出撃
―――二ヵ月後
粘り気を持った空気の波が押し寄せてくるような気配。
祐一は、白砂を踏みながら佐原のいる所を目指す。
佐原は岩に背を預けて、ぼんやりと空を見上げていた。かなり疲れているようだ。
「大丈夫か?」
「うん、今は安定している感じ」
「今は?」
「うん……」
以前には良くない状態もあったのだろうか?
佐原は語りたがらないようなので、祐一も詳しくは聞かない事にする。
「今、クラフバインドを倒すための準備が進んでいる。出撃は明日だ」
「……でも、この辺りは、雪が降り積もってるみたいだよ。大丈夫なの?」
「そういう前提で、二ヶ月も掛けて準備したんだ。クラゲなんかに遅れを取ったりしないさ」
祐一が言うと、佐原も力なく笑う。
「そっちは今、どうなっている?」
「このクラゲ、前の時より少し大きくなってるみたい。このままだと、本当に半年もしないうちに元の大きさに戻っちゃうかも」
「そっか……動きの方は? まだ中から制御できそうか?」
「微妙。だんだんいう事を聞いてくれなくなってきたし、大きくなったせいか、動きも遅くなってる」
「谷の上にあがったりはしてないよな?」
「それは大丈夫。まだ、谷間からは出ていないよ」
ならば、大きな問題にはならないだろう。
作戦に変更は必要ない。
「場所はどこでもいいけど、できるだけ下流の方がいい。渓谷を出る手前、そこだと雪も少ないし、気温もそんなに下がらないんだ」
「そっちのロボットにとっては、有利になるって事だね」
「ああ。それに、その方が佐原の負担も少なくなると思うから」
「私の負担? ……よくわかんないけど、やってみるよ」
「がんばってくれよ。ただ、渓谷の外まで出ちゃうのはよくないかもしれない。それで制御を失ってどっかに逃げられたりすると、面倒な事になるから」
「解った」
「作戦については、これで全部かな」
「あれ、それだけなの?」
「今、話しとかなきゃいけないことってのは、あんまりないよな」
たぶん、この夢を見るのも最後になるだろう。
もうすぐ、夢でない場所で会える。
**
「寝坊よ!」
「痛っ」
祐一は、下から突き上げるような衝撃に起こされた。
天井の隙間から差し込む細い光が顔に当たって目を細める。
そのまま顔を横に向けると、クラウがやたらごついブーツを履いた足で、ベッドをガシガシと蹴飛ばしていた。
「……」
「何? あんたが起きないのが悪いんじゃないの」
ここは、ルギタイ砦。
クラフバインドの住むアール地溝に最も近い場所にある前線基地だ。
今日はクラフバインド討伐の日。
「……もうそんな時間か。っていうか、おまえ朝早いのな」
時間は早朝、建物の中であっても空気の温度は低く、吐く息が白くなる。
「あんたが遅いのよ、このバカ」
ワンピースの裾をひらつかせながら、クラウはベッドに回し蹴りを加える。
「解った、とにかくベッドを蹴るのをやめろ、壊れるから。……っつーか、なんでおまえがここにいるんだっけ?」
祐一が素で聞くと、クラウ深刻な間違いを見たかのような顔でため息をつく。
「はぁ? バカじゃないの? 応援以外のなんのためについて来てると思ってるわけ?」
「あ。……ありがとう」
妙な所で殊勝な態度を見せられて、祐一は気を抜かれた。
クラウはクスクス笑う。
「感謝は必要ないわよ。元々、あたしもクラフバインドは嫌いなのよ。なんかいっつも上から目線だしさ」
「上から目線?」
確かにクラフバインドは上を飛んでいる。だが、目はついていない。
いや、上から目線と言うのはそういう意味じゃないけど。
「会った事あるのか?」
「あれだって、人里に下りてくることはあるし……その時に一度」
「……よく無事だったな」
アルドシティーの時もそうだが、ドラゴンの襲撃に巻き込まれやすい体質とかあるのだろうか?
「あたしのことはどうでもいいでしょ。今は」
「佐原の事か」
他に何がある、と言いたげにクラウは頷く。
「ちゃんと助けてあげなさいよ?」
「解ってるさ」
祐一は言って、ベッドから降りる。
砦の格納庫は、岩を積み重ねて作られた堅牢そうな場所だったが、機材は王都の物にやや劣るらしい。
それでも、整備は万全だった。
フィリアが甲冑の足元で、何かの最終チェックをしていた。
「アロドは?」
「後の方の用意で忙しいみたいです。というか、本来は向こうが専門ですから」
「そっか」
祐一は巨大甲冑を見上げる。
今、甲冑は、灰色のコートのような物を羽織っていた。
羽トカゲの発火器官を利用した加熱装置、低温による機能低下を防止する為の物。
それ以外にも、腰の左側に大き目の箱が一つ。この中には、巨大甲冑用のブーメランが十個、入っている。
「本当に、こんな装備で大丈夫なんですか?」
「あれが一番いい奴、のはずだ」
フィリア達のようなこちらの世界に人々にとっては、なじみがないと言うか、常識破りと言うか、信頼に足りえない物に見えるのかもしれない。
祐一とて、飛ばない敵が相手ならこんな不慣れな物に命を掛けたりはしないだろう。
けれど今回は手段も時間も限られている。
「これでやるしかないんだ……」
「そうですか……」
祐一とフィリアは甲冑を見上げ、二人してため息をつく。
「出撃前にそんな顔をするな。気合を入れろ」
そこに、やって来たのはブレアだった。
ジロジロと二人を推し量るように眺めた後、祐一に視線を定める。
「調子はどうだ」
「バッチリだよ」
「勝算は」
「ある」
祐一はブレアの目を見て答える。
「なら問題あるまい」
ブレアは鼻で笑うように言った。
フィリアがムッとしたように言う。
「甲冑の方も、問題ありません」
「頼もしい事だな」
ブレアはうんうんと頷くと、祐一の肩に手を乗せる。
「共に戦えない事が、実に残念だ」
今回、騎士団の甲冑は一つも持ってきていない。
朝の気温の中では、起動させる事すら困難だからだ。
クラフバインドとの戦いは、祐一が一人でこなさなければならない。
「必ず勝てよ」
「解ってるよ、負けやしない」
そして祐一は、甲冑に乗り込んだ。
出撃する。
次回 VSクラフバインド戦(後編)
気がついたら、前編からリアルに二ヶ月な件……




