「ブーメラン……」
破れかぶれに思いついた。
「何だそれは?」
「こう、薄い板みたいなものを、投げるんだ」
「薄い板? それは、武器として使えるのかね」
「確か、どっかの民族が狩りに使ってたって聞いたけど……」
うろ覚えの知識で言ってみるが、今一つ自信がない。
オーストラリアだっけ?
「どんな形をしているんだ。ちょっとここに書いてみてくれ」
アロドは黒板と白墨を出してくる。
祐一はへの字型のブーメランを記す。
「こんな風になってて、ここを持ってこう投げると回転しながら飛んでいくんだ。あと、獲物に当たらなかったときは、そのまま戻ってくる」
「は? おまえさん、何を言ってるんだ? 投げれば飛ぶのはまだ解るが、戻ってくる?」
「いや、だから……あーもう厚紙みたいなのないか? ちょっと作るから」
祐一は簡単なブーメランを作って実演してみせる。
うまく戻っては来なかったものの、くるくる回転しながら十メートルぐらい飛んで壁にぶつかった。
「ありえん……。そんな軽い物を放っただけで、そこまで飛ぶものなのか」
「え? いや、これそこまで驚く様な物じゃ……」
「何を言っとるのか! これはもう飛翔体の構造に対する革命だぞ! こうしちゃおれん。研究じゃ」
アロドは目を輝かせて叫ぶ。
大げさな事を、と思うのだが……中世ヨーロッパ的世界だと、飛ぶ人工物なんてないのかもしれない。
実際、こちらの世界に来てから、祐一はそれっぽい物を見た事がなかった。
この時代には、揚力の概念などなかったのだ。
「あ、ちょっと待てよ。作戦会議まだ終わってないだろ」
「これを巨大甲冑サイズで設計すればいいのだろう? 近いうちになんとかする。楽しみに待っておれよ!」
「……」
そういうわけで、祐一達は殆ど追い出されるようにして開発部の建物を後にしたのだった。
外に出た祐一は、空を見上げる。
建物と建物の隙間から見える空は、狭く青い。
「あれは本当に、どうしようもない人ね」
声がしたのでそちらを見ると、いつの間にか、クラウが隣に立っていた。呆れたようにため息を付きながら。
「行くわよ。ついて来なさい」
なぜか祐一をどこかへと先導する。
「どこに連れてく気だ?」
「いい所よ?」
クラウは説明もせず、スタスタと歩く。
「それにしても、あのブーメランとやらは意外だったわね。あんたの世界にも、面白いものがあるみたいじゃない」
「それを言ったら、こっちの世界の巨大甲冑だって凄いだろ。持って帰りたいぐらいだ」
「あんたの世界には、ドラゴンっていないの?」
「いないよ」
「ふぅん、それは寂しいわね」
「寂しい?」
そういう考え方もあるのだろうか?
こちらの世界では、ドラゴンは人間の
「あんな奴らがいたら、俺の世界の科学の進歩は千年分は遅れていたよ」
「この世界からもドラゴンがいなくなった方が、都合がいい?」
「違うか?」
「……ま、そう考えるのは人間の都合でしょうね」
何か話の流れがおかしい気がする。
もしかして環境保護団体の勧誘か何かなのだろうか?
確かに、ドラゴンを全滅させてしまったら、資源供給的な意味での問題が発生するかもしれないけれど。
遠い未来には、ドラゴンを家畜として育てる世界が来るのかもしれない。
などと思っているうちにたどり着いたのは、格納庫だった。
「っていうかここ、俺の巨大甲冑が置かれている場所じゃ……」
「そうよ」
クラウは勝って知った風で中に入っていってしまう。
祐一は慌てて追いかける。
クラウは、作業台を三階の高さまで上り巨大甲冑の横顔を見つめていた。
「この巨大甲冑が、そんなに好きなのか?」
「かわいいじゃない」
「……かわいい?」
勇ましいとか、かっこいいとか、強そうとか、そういうのならまだ解るのだが、かわいい?
よく解らない感性を持った奴もいるもんだな、と思う祐一だった。
ブーメランとか紙飛行機とか竹とんぼとか、あれ人類史上で最初に考えた奴は地味に凄いと思う




