信頼
フィリアがやって来たのは、翌日の昼だった。
「Akusedikneg?」
「……え?」
祐一が困っていると、フィリアは一度目を閉じ、口の中でもごもごと呪文のような物を唱える。
「これで通じます?」
翻訳魔法だ。
「ああ……。なんかそれ、久しぶりだな」
「あなたが翻訳機を捨てちゃうからこんな事になったんじゃないですか」
「そうだな……ん?」
何かが意識の隅に引っかかったが、よく解らない。たぶん、そんなに重要な事ではないのだろうと思うけれど、気になる。
フィリアは、首飾りのような物を差し出してくる。
「これ。祖父がコクピットの中から見つけたそうですよ」
「ああ。そうか……」
祐一はそれを受け取って首に掛ける。
「もう。何で外しちゃったんですか? これをつけていれば、まだ話し合えた物を……」
「別の言葉を使う奴と話し合わなきゃならなかったんだよ」
「……」
フィリアは首を傾げたが、直ぐに目に鋭い光を宿らせる。
「それはもしかすると、あなたと同郷の人がいたという事、ですか?」
「ああ、そんな所だ」
「具体的には、どういう状況だったんですか? 詳しく聞かせてください」
ここに入れられてから、初めての質問だった。
祐一と会話できる人間が来なかったので、ある意味当然なのだが。
「佐原の話、した事あったっけ?」
「たぶん、聞いてないと思いますけど」
「じゃ、そこからだ。佐原は俺が日本……つまり、俺が前にいた国の人間なんだ」
「どんな関係だったんですか?」
「部活のマネージャーだ」
「部活?」
そこから通じないのか、と祐一は頭が痛くなる。
「剣道部って解るか?」
「たしか、そこで剣術を習ったんですよね。いわゆる騎士団のような物ですか?」
「いや、そういうんじゃなくて、ええと……」
「剣の力で国の平和を守っているわけですね?」
「いや、そういうのとは別なんだよ。俺が言いたいのはそういう事じゃなくて……向こうの世界では、剣とか刀は戦いのための武器じゃないんだ。銃っていうのがあって、そっちが主流になってる」
「銃?」
「こっちの世界でも大砲はあるだろ? あれの物凄いやつが沢山あると思ってくれ」
「大砲を好きなだけ運用できるんですか? ……なるほど、それだと剣はあまり役に立ちませんね」
フィリアなりに納得したのか、
「つまり、戦いを仕事としていない人でも、戦いの技術を磨いているという事でしょうか? 遊びの延長で?」
「あーうん、もうそれでいいや」
祐一とて、剣道を真剣にやっていなかったわけではないが、剣道を極めた先に仕事があるのかと言われると微妙だった。
「とりあえず、えーと、佐原くん? さん?」
「さん、だろ。女な」
「そうですか……」
フィリアは、心を落ち着けるように深呼吸した後、鉄格子に顔を近づけてくる。
「その佐原さんは、あなたの恋人ですか?」
「い、いや……、仲が良かったのは確かだけれど、別にそういうわけでは……」
祐一が慌てて首を振ると、フィリアはくすくすと笑う。
「そうですか? てっきり……。いえ、話を戻しましょう。その佐原さんがどうかしたんですか?」
ここからが本題だ。
「佐原が、いたんだ。あの場所に」
「は?」
フィリアは意味が解らなかったのか、首を傾げる。
「ちょっと、何を言ってるのかよく解らないんですけど?」
確かに、簡単には伝わり難い事かもしれないが、一から説明するしかない。
「とにかく聞いてくれ。そもそも俺は、向こうの剣道部の試合の帰りに、交通事故にあって死んだんだが、隣にいた佐原も一緒に死んでしまったんだ。そして俺の魂はこの世界に引き寄せられた。ところが、佐原も一緒について来てしまったんだよ。俺と佐原の魂は、途中で離れ離れになってしまって、俺はこの体に放り込まれたけれど、佐原はドラゴン、クラフバインドに取り込まれてしまっていたんだよ。クラフバインドと戦っている最中にその事に気づいた俺は、攻撃をやめて、佐原を落ち着かせて、ブレアを抑えるしかなかった。そうしないと佐原ごとクラフバインドを討伐してしまいかねなかったから仕方なかったんだ。それがこの事件の真相なんだよ!」
