伏線回収
前編の次には後編が来る、そう思っていた時代が僕にもありました
(ここはどこだ?)
祐一はしばらく自分がどうなっているのか理解できず、辺りを見回した。
先ほどまでいた渓谷とは全く違った。
というか、巨大甲冑のコクピットの中ですらなくなっている。
祐一は、白っぽい砂が積もったような地面の上に立っていた。
頭上では淡い光がゆらゆらと揺れている。魚がいたりワカメが生えていたりはしないがどことなく海底ぽくって……
「……あの時の夢か!」
それなら佐原もいるのか。
「佐原! いるのか!」
祐一が大声で呼ぶと、横手からバタバタと足音が聞こえた。体に白い布を巻きつけただけの少女が走ってくる。
「時田君! 時田君! 時田君!」
「さ、佐原?」
なぜか佐原は取り乱していた。走ってきた勢いのまま祐一に抱きついてくる。
「おい、佐原、大丈夫か? しっかりしろ!」
祐一も佐原を抱きしめる。
佐原は、しばらくの間、祐一の腕の中でガクガク震えていたが、顔を上げる。
「怖かった……」
「何があったんだ?」
佐原の側で状況が変化したのかもしれない。それも、生命に危険がありそうなレベルで。
祐一はとりあえず、佐原をその場に座らせ、自分はその正面に座った。
「何があったんだ? 教えてくれ」
佐原は切羽詰った声で答える。
「銀色の鎧が、襲ってきたの」
「なっ?」
こんな時に。
こうなると解っていたら、あの時フィリアを振り払ってでもアロドに相談に行ったのに。
三日あれば、気休め程度の対策は取れたかもしれない。
「後回しにしてもいいなんて事、なかったんだ……」
今、祐一達は、全くわけの解らないシステムの中に組み込まれているのだ。
少しでもわけの解るような状況になるように、するべきだった。
佐原の側の世界はどうなっているのだろう? 銀色の鎧を着た者の正体とはいったい?
「とにかく、逃げるか隠れるかはできそうにないのか?」
「無理言わないでよ。私、変な所に閉じ込められてて身動きが取れないのに……。それに、あの人達、爆弾とか大砲とかで攻撃して来るんだよ?」
「大砲?」
何か引っかかる単語が混じったような気がした。だが、ちょっとよく解らない。
「それで、私を閉じ込めてる塊ごと谷間に墜落しちゃって……さっきまで、なんか剣で叩き壊されてた。もう、ダメかもしれない」
佐原はぐったりした様子で言う。
「しっかりしろ。俺が行くまで諦めるな!」
「……もうダメだよ。きっと私、殺されちゃう」
どうにかしないといけない。
諦めなければ、命だけでも助かる可能性はあるはずだ。そう信じたい。
「そもそも、そいつらは何でおまえを狙うんだ?」
「解らない。もしかしたら、私がここにいる事に気づいていないのかも」
「気づいてない?」
中から外が見えるのだから、外からも中が見えているはずでは?
もしかしたら、スモークガラスみたいな感じで、外からは見えにくい可能性もあるけど。
「だって、あの人達、大きさからして違うんだよ。巨人なの!」
「……巨人?」
また一つ、妙な単語が加わった。
祐一の中で、一つのアイディアが浮かんだ。
「なあ、佐原。確か、さっきは銀色の鎧を着てるっていったよな?」
「え? そうだよ。鎧を着ているみたいだったけれど、凄く大きかった」
「鎧を着た、巨人……。それって、どれぐらいの大きさだ? もしかして十メートル……人間の五倍か六倍ぐらいの大きさだったりするか?」
「え? えっと、……二倍や三倍よりは大きいし十倍よりは小さいと思う。なんで?」
「そうか」
祐一の考えを否定する要素はない。
というか、もうアタリと考えて行動した方がいいだろう。
佐原は前回、こう言っていた。
《あちこちに灰色の岩とか砂ばっかりで、草木なんて一本も生えていないの……》
《谷間を川が流れてるのも見たし……》
この地形的特長には心当たりがある。
《アール地溝と呼ばれるこの一帯は、一年の大半を雪と氷に閉ざされている》
ブレアがそう言っていた。
祐一と第二騎士団が遠征しているまさにそこだ。
今、祐一は佐原のすぐ側にいるのだ。
《大きなクラゲみたいなのが、いっぱい飛んでる》
クラフバインドの中からでも、取り巻きのクラゲは見えたに違いない。きっと、それの事だ。
《なんか凄い遠くの方から、私の方を観察してた。銀色の鎧みたいなのを着ていたから兵隊かもしれない》
遠かったから、正しい大きさがわからなかったのだ。
今、接近した鎧を見て
その銀色の鎧の正体も、今なら推測できる。
