祐一の選択
祐一は慌てて叫ぶ。
「おいちょっと待て!」
すぐ近くに佐原がいるのだ。
たぶん、この渓谷を漂う無数のクラゲのどこかに。
『話なら後にしろ』
「違う! 今、ここで戦うことに問題がある。……要救助者が」
『何を言ってるんだ?』
「だから、すぐそばに佐原が!」
ブレアはしばし黙考した後、頷く。
『……なるほど』
解ってくれたのかと思った。
だが、違った。
『我が騎士団には、錯乱するような軟弱者はいないと言ったが、おまえに対する訓練期間は、少し足りなかったようだな』
《もっとも、最大の敗因は、恐怖に駆られた隊員がおかしな行動を取って味方を襲い始めたから、とも言われているのだがな。我ら第二騎士団に、そのような軟弱者はいない》
「ちがう、俺は正気だ。話を聞いてくれ!」
『聞くとも、これが終わった後でな』
言うなり、ブレアは剣を振り回した。ブレアの横を通り抜けようとした小クラゲが真っ二つになる。
ダメだ、通じそうにない。
ブレアが聞いてくれないのでは、他の騎士団員にも期待できまい。
祐一は、諦めて剣を構え、小クラゲを切り捨てていった。
一匹ずつ、中身を確かめていくしかない。中に佐原がいないと解ったら、そいつは切り捨てる。とにかく数を減らさないと探しようがないからだ。
他の誰かの手で切り捨てられた小クラゲの中にそれがいたとしたらどうしよう?
そんな事にならないよう、手元を監視しに行くべきか。
だが、下流側の騎士団と上流側のブレア。両方を見に行く事はできない。
自分が最初に見つけられると、祈るしかない。
二十匹ほど小クラゲを切り捨てた所で、それを見つけた。
小クラゲの群れのちょうど真ん中辺り。クラゲの中に泡があって、その中に体を丸めた人のような物が浮かんでいる。
「佐原!」
返事はなかったが、近づくと中の人間は顔を上げる。
怯えているが、間違いなく佐原だった。祐一はそちらに近づくが、佐原は祐一が解らないのか逃げようとする。
中の佐原が身をよじると、小クラゲがフヨフヨと祐一から離れていく。
(動きを操れるのか?)
そうだとしても、移動速度は速くない。
追いかけて捕まえる。他の小クラゲはもうどうでもいい。
とにかく、これを捕まえておいて、最後まで守りきればいい。
『む。説明していなかったのによく解ったな』
ようやく捕まえた時、なぜかブレアから声を掛けられる。
「え? 解ったって、何が?」
物凄くいやな予感がした。
『いや。アロドから教わった話が本当なら、それが本体のはずだ。見つけられるとは思っていなかったが、おまえがそうやって抱えているのは、確かに特徴は満たしているように見えるな。そいつをこっちに持って来い!』
やっぱりだ。
ブレアは殺る気だ。
「おい待てよ、クラゲならそこら中にいるだろ! こいつは後回しにしろよ!」
『もちろん一つたりとて逃がそうなどとは思っていないが、それは優先して潰す必要がある。早くしろ!』
「だからちょっと待てって!」
《本体とダミーの見分け方は?》
《違いはあると言われているが、アテにはできん。一つ残らず叩き潰すつもりでかかれ》
(くそっ、どうすればいい? このままじゃ、俺の目の前で佐原が殺されることになる。どうすればいい? どうすれば……)
この一体を破壊させずにこの場を収める方法。
捕まえそこなった風を装って逃がす→前も後ろもふさがれているので逃げられない
これは本体ではないと言い張る→どっちにしろ全潰し
佐原がこの中にいると言う→錯乱していると思われるだけ
祐一は必死に考えるが、何の打開策も思いつけない。
せめて、佐原に言葉が届けば違うのかもしれないが。
小クラゲの中を見ると、佐原はパニックに陥って暴れている。
