次の戦いへ
第二部完(前回で)
戦闘経験もつんだし、そろそろ邪竜に挑んでみるのもわるくない、はず
どこまでも続く岩と砂ばかりのだらけの平原。
一年の三分の二の期間、雪と氷に閉ざされる北の大地。
夏の僅かな時期だけ、氷が解けて地肌が現れるのだが、ちょうど今がその季節だった。
平原の真ん中を切り分けるように、深い崖がある。
もともとあった谷間に、夏の雪溶け水が流れ込んで岩肌を削り、また雪が積もり、夏に削られ……そんな事を何千年も繰り返して、百数重メートルの深さの谷ができ上がったのだ。
その深い谷のそこに、何か半透明のカタマリがあった。
直径は数十メートルはあろうか。球状で、何らかの力で宙に浮いている。
ぶよぶよしていて柔らかそうで、空中で形が崩れないのが不思議なほどだった。
その謎のカタマリは、風に押されるように、ゆっくりと谷間を移動していた。
帯電しているのか、崖肌に近づくと、パチパチと青白い火花を散らす。
この巨大な存在こそ、邪竜、無限の再生能力を持つ、史上最悪のドラゴンだった。
***
アルドシティーでの戦いから一週間が過ぎた。
廃墟の中を回って生存者を捜索し、あちこちに散らばる巨大甲冑の残骸やドラゴンの遺骸を回収し、避難民のとりあえずの落ち着き先も決まって……。
そうして、ようやく正規の防衛部隊が再編されて、それと入れ替わる形で、祐一達の第二騎士団は王都へと帰還したのだった。
巨大甲冑を格納庫に戻して固定を終えて、水浴び場で体についた赤い液体を洗い流して、洗い立ての服に着替えて……。
ようやく帰ってきた、という感じがする。
(……って、俺もいつの間にかこっちの世界に馴染んじゃったな)
脈絡なく、現代日本の方を思い出す。
今頃、どうなっているのだろう? こちらと時間の流れ方が同じなのかどうかさえ、よく解らないが。
(こっちに来てから、そろそろ一ヶ月か。向こうでも同じだけの時間が経っているとしたら……葬式とかは全部終わってるよな。剣道部は……そろそろ次の大会が始まる頃だけど、今年は出場するんだろうか?)
悲しみに暮れて戦えなくなるのと、悲しみを乗り越えて健闘するのとだったら、後者であって欲しいと思う。
あとは祐一が抜けた分の戦力を補えるかどうかだが。
(ま、俺が心配してもどうにもならんか)
祐一は開き直る事にした。
祐一は、ふと思いついて、第二部隊の司令室に向かった。
石積みのやたら頑丈そうな建物の中に入り、ぐねぐねと入り組んだ道を歩いて、司令室にたどり着く。
魔力で動く通信機と、作戦会議のためのやたら大きな机がある。
壁際にはいくつかの扉がある。
そのうち一つは、ブレアの仕事部屋に続いている。
祐一はその扉をノックしてから開けた。
書類が積みあがった机の向こうに、ブレアがいた。顔も上げずに何かの書類を読んでいる。
「何の用だ?」
「……今、忙しいか?」
「暇な時などない。……話があるなら今にしろ」
「……ごめん。実は用事なんてなかった」
ブレアは書類から顔を上げた。呆れたような表情で、祐一をじろじろと見つめる。
「なら、そこで少し待っていろ。実は明日、呼び出すつもりだった」
「……?」
ブレアは、右側に積み重なった書類に何かサインして、左側に積み上がった書類の上に乗せる、というのを繰り返していた。
そして、書類に顔を落としたまま、独り言のようにつぶやく。
「それにしても、初陣から大活躍だったそうじゃないか。おかげで、隊員の死者はゼロだった」
アルドシティーでの、デペンドルクルスとの戦いの事だろう。
「いや、物凄く怒られた気がするけど」
祐一が答えると、ブレアは面白がるように肩を揺らす。
「オーベルは優秀だが、少し頭が固い。あの性格まで含めての優秀さだから仕方のない事ではあるが……。イレギュラーであっても、戦果は戦果だ」
