第八章 私の男たち
「私は、運命なんて信じません」
大聖堂に響いたリリアーナの声。
誰もが息を呑んだ。
「聖女として生まれたことも、王家と繋がっていることも」
リリアーナは自分の胸元に手を当てる。
「私が誰を愛するかまで、誰かに決められるつもりはありません」
大神官は静かに頭を下げた。
「……お強くなられましたな」
「強くならなければ、生きていけませんでしたから」
その言葉に。
アレクシスは目を伏せた。
かつて彼女は、自分に守られることを幸せだと思っていた。
なのに。
自分が彼女を守るどころか、傷つけた。
だからこそ。
今度は彼女の意思を尊重する。
「リリアーナ」
「はい」
「僕は、君の運命にはならない」
彼女が目を見開く。
「君が僕を選びたいと思った時だけ、僕は君の隣に立つ」
そして一歩下がった。
「それまでは、待つ」
リリアーナはしばらく彼を見つめていた。
「……少しだけ、見直しましたわ」
アレクシスは苦笑した。
「少しだけか」
「ええ。少しだけ」
⸻
その日の夜。
リリアーナの屋敷では、奇妙な光景が繰り広げられていた。
「お嬢様。明日の晩餐会では私の隣に」
カイルが言う。
「いや、明日は僕と踊る約束をしている」
ルシアンが割り込む。
「そんな約束、聞いていないぞ」
レオンが眉をひそめる。
「僕なんて三日前から予約してるけど?」
ノアが笑った。
リリアーナは四人を見渡した。
「……あなたたちは、何をしているの?」
「取り合い」
ノアが即答する。
「誰が一番あなたの隣にいるか」
「くだらないですわ」
そう言いながら。
リリアーナは笑っていた。
昔の自分なら。
一人の男性に愛されることだけを夢見ていた。
でも今は。
自分を大切にしてくれる人たちに囲まれている。
それが、不思議なくらい心地よかった。
「ねえ、リリアーナ」
ルシアンが尋ねる。
「もし、誰か一人を選ぶとしたら?」
三人の視線が集まる。
リリアーナは少し考えた。
そして。
「今は選びません」
「……」
「だって」
彼女は紅茶を置いた。
「私、まだ誰にも決められたくないもの」
四人は顔を見合わせる。
そして。
ルシアンが笑った。
「では、全員で君に選ばれる努力をしよう」
「賛成だ」
「僕も」
「異論ありません」
リリアーナは目を丸くする。
「……本気ですの?」
「もちろん」
四人の声が重なった。
⸻
その頃。
王宮ではエミリアが一人、鏡を見つめていた。
「……どうして」
鏡の中の自分は、涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。
「どうして私じゃないの?」
聖女ではなかった。
王太子も離れていった。
貴族たちも自分を見る目を変え始めている。
全部。
リリアーナのせいだ。
「私が全部奪われた」
違う。
奪ったのは自分なのに。
そんなことは、もう考えたくなかった。
そのとき。
「エミリア様」
侍女が入ってくる。
「何?」
「お渡ししたいものが」
差し出されたのは、古い黒い箱だった。
「これは……?」
「地下室から見つかったそうです」
エミリアが箱を開ける。
中には一枚の紙。
そして。
黒い宝石。
紙には、こう書かれていた。
――聖女の力を完全に奪う方法。
エミリアの目が見開かれる。
「……まだ、終わってない」
黒い宝石を握る。
「これがあれば……」
リリアーナから力を奪える。
そうすれば。
もう一度、自分が聖女になれる。
そして。
アレクシスを取り戻せる。
「ふふ……」
エミリアの口元が歪んだ。
「今度こそ、全部私のものよ」
⸻
翌朝。
リリアーナが目を覚ますと。
胸元に違和感があった。
「……何?」
聖女の力が。
昨日までとは違う。
身体の奥で、何かが蠢いている。
ノアが駆け込んできた。
「リリアーナ!」
「ノア?」
「魔力を感じた」
彼の顔から笑みが消えている。
「誰かが、君の聖女の力に触れた」
「……エミリア?」
「たぶんね」
その直後。
窓の外で巨大な魔法陣が浮かび上がった。
王都全体を覆うほどの、黒い魔法陣。
「これは……」
カイルが剣を抜く。
レオンが窓の外を見る。
「王都中から魔力が集まっている」
ルシアンがリリアーナを見る。
「エミリアは、君から力を奪うつもりだ」
リリアーナは立ち上がった。
怖くない。
昔なら震えていた。
けれど。
今は違う。
自分の後ろには。
四人の男がいる。
そして。
王宮から、一人の男が駆けてきた。
「リリアーナ!」
アレクシスだった。
「僕も戦う」
リリアーナは彼を見る。
「殿下」
「君を守るためじゃない」
アレクシスは剣を抜いた。
「君と一緒に戦うために来た」
リリアーナは少しだけ笑った。
「……なら」
彼女は手を差し出した。
「ついてきなさい」
五人の男たちが一斉に彼女の前に並ぶ。
そしてリリアーナは。
黒く染まった王都を見つめた。
「私のものを奪おうとするなら――」
その瞳が、金色に輝く。
「今度は、私が奪い返しますわ」
その瞬間。
王都中に、巨大な聖なる光が走った。
エミリアが握っていた黒い宝石に――
ひびが入った。
「……え?」
そして。
砕け散る。
「どうして……?」
遠く離れた場所にいるリリアーナが、静かに呟いた。
「もう、昔の私じゃないもの」
彼女の背後には五人の男。
その中には。
かつて自分を捨てた王太子もいる。
そして。
今度こそ。
誰も彼女を一人にはしなかった。