《それは私が自分の目で確認してきた》
ブレア、あるいはその部下の誰かだ。
そして今、佐原を襲っている巨人とは何なのか。
ここまでくれば、答えは一つしかない。
「なあ、佐原。すごく大事な話がある。落ち着いて聞いてくれ」
「うん? 今じゃなきゃダメ?」
「ああ。むしろ今だからこそ、話さなきゃいけない」
どう切り出すべきか。
「この前、俺はロボットみたいなのに乗って戦ってるって言ったのは覚えてるか?」
「え? うん。それが? ……私を助けに来るのに間に合いそうなの?」
「いや。その前に、根本的な質問なんだが。ロボットって聞いて、どんなのを思い浮かべた?」
「ガ×ダム?」
「……だよな」
ロボットと言ったら、普通はそっち系だ。角ばっていて、メカメカしい。そして射撃兵器で戦う。
「俺はロボットと言ったが、そのデザインは西洋の甲冑に近い。色も銀色だ。そして武器は剣と槍」
佐原は目をぱちくりさせた。
「え? それって、まさか……」
「ちなみに俺は、あれが動いてるのを始めてみた時、銀色の巨人かと思った」
「銀色の巨人?」
祐一は黙って佐原を見つめる。言葉が脳にしみこむ時間を待つ。
佐原は、真実を拒むように首を振る。
「でも待ってよ。そっちのロボットはドラゴンと戦うんでしょ? 私は今……」
「今、俺は騎士団の連中と一緒に、邪竜っていう大きなドラゴンをやっつけようとしている所だったんだ。前にも言ったと思うけど、こっちの世界では人間を襲う奴はみんなドラゴンって言う」
「それが、なんなの?」
「逆に言えば、ドラゴンって名前だからって、実際にトカゲみたいな形をしているとは限らないんだよ」
「……!」
「今、俺が戦っている相手、クラフバインドは……外見がクラゲに良く似ていて、空を飛ぶんだ」
「空飛ぶクラゲ? ……それって、まさか!」
佐原を襲っている銀色の鎧を着た者の正体、それは……。
「じゃあ、なんか凄い暴れまわってた巨人が一人いたけど、あれって……時田君なの?」
「そういう事になる」
「それで、私を捕まえてるアレが、悪いドラゴンなの?」
「…………そうだ」
祐一も佐原も、どうしていいか解らず、ぼんやりと空を見上げた。
淡い光が波打つ空は、とてつもなく遠い。
「しょうがないよね。きっと、私は運が悪かったんだよ」
佐原は、何かを諦めたような顔で言う。
「そんな事言うなよ! しょうがなくなんてない!」
「だってどうしようもないじゃない! 人を襲う悪いドラゴンを放って置いたら、大変な事になるじゃない!」
「いや、だけど……」
「もしドラゴンをこのまま放置したら、大勢の人が死んじゃうんでしょ? というか、既に時田君の周りにいた何人かは……」
その理屈はわかる。もし全てが赤の他人だったら、一人を犠牲にする方を選べただろう。
だが、佐原を見捨てる決断はできないし、かと言って第二騎士団の面々や、フィリアやアロドや……彼らを見殺しにする事もできない。
「何か、あるはずだ。何か」
「……ないよ、何も」
佐原は腰を上げると、祐一の前に中腰で立つ。
「あのさ、時田君。あなたは、誰かとキスした事って、ある?」
「ないけど……」
「そう。私も」
「ちょっと待てよ、こんな時に何を……」
祐一はその先を言えなかった。唇を唇でふさがれたから。
数秒間の乾いたキスの後、佐原は、寒気がするほどに穏やかな顔で微笑む。
「さよなら」
「おい、佐原!」
***
ズザーン
何かが崩れるような轟音が頭蓋骨を振るわせた。
祐一は自分の体、というか巨大甲冑を見下ろす。
あちこちに赤いゼリーがこびりついていた。
だが、それについては後回しだ。
向こうではそこそこ長時間を過ごしたような気がするが、こちら側で、意識が飛んでいた時間は一分にも満たないらしい。
既にクラフバインドの巨体はなかった。
代わりに、数百もの小クラゲが辺りを思い思いに漂っている。
このどこかに、佐原がいるのだろうか?
川に落ちてしまったのか、あるいは小クラゲの中に閉じ込められているのか。
第二騎士団の巨大甲冑の残りは十数体。渓谷側に投入された戦力の半分が戦闘不能だ。
そこまでダメージを受けてしまったと見るべきか、この程度で済んでよかったと考えるべきか。
そして、小クラゲの群れの向こうを見ると、ブレアの巨大甲冑がいた。
剣を振り上げたポーズで、大声で叫んでいる。
『おまえ達、やってくれると信じていたぞ! さあ、あとのこのダミーの群れを全滅させるだけだ!』