「……そういうもんか?」
オーベルにもフィリアにもいろいろ低評価をつけられたので、こうやって褒められるのは地味に嬉しい祐一だった。
「ただし、命がけで戦うのと、自分の身の安全を投げ出すのは、似ているようで違う。勝利という言葉は、生き延びた人間でなければ口にできない。その事だけは忘れるな」
「解った」
数分ほど経って、一段楽したのか、ブレアは大きく伸びをして椅子から立ち上がる。
「まったく、嫌になるな。しばらく空けて帰ってきたら、書類の山。お前らが前線で命がけで戦っている間、ひたすら書類にサインする事になるとは……」
たぶん、ブレアが戻って来た頃には、戦いその物は終わっていたと思うのだが。
祐一は、積みあがっている書類の山を指差す。
「それ、大事な書類なのか?」
「いいや」
ブレアはきっぱりと言う。
「くだらない書類だ。……が、私が目を通さないと、隊を動かせなくなる」
「誰かに押し付けるってわけには行かないのか?」
「……前線を理解していない奴が指揮を握るようになったら、作戦中の死者が増える。この地位、どうあっても他人に渡すわけにはいかない」
詳しい内情はよくわからないが、いろいろと大変らしい。
「しかも明日には、引継ぎと、甲冑新造の書類が山のように届くはずだ。考えただけでもうんざりする」
「そうなのか……」
「だが、終わらせなければならん。次の遠征が近い」
ブレアはため息をつく。
次の遠征。
今日、ようやく帰ってきたばかりだというのに、また出かけるのか。
「次って、いつなんだ?」
祐一が聞くと、ブレアは少し考え込み、言う。
「一週間かそこら。オーバーホールが終わり次第、だな」
「それだけしかないのか……、っていうか、一週間? 分解整備なんかやってる時間あるのか?」
どれぐらいの時間が掛かる作業なのかは知らないが、一週間で第二騎士団の全機体を修理するのはあかなり困難だろう。人手が足りるのだろうか?
ブレアは頭を抑える。
「無茶な日程なのは承知の上だが、仕方ない。気象学者の言う事が正しければ、一ヶ月以内に終わらせて帰ってくる必要がある。一日もムダにできん」
「……気象? え? どういう事だ?」
「明日おまえを呼び出す予定だったと言うのは、まさにこの事だ。ちょっとついてこい」
ブレアはさっきの司令室へと歩く。
祐一はよく解らないまま、その後に続く。
司令室にて。
ブレアは、壁際から大きな木枠を引っ張り出して、テーブルの上に置いた。
木枠には布のような物が張ってあって、その上にはいろいろな模様が描かれている。
「……これ、地図か?」
「そうだ。ファラファスラー王国と、隣接するいくつかの国家が描かれている。ちなみに、かなりの軍事機密なので、持ち出したりしないように」
「しないよ」
というかサイズがかなり大きくて、下手をすると、部屋の扉を潜れるかどうかすら微妙だった。
ブレアは地図の中央を指差す。
「ここが王都だ。そして、ここがアルドシティー」
中央から少し離れた場所、何かの記号と、ごちゃごちゃした文字が描かれている所を指差す。
「これ、縮尺は正確なのか?」
「国内に関しては、かなり正確に描いてあると思っていい。国境から向こうはあまり期待するな。向こうの国の軍事機密だからな」
(という事は、この二箇所がこれぐらいの距離だとすると……国境までは輸送車両で三日ぐらいか……)
祐一は大体の広さを理解した。
「今、問題となっているのは、この辺りだな」
ブレアは地図の北側を指差す。
「アール地溝と呼ばれるこの一帯は、一年の大半を雪と氷に閉ざされている」
「やっぱり、こっちの世界でも北は寒いのか?」
「ああ、寒い」
「へぇ……」
地球の場合、南半球に行くと、今度は南に行けばいくほど寒くなるものだが。こっちの世界でもそうなんだろうか?
