第七章 王家の罪
「……王家が、母を?」
記録を握るリリアーナの手が震えた。
目の前には、王家の紋章が刻まれた古い書類。
そこには確かに記されていた。
――聖女の力を王家へ移す計画。
「お嬢様……」
カイルが心配そうに声をかける。
「大丈夫よ」
リリアーナは答えた。
けれど。
胸の奥は、ひどく冷えていた。
父に裏切られた。
家族に利用された。
そして今度は――
王家までもが、自分を利用していた。
「殿下は知っていたのかしら」
誰も答えなかった。
⸻
「僕は知らない」
王宮。
アレクシスは、父である国王と向き合っていた。
「嘘をつくな」
リリアーナの声が響く。
アレクシスが振り返る。
そこには彼女がいた。
「リリアーナ……」
「この書類は何ですか?」
彼女は紙を机の上に置いた。
国王の顔が強張る。
「……古い記録だ」
「私の母の名前があります」
「……」
「そして、私の名前も」
リリアーナの声は静かだった。
「説明してください」
国王はしばらく黙っていた。
やがて。
「……先代の王の時代に行われた計画だ」
「では、今の王家は関係ないと?」
「そういう意味では――」
「ではなぜ」
リリアーナは国王を見つめる。
「その計画を記録した魔術具が、今も王宮に保管されているのですか?」
国王の表情が変わった。
ノアが一歩前に出る。
「調べました」
彼が冷たく言う。
「魔術具は王宮の地下にありました」
「……」
「そして、管理責任者の署名は現国王陛下のものです」
静寂。
アレクシスが父を見る。
「父上……?」
国王は目を閉じた。
「……知っていた」
アレクシスの顔から血の気が引く。
「では、リリアーナの力を奪う計画を?」
「違う」
国王は首を振った。
「お前が生まれた時には、すでに計画は停止していた」
「ではなぜ?」
「聖女の力を巡る争いは、王家にとって危険だった」
国王は苦しそうに言った。
「お前の母親……リリアーナの母君は、計画を知ってしまった。そして公爵家から逃げようとした」
リリアーナの目が揺れる。
「だから……殺したのですか?」
「違う!」
国王が初めて声を荒らげた。
「私は殺していない!」
「では誰が?」
「……」
国王は答えない。
その沈黙を破ったのは、ノアだった。
「僕なら分かります」
彼は記録を指差した。
「この魔術式を実際に使った人物がいる」
「誰だ?」
アレクシスが尋ねる。
ノアは記録の最後を指した。
「当時の王宮魔術師長」
そして。
「その男は現在――」
ノアが顔を上げる。
「宮廷魔術師団の名誉顧問です」
リリアーナの目が細くなる。
「まだ生きているの?」
「はい」
⸻
その日の夜。
リリアーナは一人、庭園にいた。
「……お母様」
月を見上げる。
母の顔は、もうほとんど覚えていない。
けれど。
自分を愛してくれていたことだけは覚えている。
「ごめんなさい」
小さく呟く。
「もっと早く、気づいてあげられなくて」
「君のせいじゃない」
後ろから声がした。
アレクシスだった。
「……殿下」
「僕も知らなかった」
「はい」
「でも、知らなかったでは済まない」
リリアーナは振り返らない。
「王家が君の家族を利用した」
「……」
「そして僕は、その王家の人間だ」
「そうですね」
アレクシスは苦しそうに笑う。
「だから、僕は王太子の立場を捨ててもいい」
リリアーナが振り返った。
「何を?」
「君が王家を許せないなら、僕も王太子でいる必要はない」
「殿下……」
「君を守るためなら、王位継承権だって捨てる」
「どうしてそこまで……」
「君が好きだから」
アレクシスは迷わなかった。
「王太子だから君を愛しているんじゃない」
一歩近づく。
「王太子じゃなくなっても、僕は君を愛している」
リリアーナは黙って彼を見た。
昔の自分なら。
きっと泣いていた。
そして彼の胸に飛び込んでいた。
でも。
今の自分は違う。
「殿下」
「うん」
「もし本当に私を愛しているなら」
アレクシスが息を呑む。
「私があなたを選ばなくても、受け入れてください」
「……」
「私には、あなた以外にも大切な人がいます」
その言葉に。
アレクシスは一瞬だけ目を伏せた。
けれど。
「分かっている」
そして笑う。
「それでも、僕は諦めない」
⸻
翌日。
宮廷魔術師団の名誉顧問が王宮へ召喚された。
老人は、リリアーナを見るなり笑った。
「……やはり、あなたは母親によく似ている」
リリアーナの目が鋭くなる。
「母を知っているのですね」
「もちろん」
老人は杖をつきながら近づく。
「彼女は最後まで、あなたを守ろうとした」
「……何をしたの?」
老人は答えなかった。
ただ。
「あなたの力を奪ったのは、私ではない」
「では誰が?」
老人が国王を見る。
そして。
アレクシスを見る。
「王家が恐れたものは、聖女の力そのものではない」
「……?」
老人は静かに告げた。
「聖女が成長したとき、王家を超える存在になることを恐れたのです」
リリアーナは息を呑む。
「つまり――」
「あなたの母君は、知っていた」
老人の目がリリアーナを捉える。
「聖女の力には、もう一つの力があることを」
「もう一つ……?」
老人は微笑んだ。
「聖女の力を完全に覚醒させた者は――」
そして。
「王家の血を持つ者すら、従わせることができる」
大広間が静まり返った。
リリアーナは自分の手を見る。
自分の中に眠っている力。
それは。
ただ人を癒すだけの力ではなかった。
そして同時に。
アレクシスの胸元にある王家の紋章が、突然――
眩い光を放った。
「……っ!」
アレクシスが胸を押さえる。
リリアーナの聖女の力に呼応するように。
王家の紋章が輝いている。
老人が呟いた。
「やはり……」
「何が?」
老人は恐ろしいほど静かな声で答えた。
「二人は――」
「生まれた時から、互いを選ぶように定められていたのです」
リリアーナは息を呑んだ。
アレクシスもまた、彼女を見つめていた。
しかし。
リリアーナの胸に浮かんだのは、愛ではなかった。
怒りだった。
「……それなら」
彼女はゆっくり顔を上げる。
「私は、その運命すら壊してみせます」
誰かに決められた人生なんて。
もういらない。
私は、私の意思で生きる。
その言葉を聞いたアレクシスは――
初めて。
「王太子として彼女を手に入れる」のではなく、
一人の男として、彼女自身に選ばれなければならない
のだと理解した。