フィリアは小さくため息をついた。
「すみません。話がよく解らないです」
「おい!」
「最後だけまとめると、佐原さんがクラフバインドの中にいたから、攻撃できなかったと、そういう事ですね」
なんだ。ちゃんと解っているではないか。
「あなたがそこまで言うという事は……佐原さんは、婚約者ですか?」
「え? いや、どうしてそうなるの?」
「だったら、なんなんですか! はっきりしてください!」
なぜだか、ピントがずれた所で怒られた。
「ハッキリと言われてもだな?」
「愛しているんでしょう? 恋焦がれているんでしょう? 世界で一番大事だと思っているんでしょう?」
「いや、そこまでは……」
「何を言ってるんですか? 今回の件だって、体を張って助けたつもりなわけでしょう?」
「そうだけど。え、つもりって、何?」
祐一が聞き返すと、フィリアは一瞬、苦しそうな顔をした後、言う。
「この際、はっきりと言います。あなたが見せられたのは、幻覚の一種ですよ」
「はぁ?」
あれが、幻覚?
「あなたが、クラフバインドを倒した時、赤いドロッとした物が出てきたと思うんですけど」
「ああ、コクピットの中の赤いゼリーに似てたアレがどうかしたか?」
「似ているなんて物じゃありません。あなたの甲冑に付着していた成分を分析したら、ほぼ同一の物でした」
祐一は、嫌な予感を覚える。
「ちょっと待て。それ、どういう事だ!」
「幻覚の正体が、ドラゴンの攻撃だと判明したという事です。作動中の巨大甲冑は人間とシンクロしていて、情報をやりとりしています。クラフバインドは、そのルートに干渉する方法を持っているのです」
「……」
「シンクロ中は、外界の状況を直接脳に放り込みます。そこのルートを乗っ取られれば、向こうの思うままにされてしまいます。次回の討伐の時には、考慮するべき部分ですね」
「あれが全部、幻覚? 佐原の事も、何もかも?」
「残念ですが。あなたは騙されたんですよ」
佐原はいなかった? 祐一が錯乱していただけ?
「いや、ちょっと待て。海底の夢は? 出発する日の朝にも見たぞ。あれもドラゴンの見せた幻覚なのか?」
「は? いえ、単に偶然似たような夢を見ただけでは?」
「夢の中で、佐原はクラゲって言ってたぞ? その時点で俺はクラフバインドの姿を見た事がなかったにも関わらずだ。あの話を思い返しても、クラフバインドの現状を取り巻く要素と矛盾はなかった。それも偶然なのか?」
「……」
フィリアは少し考えていたが、確認を取るように聞いてくる。
「佐原さんがこの世界にいることは間違いなく現実。あなたはそう主張するんですね?」
「ああ」
それが何かの間違いなら、そもそも祐一がここにいる事自体が何かの間違いだ。
フィリアが去って、数時間が経って、夕方頃。
やってきたのはブレアだった。
「立て、出ろ」
短くそう告げて、鉄格子の鍵を開けた。祐一は訝しがりながらも従う。
「付いて来い」
ブレアは先にどこかへと歩いていく。
軍事裁判でも始まるのか、あるいは刑が確定したのか……いや、それなら無警戒に背中を見せたりはしまい。
よく解らない。
ブレアの後を追う祐一がたどり着いたのは、かなり広い部屋だった。
木剣や簡易防具が壁に掛けられていたりする所からして、訓練場らしい。
「持て」
ブレアは祐一に何かを押し付けてくる。
いつぞやの、重りがついた木剣だった。
「ブレア、これは一体何の」
「構えろ」
ブレアも、同じく木剣を持っている。祐一から数メートル離れた所に立ち、両手で剣を構えていた。
「……」
よく意味が解らない。
これはもしかして、新手の処刑なのだろうか?