「佐原、俺だ! 落ち着け!」
祐一が声を掛けても、佐原の返事はない。
(俺の言葉が通じてない! 声が通らないから? 混乱しているから? ……いや)
祐一は、今さらのように自分が首から提げている自動翻訳機の事を思い出す。
アロドに渡されてから、今まで、これがどんな仕組みで動いているのか、深く考えていなかった。
祐一には魔法の原理とかはよくわからない。電話の仕組みを知らなくても通話はできるように、なんの疑問も抱かずに頼ってきた。
しかし、この謎アイテムは、犬語翻訳機の凄いやつ的な物だとは考えにくい。
あの手の翻訳機は、対象の言葉を聞き終えてから変換するのが普通だ。
だが、この翻訳機は違う。
間違いなくリアルタイムで変換されている。
CNNの同時通訳より早い。
(翻訳じゃないよな? どう考えても俺の口からこの国の言葉が出てるし、相手の言葉をそのまま理解できている)
リアルタイムで会話が成立していたので、むしろその方が便利だと思っていたのだが。
もし祐一の考える通りの機能を持っているなら、副作用があるはずだ。
この世界で生きている限り、普段は何のトラブルにもならないが、この状況下でだけ深刻な問題を発生させる副作用が。
(今の俺は、日本語を喋れてない! 何を叫んでも佐原に通じるわけがない!)
それだけではない。耳を澄ませば聞こえるのだ。
「Ayi-Ayi! Etekusat-Edianasorok!」
佐原の声が、ゴチャゴチャ語になっている。
(このアイテム、俺の脳を支配してるんだ!)
たぶん、言語野とかの辺りを。
中世ぐらいの文明だろうと思って油断していたら、とんでもないオーパーツだった。
巨大甲冑をシンクロさせて動かす都合上、脳の仕組みに関する研究だけは極端に発達しているのかもしれない。
だとしたら、今、佐原に意思を伝える方法は一つしかない。
祐一は巨大甲冑とのシンクロを解く。
真っ暗な操縦席に座っている自分。首飾り型の翻訳装置を外した。
もう一度シンクロ。
いつもとは違う、何か新鮮な感覚。世界がクリアになったような気分。
一つ余計な物がなくなったせいかもしれない。
声の限りに叫ぶ。
「佐原! 俺だ! 時田祐一はここにいる!」
「……時田君?」
呆然とした様子の佐原。
たぶん、今までは半信半疑だったのだろう。お互いに。
だがこれで確定した。自分はここにいるし、佐原もここにいる。
「絶対に守ってみせる! だから俺を信じろ!」
「時田君!」
佐原は嬉しそうに手を振る。
「せっかく会えたところだけれど、ちょっと状況がマズイ。とにかく逃げて、生き残る事を考えろ」
「……解った」
「このクラゲ、動く方向を操れるよな? 向こうに逃げろ。あいつは俺が足止めする」
祐一は、ブレアがいる方を指差す。
「……そんな事しちゃって、時田君は大丈夫なの? あれって、そっちの仲間なんじゃ」
「そうだけど。話せば解る系の人が多いから何とかなるよ、たぶん」
実の所自信がなかったけれど、他にどうしようもない。
指差された当のブレアは、少しずつ後退しながら、上流側に近寄ってくる小クラゲを適宜撃破しつつも、探るような視線を向けてくる。
お願いした所で、通してはくれないだろう。
戦わねばならない。
この世界に来た翌日に、一度模擬戦をしているが。まるで歯が立たなかった。
あの時負けた理由……というか、言い訳はいくらでも用意できる。
だが、今回はあの時とは違う。負けてしまったら何ににもならない。
佐原を守りきれなったら、その現実の前ではどんな言葉も無意味になる。
逆に言えば、佐原さえ守りきれば……。
(あの時からだと、ブレアにはもう成長の余地はない。逆に俺は? この一ヶ月と少しの期間に何を得た?)
