対クラフバインド戦(前編)
祐一の目の前に墜落したクラフバインド。
『クキャァァッ!』
どこから声を出しているのか、やたら甲高い奇声が響かせ、ゼリー状の胴体をぶよぶよと揺らめかせる。
(なんなんだこいつ……。手持ちの武器じゃ、通用しそうにない)
ブレアがいれば、何か役に立つアドバイスをくれたのかも知れないが、
『怯むな、一斉にかかれ!』
誰かが叫ぶ声、前の邪竜戦闘に参加していたらしい一団が、率先して突っ込んでいく。
彼らは、敵の大きさに戸惑う事なく、ただ胴体の破壊を狙う。
だが、クラフバインドの胴体を覆う皮膚はやたら分厚いらしく、剣や槍を叩き付けるだけでは貫けない。
(あんなんで本当に効果あるのか? もっと、弱点とかを探したほうがいいんじゃ……)
とにかく祐一も攻撃に加わろうと思って、前に出ようとした時、クラフバインドが何かを呼び寄せるように叫ぶ。
『クキャァァッ! クキャッ、クキャァァッ!』
呼ばれたのは周囲を漂っていた小クラゲ。
小さいと言えども、祐一の巨大甲冑の胴体ぐらいの大きさはある。
小クラゲ達は、無防備にクラフバインドを攻撃し続ける騎士団の背中に、音も無く忍び寄ろうとしている。
「おまえらの相手は、こっちだ!」
祐一は、小クラゲの一体に向けて剣を叩き付けた。
小クラゲは成すすべもなく破裂する。弱い。
状況に取り残されていた騎士団の面々も、小クラゲの撃破に参加し始める。
だが、小クラゲは倒しても倒しても、次から次へと現れる。まるでどこかから湧いてくるかのように。
(最初に見た時より増えてる。どこだ? どこから出てきている?)
祐一は剣を振り回しながら出所を探す。すぐに解った。
「……って、デカクラゲの上からかよ!」
クラフバインドの頭頂から、ポコポコと小クラゲが湧き出しているのだ。
小クラゲの大きさは、クラフバインドの十分の一以下、体積比は千分の一。逆に言えば、千匹ぐらいは吐き出せるという事になる。
倒してもきりがないはずだ。
「くそっ、どうすれば……」
真上から狙ってやってきた小クラゲを、突き上げて吹き飛ばしながら考える。
何かないか、何か。
騎士団の巨大甲冑が何体か、小クラゲ達に掴まった。
小クラゲは、そのままふよふよと上昇していく。
『ちょっ、誰か助けろぉっ!』
叫んで暴れているが、こうなってしまってはどうする事もできない。
その巨大甲冑は、数十メートルの高さまでリフトアップされたあと、投下された。
水柱を立てて川に落ちる。
戦線復帰は難しそうだ。もしかしたら、中の人間は死んだかもしれない。
いつの間にか、辺りの空は小クラゲだらけになっていた。
一体を倒している間に二体が増える。
二体を倒している間に、仲間が一人か二人減る。
(なんだよこれ、本体だけでも手に負えないって言うのに……)
防御力だけの塊が、恐ろしい敵となっている。
完全に、追い詰められていた。
とにかく、自分の真上にやってくる小クラゲを叩き潰しながら、勝機をうかがうしかない。
だが、本当に勝機があるのか? それとも千体のクラゲを吐き終わるまで待つのか。
その間に、騎士団にはどれだけの被害が出る?
「……くっ」
このまま続ければ、普通に負ける。祐一にはそれが解った。
祐一は剣を鞘に納めた。
『おい、祐一、何をしている、戦え!』
騎士団の誰かが叫んでいるが、祐一は両手を上に上げた。
そして、すぐ近くまで降りて来ていた小クラゲを掴む。
『ピギャッ?』
小クラゲは変な悲鳴を上げて、バタバタと触手を振り回しながら上昇していく。
だが祐一はそれを離さない。むしろ、逃がすまいと全力で掴む。
すぐに川面が離れ、小クラゲの群れが足の下に行き、それでもまだまだ上昇し続ける。
祐一は両足をクラフバインドの側に突き出す。
ぶら下がっているので、重心がそれて体がくの字に折れ曲がる。
「んぬぬぬっ」
見当違いだったか、と思い始めた頃、掴まっていた小クラゲが前にゆらゆらと動き出す。成功だ。
小クラゲのおかげで、クラフバインドの真上までやってこれた。
祐一は、小クラゲから右手を離し、剣を抜いた。
『ピギュィ?』
「エレベーターご苦労さん」
頭上のクラゲを剣で貫いてから、祐一は真下のクラフバインドへと飛び降りる。
着地の衝撃で、クラフバインドが揺れた。
『グキュァァァァァァァァァッ!』
祐一の立っている場所が重みで沈み込む。
下の方から、騎士団の悲鳴が聞こえてきたような気がしたが、それにはかまわず、祐一は剣をピッケルのように使いながら、クラフバインドの上を歩く。
目指すは小クラゲを吐き出し続ける穴。そこに剣を突っ込む。
『グキャァァァッ』
青いゼリー状の液体が噴出した。
クラフバインドは全身を激しく痙攣させ、祐一は跳ね飛ばされる。
「うおぉっ?」
殆ど転がり落ちるようにして、祐一は下の方まで押し戻され、水の中に落ちた。
(ちっ、もう一回か?)
