監獄にて
相変わらずの、海底の夢だった。
「時田君……」
「佐原……」
揺らめく光の中、二人は岩を背にして、白砂の上に腰掛ける。
「うまく、逃げ切れたか?」
「うん、なんとか」
「そっか……」
「時田君の方は? 大丈夫なの?」
「大した事ないさ」
祐一は上の方を見ながら言った。
実の所、大嘘だったのだが、余計な心配をかけたくなかった。
「……私、これから、どうすればいいのかな?」
「解らん」
とりあえず、状況が好転するのを待つしかない。だが、好転する事などありえるのだろうか?
佐原が、不安げに言う。
「あの人達、また襲いに来たりはするかな」
「なんとか説得してみる。時間ならある」
「どういう事?」
「これからその地方には雪が降る、らしい。しばらくの間、巨大甲冑は運用できないらしい」
「しばらくって」
「確か、一年の三分の二って言ってたな」
「八ヶ月か……」
実の所、この世界の一年の長さが、地球の一年と同じだと言う保証もないのだけれど。一日の長さが大幅に違う様子もないし、大丈夫だろう、たぶん。
それから、ふと祐一は思いつく。
「そういえば、おまえ、中からあのクラゲ操れるんだよな?」
「うん、今の所は。とりあえず、人里に近づけないようにすればいいんだよね?」
「ああ。あと、崖の上に上れるなら、そのほうが行方をくらませて……いや、それはまずいか」
騎士団から行方をくらませるなら、渓谷から出たほうがいい。
だが、あまりにも完全に隠れられてしまうと、祐一の手にも負えなくなる。連絡手段がこの夢しかなくて、次がいつになるかもわからない以上、不確実な事はしない方がいい。
現在、第二騎士団は王都まで戻ってきている。あと八ヶ月は佐原のいる場所にはたどり着けないのだ。
だとしたら、真剣に逃げ隠れする必要はないのかもしれない。
むしろ問題なのは、八ヶ月も放置しておいて問題ないのか、という事だ。
今まで大丈夫だったからと言って、これからも同じとはかぎらない。
そもそも、なんで佐原がクラフバインドの中にいるのかすら、よく解らないのに……
それに、状況が変化しないとしても、佐原は一年近く、クラゲの中に閉じ込められる事になる。それはそれで問題だ。
「最悪、単独で雪山を突破する方法を考えた方がいいのか、これは?」
「時田君、無理しないで。私は時田君に無茶して欲しくないよ」
「何、大丈夫さ」
祐一は力強く笑ってみせる。
「ありがとう」
佐原は微笑むと、祐一の肩に頭を乗せた。
「あのさ、時田君、私ね……」
***
「ああ、いてて……」
祐一は、石畳の上で目を覚ました。
何が原因かはよく解らないが、夢が途中で途切れて、最後に佐原が何を言おうとしていたのか、聞きそびれたのが少し残念だった。
「さてと、どうしたものかな」
祐一は、改めて己の現状を見渡す。
地下にあることを思わせるような、冷えてじめじめした空気。
頑丈さだけがとりえの石で作られた床壁天井。
高い天井の窓から差し込む月の光。
壁の一面は鉄格子になっていて、廊下に繋がっている。
罪人を閉じ込めておくのに、実に適した部屋。
平たく言えば、監獄である。
「まあ、そうなるよなぁ」
人に害をなすドラゴンを討伐する過程で、作戦を意図的に失敗させたのだから。罪人扱いはある意味当然だ。
その場で処刑されなかっただけマシという物。
この国の人権意識がどの程度かは不明だが、現代日本より高い事を期待するのはやめた方がいいだろう。
さらに通常法ではなく、軍事裁判に掛けられている場合、処刑される確立があがる。
プラス、国家反逆罪。
そもそも、以前にオーベルから聞かされた話が本当ならば、祐一は人間扱いされていない。
「あれ? 俺、もしかして詰んでね?」
祐一は暗い未来に思いを馳せたが、しかし、なんとかしてここを乗り切らないと、佐原を助けに行く事ができない。
さて、どうしたものか。
「いっそ脱獄でもするか」
「そのためには、檻か壁を壊さないとならないわね」
「……無理だよなぁ」
「人の力じゃ絶対に無理ね。そういう風に設計されてるんだから、当然でしょうけど」