「アール地溝の氷は、ちょうど今頃、溶けている。それは私が自分の目で確認してきた」
「そのために、どこかに出かけてたのか。でも、調査ってなんのために?」
ブレアはニヤリと笑う。
「この谷間には、邪竜がいる」
「……邪竜?」
祐一はとっさにアルドシティーで見たドラゴンを思い出す。
ブレアは眉をひそめる。
「そういえば、おまえ、アブストラードを見たとか?」
「ああ。名前はわからないけど、たぶんそれだ」
「お前がそういうなら、そうなのかもしれないがな……」
ブレアは歯切れ悪く、何かぶつぶつと言っていたが、ため息をついた。
「実は、他の隊員からは目撃証言が出ていないんだが、なにかの見間違いじゃないかと言われているのだが……」
「……そうか」
あれはどう考えても普通の羽トカゲには見えなかった。祐一は、その主張を曲げるつもりはない。
「まあそれは大した問題ではない。どちらにしても、ここに行けば本物の邪竜を確実に目撃できる」
ブレアがそう言うのなら、既に出撃の予定は立っているという事だろう。
「……いつ行くんだ?」
祐一が聞くと、ブレアは平然と答える。
「一週間後に出発の予定だ」
「え? それ、本気で言ってるのか?」
そういえば、さっきもそんな事を言っていたような気がするが。まさか本当に邪竜が相手とは思わなかった。
ついこの前、大損害が出たばかりだというのに、また邪竜に挑んでいる場合ではないだろう。
「あのオレンジの爺さんが怒るんじゃないか?」
「オレンジ? それは枢機卿の事か? それなら問題ない。そもそもが、あの方の発案だからな」
「……」
「アルドシティーの方が、予定外の事故のような物だ。そんな事で、積み重ねてきた予定を変更するわけには行かない」
「いやいや。予定外の事が起こったら予定の方も変えないとまずいだろ」
「普通ならそうするかもな……。だが、この件はタイムリミットが設定されている」
「タイムリミット?」
ブレアは地図のアール地溝の所をバンバンと叩く。
「忘れたのか? ここは、一年の大半を雪と氷に閉ざされているのだ」
「ん? って事は、また直ぐに、行けなくなっちゃうのか?」
「気象学者が一ヶ月と言ったのは、その事だ。その頃には、霜が降り始めて岩が白くなっているだろう。巨大甲冑で戦うには危険が伴う。今回を逃して、また一年待つと言うわけには行かない」
「本気かよ」
祐一は困惑するがしかし、ブレアが冗談でこんな事を言うとも思えない。
「幸いにして、我々は大量のドラゴンの遺骸を確保してある。羽トカゲとデペンドルクルスの分のな。失われた甲冑の分を新造しても有り余る」
「新造って言ったって、一瞬で終わる様な物じゃないだろ?」
「当然だ。三十人分の操縦者も簡単に確保できるような物ではない。しばらくはゴタゴタする事になるだろうな。それも全て承知の上で、言っている」
「無茶な」
「それが意外とそうでもない。これは、枢機卿からの話なのだが……」
ブレアは、内緒話のように顔を近づけてくる。
「クラフバインドの討伐に成功すれば、北側の防衛任務においてある巨大甲冑を四箇所から五体ずつ。合計二十体は減らしても問題がないとの試算がある」
「……!」
減らしたぶんの巨大甲冑は、王都の警備に使うなり、他の足りない所に回すなり、使い道はいくらでもある。もしかしたら第二騎士団を増強してもらえるかもしれない。
「つまり、理屈の上では、攻撃に出た方が得なのだ。しかも、この邪竜は攻撃力が低く、逃げ回る傾向がある。損害は少なくて済むだろう」
「じゃ、どうして今まで倒せなかったんだよ」
「毎年どうにか追い詰めて、最後の最後で逃げられていたのだ。去年などは……」
ブレアは苦々しい顔でぶつぶつと呟いている。
祐一は不安になって聞く。
「じゃ、今年も逃げられちゃわないか?」
「去年の負け方を見て、作戦を立ててある。今度は逃がさん」
「はあ」
祐一は、今一つどう反応すればいいのか解らなかったが、とにかく決まったことは覆らないらしい。
ブレアはニヤリと笑う。
「そういうわけで、しばらくオーベルがうるさくなると思うが、覚悟して掛かるようにな」
「……」