多くの物を得たはずだ。
佐原一人逃がす事ができないほど弱いという事があろうか? いやない。
祐一は、剣を正面に構えて突撃した。
「うおおおおっ!」
上からの振り下ろし。
ブレアは剣を横にして受け止める。ガリガリと火花が散る。
「Adenamonnan!」
「何言ってんのか解らねぇよ!」
祐一は、一秒でも長く足止めしようと上から剣を押し付ける。
だが、打ち合いでは、上から押し込むより下から押し上げる方が有利だ。
ブレアがジリジリと剣をずらして行く。
剣が完全に押し返される前に、祐一は自ら剣を引く。
「……」
ブレアは崖際の方に、ジリジリ下がっていく。警戒しているのか、何かの助走のために距離を開けているのか、祐一は同じ速度で距離を詰め、ブレアに向けて剣を振り下ろした。
当たる、と思った瞬間。
ブレアの巨大甲冑が、流れるような動きで、すっ、と横に一歩分、スライドした。
「なっ?」
そしてやたら頑丈な剣は岩壁に当たった。突き刺さった。
(げっ? マジで?)
引っ張っても、辺りから岩がボロボロと崩れ落ちるだけで、剣が抜けそうな気配はない。
武器を失った。ブレアはこれを狙っていたのだ。
「Anuomo-Oturetakinisataw-Edazawannos!」
ブレアの挑発するような言葉。
降伏勧告でもしているのか。
だがこの状況は敗北ではない。むしろ、これこそが、祐一の望んでいた物だった。
祐一は無手のまま、ブレアの巨大甲冑にタックルする。
祐一の巨大甲冑と壁でサンドイッチだ。
「Urusowinan!」
性能差。
祐一が使う特別製の巨大甲冑はパワーが強い。ブレアがいくら頑張った所で、この状態から抜け出すことなどできない。
「Onomakoro! Ekodowokos!」
どけと言っているようだが、もしそうだとしても従う気はない。
これこそが、祐一の作戦だった。
正面から戦って、勝てるかどうかで言えば、絶対に無理だ。
だが、この状態が長引けば長引くほど祐一の方が有利になる。幅数十メートルある渓谷。祐一の後ろは、かなり広い範囲がガラアキでない。
「佐原ぁ! 今だ!」
祐一が言うよりも早く、佐原を包み込む小クラゲが、ふよふよと逃げていく。祐一の後ろを通り過ぎ、さらに上流へと向かう。
成功だ。
「Otadnan!?」
驚くような声。祐一が小クラゲに指示を出し、クラゲがそれに従った事に驚いているのだろうのか。
ブレアは、崖に押し込まれたまま、逃げていく小クラゲを指差して叫ぶ。
「Urebo! Adiatnohagutios-Etueduohiat!」
言葉がわからなくても、誰に何を指示したのかはすぐに解った。
上から砲撃が来たのだ。崖の上にいるはずのオーベルの部隊から。
「やめろ! 撃つな!」
左手で、崖からおちた小さい岩を掴んで投げつける。当たるとは思わなかったが、かなりの距離を飛んで崖のふちに命中した。
「Etam! Isuuytikeguoh!」
ブレアが何か叫ぶと、砲撃がやんだ。
追撃を諦めたのか。だとしたら、祐一の勝ちだ。
そう思った一瞬、力が緩んだのだろう。
気づいた時には、投げ飛ばされていた。
「ぐわっ?」
甲冑の頭から川に突っ込んだ。
全身に衝撃が走って動けないうちに、ブレアに背中を踏みつけられる。
ブレアはそのまま祐一の巨大甲冑の後頭部へと手を伸ばす。
いきなりシンクロが途切れた。
頭上、というか横方向から光が入ってくる。
首筋のコクピットハッチを開けられたのだ。
「Ugusami-Oredinotos!」
ブレアが何を言っているのかよく解らない。
だが、空気的に「武器を捨てて投降しろ」的な状況のように思えた。
逆らう理由は特に思い当たらなかったので、祐一はそうした。
第一部完! (あれ、第三部だっけ? どっちでもいいか)
祐一の勇気が、佐原と世界を救うと信じて!
※まだ続きます