どうにか立ち上がる祐一の前で、クラフバインドはズルズルと上流の方へと転がるように動く。
逃げる気か? と思っていると、今まで下だった面が祐一達の方に向いた。
『クキャァァァァァァッ!』
クラゲの触手が生えた底面。
数十本の長い腕が、水面下から持ち上がってくる。
触手とは言うが、一本一本の太さは二メートル近くある。
「……第二形態、だと?」
『クキャァァァァァァッ!』
ブオン!
腕がうなりを上げて振り下ろされる。殴られた騎士団の巨大甲冑が数体、軽々と吹っ飛ばされた。
(何だその怪力……)
祐一はドン引きしつつも、前に出る。
真上から振り下ろされる触手を、剣で受け止めた。
物凄い衝撃で思わず膝をつく。
「くっ……」
そこに襲い掛かってくる右からの触手。
祐一はもたまらず吹っ飛ばされ、倒れた。
そして止めを刺すように振り下ろされる三本目の触手が……。
『させるかぁ!』
騎士団の一人が駆け寄ってきて、触手を防御する。その巨大甲冑の腕の辺りから、べきっ、と破壊音が響いた。
「助かった」
祐一はすばやく起き上がり、その触手を剣で貫く。
触手は真っ二つに裂けた。クラフバインドは負けじと触手を振り上げるが、遠心力で先端がどこかに飛んでいく。
『キュァ?』
元の半分ほどの長さになってしまった触手は、悲しそうに水中に消える。
『……切断できるぞ! 全部真っ二つにしてしまえ!』
騎士団が一斉に飛び掛る。
触手が来にくい左右から回り込んで、一本ずつ、確実に潰しにかかる。
が、その戦い方では触手を受け止める役のダメージが大きい。このまま消耗戦を仕掛けていいものか。
(それに、アレって、弱点だよな)
クラゲの口は、体の下側、触手に囲まれた場所にあるという。
クラフバインドの場合、体の上側から小クラゲを産んでいたので、総排泄口もそっちかと思ったのだが、下には下で、何か穴のような物がある。
そこまでたどり着くためには、触手が荒ぶる真ん中を突破していかないといけないのだが……。
「行ってやる!」
既に触手の動きは目で覚えた。いける、と確信する。
祐一は、クラフバインドめがけて走る。
真上から振り下ろされる触手を一歩横に動いて避け、横から来る触手をしゃがんで避けて、水面すれすれになぎ払われる触手を飛び越えて……。
大雑把に叩き付けられた最後の触手を踏み台にして、上る。
『クギュゥ?』
イソギンチャクを連想させる口に剣を突っ込んで引っ掛け、そのままクラフバインドを蹴る。
巨大甲冑の全質量が口に掛かり、ちぎれた。
祐一は、重力に従って下へと落ちる。クラフバインドの外皮を真っ二つに切り裂きながら。
『キィィィィィッ!』
甲高い悲鳴を上げながら、クラフバインドはブルブルと全身を振るわせた末に……
破裂した。
祐一が破った隙間から、体内の水色ゼリーがあふれ出し、ドバドバと流れてくる。祐一に覆いかぶさるように。
水色ゼリーは空気に触れた瞬間、赤く染まる。
「なっ、何だこれ!」
単に、体液を流しているだけではないようだ。第三形態か、あるいは相打ち狙いの攻撃か。
祐一も、辺りにいた騎士団の巨大甲冑も。
渓谷にあふれ出した大量の赤ゼリーが、全てを押し流そうと襲ってくる。
(まだだ、これから出てくる本体を叩かないと、今の戦いの全てがムダになる……)
戦わなければいけないと、頭では解っている。
それなのに、なぜか意識が朦朧としてくる。
「くっ、なんで、急に……」
薄れていく意識の中で、祐一は最後に思った。
(なんか、この赤い奴、操縦席に入れてある赤いゼリーにすごくよく似ているような……)
敵の動きを利用しろ! 攻撃をかいくぐり弱点を叩け!
気分はゼルダのボス戦。
ただしゼルダの難易度がレベル7ぐらいだとすると、こっちはレベル500ぐらい。