「…………何か道具か、協力者があれば、まだ手立ては有るかもしれないんだけどな」
「この状況で、味方ゼロからの再起は無理ゲーよ。どう考えても」
……。
「それにしても、なんか、さっきから幻聴が聞こえるんだよなぁ」
「幻聴のわけないでしょうが。ボケた事言ってないで、ちゃんとこっち見てくれない?」
なんか怒り出したので、仕方なく声のする方を見ると、暗がりの中に、小さな人影があった。
祐一の半分ぐらいの身長の少女。
着ているのはドレスのようなフワフワのワンピース。この世界的には、かなりいい生地で作られている事がうかがえる。
目とアゴがやや尖った印象を与える、少女だった。
「誰だおまえ?」
祐一が聞くと、少女は腰に両手を当てて胸を張る。
「あたしはクラウベル・アルドブル。正統なるアルドブル家の長女よ。あなたには縁があるし、特別にクラウと呼ぶ事を許可するわ」
「クラウ……アルドブル?」
どこかで聞いた事がある気がする名前だった。クラウは頷く。
「ああ、あたしの親父は、この前までアルドシティーの領主だったよ。死んじゃったし、町も領地もなくなっちゃったけどさ」
アルドシティー。
岩ヒトデの時の町だ。
「町は壊滅しちゃったけれど、あんたが来てくれなかったら、あたしも生きていなかったかもしれないからね。一応、恩人ではあるし、様子を身に来てあげたってわけ」
「あ、ああ……」
ヘヴィーだ。世界観的に、そういう事も普通にあると予測はしていたけれど、改めて聞くと思ったよりヘヴィーだ。
「でも、どうやってここに来たんだ? こういう場所でも、貴族だと入れたりするのか?」
クラウは首を傾げる。
「見張りの人なら、みんな寝てるけど?」
「……見張り、仕事しろよ」
「さっきまでは起きてたんだけど、あたしがお茶入れてあげたら、みんな倒れちゃったのよね。どうしたのかしら」
「おまえ、何て事してんの!」
睡眠薬でも盛ったのか?
「それはそうとして、さっき一人でぶつぶつ言ってたけど、どうすんの? 本当に脱獄すんなら、手を貸してあげない事もないけど?」
「え? どうやって?」
「……その鉄格子をぶち壊せばいいんでしょ?」
クラウはそう言うと、鉄格子の一本を掴み、体重を掛けて引っ張り始める。
女の子の力でどうにかできるものでもないのだが。
「やめろって、無理だから」
祐一が止めてもクラウは、何度も何度も全身を使って引っ張る。
「金属疲労って知ってる? 何回も負荷を掛けると、最後には折れるのよ」
「……疲労骨折って知ってるか? 仕組みは金属疲労と同じだが、鉄より先に骨がダメになるぞ?」
普通はそうなる前に、疲れて動けなくなるのだけれど。
クラウは不満げな顔で鉄骨から手を離すと、祐一を睨みつける。
「なら、この牢屋の中で大人しく、処刑の日を待つわけ?」
そうするつもりはなかったが、しかし、他に代案があるわけでもない。
「なんとか説得してみる予定なんだが、無理か?」
「バカな事言ってる場合? 自分の女が死に掛けてるかもしれないって時に……」
「いや、佐原は別にそういうんじゃ……って言うか、何で知ってるんだよ」
クラウはニヤニヤと笑う。
「さあて? たぶん、直ぐに皆に知れ渡る事になると思うけど」
「……」
何でそんな事になっているのやら。
「実際どうなのよ?」
「うるさいな。誰を庇おうが俺の勝手だろうが」
「ふーん? ハッキリしないなぁ……。じゃ、最終的にどうしたいわけ?」
最終的に?
「どこが終わりなのかは解らないけど、とりあえず、佐原をあそこから出してやりたい」
「できるかどうかも解らないのに?」
「話が通じるんだ。助ける方法もあるに決まってる」
「へー?」
クラウは疑うような変な視線を向けた後、肩をすくめる。
「ま、いっか。また来るから。覚悟決めるならその時までにお願いね」
そして、どこかへと歩き去ってしまう。
「なんなんだよ、まったく……」
祐一はため息を付いた後、天窓を見上げた。
月は、いつの間にか見えなくなっていた。