貴族を処刑すると角が立つから決闘の形で殺した、という話を、何かのマンガで見た記憶がある。
だが、祐一は貴族でもなんでもないし、木剣は人を殺すのに適していない。
「これから何をしようって言うんだ?」
「つまらないことを聞くな。訓練場で、木剣を構えて……何をするかなど決まっているだろう」
「それもそうか」
難しく考える必要はないのかもしれない、と思いなおし、祐一も剣を構える。
じり、じり。祐一はすり足でブレアに近づく。
ブレアは微動だにせず、ただそのタイミングを待っている。
(ここだ)
祐一は間合いの一歩手前で剣を振り上げた。
反応してブレアも剣を揺らす。攻撃を完全にブロックする位置。
祐一は攻める方向を瞬時に変えるが、ブレアは剣の未来位置を予測しているのかのように、先回りする。
「……」
数度目の位置変化の後、祐一は全力で打ち込んだ。
剣と剣がぶつかり合う。
ブレアは祐一の剣圧を受け止め、むしろ余裕で押し返してくる。
祐一とブレアはお互いの体重を掛けて押し合う。木剣が、ミシミシと嫌な音を立てる。
(このままだと膠着状態に……うわっ?)
ブレアの剣圧が緩んだと思った瞬間、足払いを受けて祐一は転倒した。
そこに振り下ろされるブレアの剣。祐一は横に転がってそれを避け、立ち上がる。
もう一度仕切りなおし。
祐一が立ち上がって木剣を構えたところに、ブレアが打ち込んでくる。
祐一はそれを下から弾き上げて、弧を描くような軌道で横から撃ち込む
「どぉぉぉぉぉぉぅ!」
叫ぶ。ただの習慣だ。
ブレアは木剣をるが、確実に間に合わないと、祐一は思った。
だからこそ力を抜いたのだが。
ブレアの木剣は、間に合った。
二人の木剣がぶつかり合って、力が抜けていた祐一の手から、木剣は吹っ飛んでいった。
ブレアは祐一のノド元に木剣を突きつける。
「おまえ、最後に手を抜いたな?」
「振りぬけば当たっていたと思ったから止めただけだ」
「あれは力を抜かずとも、こちらの防御が間に合わないタイミングではなかった。どうなるかは、ぶつけてみるまでは解らないだろう」
「……」
祐一が黙っていると、ブレアは木剣を降ろして、小声で言う。
「元の世界に帰りたいのか?」
「え?」
「おまえは、志願者でもなければ、家の都合で来た訳でもない。結果的に言えば、誘拐に近い。帰りたいと思うのは、別に恥じる事ではない」
「誘拐で騎士団に放り込まれた場合はどうなるんだ?」
そんな事例があるのかどうかは知らないが。
「各地の領主には募集ノルマを課している。それほどキツイ数字ではないし、定員割れする地方もあるぐらいだが……足りない時は足りない物だ。状況をよく理解していない奴に契約書を押し付ける場合も、時々あるらしい」
「そういうもんか……」
「甲冑乗りの方に、そういうのが流れてくる事はそうそうないがな。さりとて、不正な契約ならば解消するべきだろう。だが、おまえを帰す家がどこにあるのか、私は知らない」
「……」
確かに、祐一には帰り道などない。
「で? それはそうとして、俺の処分はどう決まったんだ?」
そもそも、なんで訓練場で模擬戦をしているのかすら、よく理解できないのだが。理由などないのかもしれない。
「処分はない」
「は?」
「そういう事になった」
ここに来て、突然の方針の転換。どうしたのだろうか?
「私も見た」
何を見たと言うのか。
まさか、佐原を見たのか。
「確かに一度は潰そうとしたし、砲撃の命令も出したが……あれが人の形をしていたと後から気づいたのだ」
「幻覚だとは言わないのか?」
「幻覚の正体が、ばら撒かれた赤い液体だとするのならば、浴びていない私にそれが見えたのはおかしい」
「じゃあ……」
祐一が確かめるように聞くと、ブレアも頷く。
「おまえの話を、信じてみようと思っている」




